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「ピアニスト」向井山朋子展で、深夜に春の気配を感じた話

24日の会期を終えるとき、時間はもとのギャラリーの時間へと戻ってきます。しかし私たちの時間は、どこかでずれてしまったまま、息苦しい静寂とともに新しい季節を迎えることになるでしょう。

(メゾンエルメスWebサイトより)

春になりかけの気配が、どうにも苦手だ。
先輩が部活から引退してしまうときの空気などを思い出して、もう戻らない時間のことがしきりに気になって、胸がいっぱいになってしまう。やり過ごせなくて、泣いてしまうときもある(今年はその発作がひどく、すでに何回か泣いた)。

そんな時期ならではの、インスタレーションに行った。


ピアニスト
向井山朋子展


場所は、銀座のメゾンエルメス。

メゾンエルメスを最初に教えてくれたのはケーキ屋のバイトで一緒だったエヌさんで、大学生からずっと行きたかったのにたびたび機会を逸し続けていた。エヌさんがめげずにまた誘ってくれたので、ついにその地を踏むことができた。

今回のインスタレーションは、ピアノの演奏がメインだ。2/5から2/28まで、毎日演奏開始の時間が1時間ずつずれていく。演奏の時間も、50分〜120分の間で、日によって変わるらしい。

エヌさんは、2月前半の回にも行ったそう。
そのときは昼の演奏で、子どもたちがピアノの周りをぐるぐる走っていたとのこと。子どもたちのカラフルな服が、白っぽい会場と黒いピアノに映えて、まるで演出のようだった、とエヌさんは話していた。

(過去の演奏の様子の写真が、入口近くに貼ってある)


会場にはいろんなピアノが、いろんな角度で置かれている。
演奏が始まる1時間前。そんなに広い場所ではないので全貌はすぐに見終えてしまうのだけれど、早めに着いた方がゆっくり写真が撮れる。


ネオンがガラスに透けて美しかった。


30分後くらいには、もうこんなにも人だかり。

私が行った2月16日は、演奏開始が23時だった。ギリギリ終電に間に合うかな、という時間。深夜の演奏をみんなで待っている感じが、不思議で面白かった。

演奏時間が近くなるとブランケットが支給されて、おしりの下に敷いて好きなところに座る。箱に入った大量のブランケットは、空港に閉じ込められた日のことを髣髴とさせた。

どのピアノが演奏で使われるかも、どうやら日によって違うみたい。リピーターのエヌさんのアドバイスに従い、壁によりかかれる位置に座る(これは、大変正しい選択だった。後半は、おしりの痛みに悩まされた。壁がなかったらどんなに困ったかしらと思う)。

向井山さんは、ふ、とあらわれた。
まるでお客の一人みたいに。
大きな女性で、同じく大きな女性の私は、それだけでちょっと嬉しくなる。

(演奏中は、写真を撮ってはいけない)

向井山さんは、最初に会場真ん中のアップライトピアノ、次に奥のおもちゃの鉄琴みたいな音がするピアノ、を短く演奏して、最後にグランドピアノに座ってながく、ながーく演奏した。

特に、グランドピアノで演奏された曲がすきだった。ずっと同じ旋律が続くようで、少しずつ変わっていくところが、いかにも季節の変わり目らしく胸を打った。

ピアノには詳しくないが(4年だけ習っていたけれど本当に下手だ、弾けるようになりかったシチリアーノも冒頭しかできるようにならなかった)、それでも音の幅に驚いた。
こんなにも、短く短く、ぶつ切りにすることができるのか、と。こんなにも、幾重にも音を重ねて、大聖堂みたいに豊かな広がりを生み出せるのか、と。

しぽしぽ降る雨の、風に吹かれる岬の小屋の、人がいない、朝の空港の免税店の、いろんなイメージが通り過ぎていった。

向井山さんは、アムステルダムに暮らしているという。まだ見ぬアムステルダムに響くピアノの音を想像して、楽しい気持ちになった。向井山さんは、どんな家に住んでいるのだろう。

たくさんの人間がいたけれど、どの耳もピアノに集められていた。それはほとんど、ピアノしかないのと同じだった。

23時55分頃、まだ演奏は終わらなくて、目配せしてエヌさんと私は会場を出た。

だから、実はまだ演奏は終わっていないかもしれない。私達にはわからない。

24時になると、銀座の街に鐘が響いた。

日付の変わり目にそんなことが起こっているなんて、初めて知った。

展示の詳細はこちらからどうぞ↓
http://www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/archives/842721/

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