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帽子屋

戦いに勝つには、無駄を省かねばならない。

砂糖菓子の人形、パーティドレス、椅子やたんすや書棚の彫刻。九月より、機能に関係ないものはすべて余計とみなされ、禁じられた。八月までの移行期間には、そうしたものを所持していても口頭注意を受けるばかりであったが、とうとう贅沢狩りが始まった。警察に発見された「余計なもの」は、革の袋に放り込まれるか、車に積まれるかして、全て運ばれていく。ひどいときには、持ち主までが引っ立てられるようになった。

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九月一日、突然店の扉が開き、どやどやと男たちが流れ込んできて、帽子屋は警察官でいっぱいになった。
 
「装飾は、贅沢だ」
太った警察官はそう言うと、帽子屋の手からリボンのついた帽子をひったくり、左手に持った革袋の奥底に押し込めた。

「お、おまわりさん、あっしだってそれはわかってまさ。だからこそ、今、こうして片付けてるわけでして」
行き場を失った手をぱくぱくさせて、帽子屋は言う。

「売らないんだから、お前が所持している必要もなかろう」

羽飾りの、エンブレムの、大きなつばのついたの。美しかった形を容赦なく崩されて、たくさんの帽子が革袋に飲み込まれていった。

「対応の遅さは、罪だ。今回は初めてだから見逃してやるが、これが毎回だなんて思うなよ」
  
警察官たちは去り、店にはつるりとしたデザインの帽子だけが残された。

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九月五日、帽子屋が商品を並べていると、また店の扉が開いた。

「住民から、この店がまた贅沢を売り始めたと通報があった」

と言うが早いか、再びどやどやと警察が店に入り込み、帽子屋が並べ終えたばかりの赤や緑の帽子を袋に入れていった。

「おまわりさん、色が違うのは着飾るためじゃなくて、最低限の機能のためなんです。今週は、そこの工場の従業員が帽子を買いに来る予定になってるんでさ!赤い帽子は工員の、緑の帽子は事務員の、と決まってまして」

「工夫が足りん」

帽子屋の訴えを、鼻の大きな警察官が退ける。

「区別をしたいというのなら、どちらかが帽子を被り、どちらかが帽子を被らなければよかろう。贅沢のための言い訳をするな。知恵を絞れば、多くはいらない」

警察官たちは去り、店には、いくつかのサイズの黒い帽子が残された。

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九月十日、ノックする音がして、警察官が扉を開くと、そこには帽子屋が立っていた。

「おまわりさん、あっしは気づいちまったんですがね」

黒い帽子を取り、会釈して顔を上げた帽子屋は、てらてらと頬を光らせている。

「無駄が多いのは帽子じゃなくて、人間の方なんでさ。人間の頭のサイズが統一できてれば、帽子だって一種類で事足りるでしょ。そこで赤ん坊用に、頭の成長を抑制できるような帽子を売り始めようと思うんですがね」

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