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回帰する核家族の未来 2. 理念モデルと多様な核家族の形態

より続く

トッドの家族形態論

トッドの家族形態論が有名なのは、この共同体家族のあり方と共産主義のあり方の類似性を指摘し、ロシアの他にも中国やキューバなど20世紀の共産主義国家が建設された地域は共同体家族が優勢だったことを立証したからだ。

これらの国々の共同体家族は父方居住であり、家長の絶大な権力の元で兄弟夫婦が力を合わせて生計を立てる父系傾向が強いので、これが共産党の支配下における民衆の平等という構図と一致したのである。この構図は、ツァーリズムとも親和的であり、専制下の共同体家族で培われたイデオロギーが、専制政治が崩壊した後で共産党独裁を生み出したというのが、トッドの主張であった。

トッドは、共同体家族の他にも、国家の体制構築に寄与する家族形態として直系家族、絶対核家族、平等主義家族を挙げている。こうした家族形態は国家体制に貢献するイデオロギーを醸成すると言うのだ。

直系家族・絶対核家族・平等主義家族

直系家族とは、両親夫婦と、長男夫婦とその子が同居するもので、三世代にわたって二組の夫婦から構成される。直系家族の多くは父系であり、父が家長としての権力を揮い、長男以下の構成員はこれに従う。やがて父が死ぬと長男が全ての遺産を相続して家長となる。次男や三男、姉妹たちは相続できない点で不平等である。

したがって、直系家族では家長以下の縦型秩序の権威と不平等とがイデオロギーとして醸成される。伝統的な日本やドイツには直系家族が多く、20世紀にこれらの国家が辿った歴史を見れば、この家族形態を基盤としたイデオロギーが働いたことは明白である、というのがトッドの主張だ。

他にも、イングランドで主流を占める絶対核家族では、子供は結婚すると両親と別居するため、自由主義・個人主義的なイギリスやアメリカのイデオロギーと親和的である。

平等主義核家族は世代間の分離独立を強調する点で絶対核家族と同じだが、絶対核家族が遺産相続に当って両親の遺言書が絶対の決定権を持つのに対して、平等主義核家族の多いフランスでは遺産相続に臨んで兄弟姉妹が厳密に平等の権利を持つ点で異なっている。トッドは、『家族システムの起源』で平等主義核家族の理念モデルは帝政ローマにあり、ローマ文化の影響の及ばない地域では平等主義家族は成立しないと、そのイデオロギー性を強調している。

近代資本主義の拡大と核家族化

だが、いずれにせよ、19世紀ロシアでそうだったように、近代資本主義の拡大はこうした家族形態を崩壊させて、核家族化を進めるという特徴がある。トッドに言わせれば、近現代史はこの形成と崩壊の歴史なのだ。それゆえ、近現代において世界中で進む核家族化といっても、これを絶対核家族や平等主義核家族と同様に見てはならない。

絶対核家族や平等主義核家族、共同体家族、直系家族は上述のようにイデオロギーを基盤とした理念モデルであり、政治権力との相関が強い。だが、これが完全な形態で存在する地域はむしろ世界中で限られているのだ。絶対核家族ならばイングランド中央部とオランダ、デンマーク島嶼部であり、平等主義核家族ならばパリ盆地、北部を除くスペイン、ポルトガル中部、南イタリアである。

だが、世界中で進む核家族化とは、トッドによれば、こうした理念モデルに該当しない核家族が広がることを指している。こうした核家族は、多様で非定型であるためイデオロギーを生み出す力が弱く、それゆえ国家をはじめとした政治権力との相関は低い。そもそも多様で非定型なので、こうした家族形態のぞれぞれはマイノリティであり、同時に全体としては理念モデルを除いた広大な地域に広がる膨大な多数者であると言っていい。

したがって、『家族システムの起源』によれば、核家族化とは「一時的同居を伴う核家族」や「近接居住による核家族」など、多様な核家族が拡大することを意味している。この核家族には、夫婦が別居していたりするものさえ含まれる。これらの多様な形態の多くはアルカイックなものだが、もちろん全く同じ状態で過去の遺物が回帰してくるわけではない。

狩猟採集社会にあったような家族形態

その中でもとくに原初的なものは「未分化の双処居住による近接居住型の核家族」である。これは、要するに狩猟採集社会にあったような家族形態だ。家族は夫婦と子供からなる核家族として一つの家を構えるが、その近辺には親族が取り囲んでいる。

この親族は、父方と母方とに拘らず、夫婦それぞれの兄弟姉妹、いとこ、はとこなどを指し、労働力の拠出や育児などを含めて助け合う。狩猟や採集をしながら野営するこの集団はバンドと呼ばれており、親族を中心とした構成員はここから出て行くのも比較的自由だし、新たに加わるのも自由である。

レヴィ・ストロースが研究した親族社会をイメージしても良いが、母方交叉従姉妹婚ばかりに拘ってはいけない、とトッドは注意を喚起している。つまり、こうした親族構造は「未分化」なのだ。父方と母方に拘りはない。したがって、男性と女性の差別はなく、平等とも不平等とも言えない。

平等とも不平等とも言えないのは、兄弟姉妹も同様である。長子が偉いとか、相続において有利だとかいうこともない。意志決定はその場その場において臨機応変である。

一時的同居を伴う核家族

「一時的同居を伴う核家族」はこれよりも新しい形態だとトッドは考えているが、これもアルカイックなものだ。絶対核家族や平等主義核家族では子は結婚すると両親の家から出るのが原則だが、一時的同居を伴う場合は暫くは父母や他の独身の兄弟姉妹と一緒に暮らす。妊娠出産を機に別居するが、それまでの間に一緒に暮らした経験が家族親族の絆を作り、相互扶助のネットワークの基礎を作る。

これも父方に一時的同居する場合と、母方に一時的同居する場合とがあるが、よりいっそう古い形態は未分化の双処居住型の一時的同居だ、とトッドは言う。双処居住型の家族形態はユーラシアの最も遠い周縁部、フィリピンやボルネオなどで現在も見られ、とくにボルネオよりも周縁のフィリピンでは、一時的同居ではなく、双処居住の「統合した核家族」や「近接居住による核家族」が多く見られる。

トッドの主張は、近現代において進む核家族化とは、多様な形態を採りながらこうしたアルカイックな形態に回帰しているというもので、原初的にはこうした未分化の非定型な核家族が世界中を覆っていたのだから、家族形態からみれば人類は世界中で「統合から分離へ、そして統合へ」と回帰的な歴史を辿りつつある、というものだ。

生態的とでも言うべき家族形態

たとえば、近年の日本では、結婚した子が新居を構える際に両親の近隣に住む「近居」と呼ばれる慣習もこうした例の一つと言えるだろうし、これに加えて、現代では同性愛者世帯単身赴任夫婦別居なども増えている。

これらは広く核家族に分類できるだろうが、単身者世帯、婚外子や離婚がいっそう事態を複雑にしている。デンマークでは、子を持つ夫婦が離婚した後に、再婚した家庭に前夫婦で授かった子が週に数日ずつ交互にやってきて生活する混合家族とでも言うべき形態が増えている。子供から見れば、父と母それぞれの家族への複数所属が実現しているのだ。

近代資本主義の圧力は理念モデルとなる家族形態を破壊し、非定型でイデオロギーを持たない、こうした生態的とでも言うべき家族形態を増やしている。人々は、いや現代の人類は、さまざまな不幸の家族のかたちに回帰し、生き延びているのである。

(続く)
筆・田辺龍二郎

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