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いい人の外の世界:『凪のお暇』感想

空気読みまくり人間だったOLの凪ちゃんが、退社して、家具も人間関係も過去の自分も断捨離して、清貧ライフを満喫しようと奮闘する漫画、「凪のお暇」(おひまではなくおいとま)が、好きだ。

絵がレトロでかわいい(80年代を髣髴とさせる感じ)、 節約レシピを読んでるとアガる(「すてきな奥さん」読む楽しみに近い)、辺りは既に語り尽くされてそうなので、ほかに好きなところを挙げよう。

たぶん私は、この物語が「凪ちゃんのための世界としてつくられていない」ところが、好きなんだと思う。

前にラジオで、宇多丸さんが「ちばてつや漫画は、主人公たちの物語のために世界が奉仕しない」といった話をされていた。例えば、主人公が街を歩いているとき、「ここを見てね!」というパースのかけ方はしていない、と。フラットに世界を描いている。

対極にあるのは、たぶんデミアン・チャゼルの映画『セッション』『ラ・ラ・ランド』だろう。世界が主人公たちのためだけにある感じ。2人だけに照明があたって、ほかの人たちは暗闇の中に沈んじゃう感じ(ラ・ラ・ランドの冒頭は、一応「みんな」に対するエクスキューズっぽい演出がされているけれど←そして、このシーンが大好き)。それから、『ラブライブ!』(サンシャインはちゃんと追えてないので、無印の方)。 走る主人公たちのために、信号が青になる(すごい)。主人公が叫ぶと、雨が止む(だいぶ、すごい)。

どちらがいいとか悪いということはなくて、それこそ「世界」にはどちらのタイプの物語も必要だと思う。その作品のメッセージを伝えるために、どちらの姿勢をとるのが効果的なのか、って話で。

3巻の冒頭で、凪ちゃんと凪ちゃんの元彼・慎二は、二人でみた水族館の鰯のことを、それぞれ思い出す。

凪ちゃんは、考える。

同じ方向に向かって力強く泳いで回る
そのイワシの光る群れを見て私は

キレイだと思った
鳥肌が立った
何時間でも見ていられると思った



そんな中一匹はぐれたイワシがいて、慎二はいう。「空気読めよな」

凪ちゃんは、悲しい気持ちになる。
空気を読むのが上手なこの人には、はぐれたイワシの気持ちはわからないんだな、と。

しかし、慎二の回想はこうだ。


同じ方向に向かって
見せつけるかの様に泳いで回る
そのイワシの光る群れを見て俺は

キモいと思った
鳥肌が立った
一刻も早くその場を離れたかった

そんな中群れから外れた
イワシが一匹

力強く
逆方向に泳ぎだした

俺はそのイワシに畏怖と憧れと懸念を抱いた



凪ちゃんは、とてもいい子だ。
アンパンマンすら、呼び捨てできない。人の仕事を笑顔で引き受ける。
だから、凪ちゃんの考え方や世界の見方に全面的に賛成したくなってしまう。

でも、世界は凪ちゃんだけじゃないんだ。
違う気持ちで鳥肌を立てている人がいるんだ。
空気読める人の気持ちなんて、わからないだろうな、って空気読める人は思ってるかもしれない。

「いい人」以外も、凪ちゃんの外の世界も、大事にしている。だからこの物語は、本当に優しい。



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