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大阪旅行記 その2

地上300メートルから大阪を見下ろす

 プランをほぼ何も考えてこなかった私は、とりあえずあべのハルカスへと向かった。
「お二人様ですか?」
 展望台のチケットを買うために並んでいると、すぐ前にいた男性が受付の方に声をかけられていた。その男性も一人だったせいか、どうやら私とペアだと勘違いされたらしい。
「ち、違います」
 驚いて振り返ったその男性と私は慌てて否定し、受付の方も「失礼しました」と申し訳なさそうにされていた。まあまあ気まずい瞬間だが、こういった出来事も含め、やはり一人旅は一人旅にしかない面白さがある。私は趣味で小説を書くのだが、何かしらのネタに使えそうなエピソードだ。

 夏休み中ということもあってか、展望台は平日のわりに結構混んでいた。

真ん中あたりに通天閣!

 数年前、気まぐれに登った東京スカイツリーからの景色とそう大きく変わりはないはずなのに、ここは紛れもなく大阪だ。上手く言えないが、そう強く感じる。
 旅先では最初に、その街のなかで一番高いところに登る。
 以前『セブンルール』というテレビ番組で、トラベルフォトライターの田島知華さんがそう話していた覚えがある(正確にはちょっと違うかも。ニュアンスはそんな感じでした)。これはすごく分かる気がする。初めて訪れたその土地がどういうところなのか、まず全貌(?)を見たい。もし旅先に展望台の類があれば、無意識に一番初めに行っているかもしれない。

 何やら人だかりがしていたので見てみると、あべのハルカスのマスコットキャラクター(?)の着ぐるみが登場していた。実はちょっとツーショットを撮りたかったのだが、さすがに恥ずかしかったので遠巻きに眺めるだけで断念した。私の一人旅スキルもまだまだである。
 あとから調べたところ、あのキャラクターは「あべのべあ」というらしい。ちなみに今書いていて気づいたが、上から読んでも下から読んでも「あべのべあ」。文章のなかに突然登場すると混乱しそうだ。あべのべあ。独創的でかわいい。

エディオンでSDカードを探す

 展望台をあとにした私は、その足で『エディオン近鉄あべのハルカス店』へと向かった。持参していたミラーレス一眼の容量がいつのまにか一杯で、先ほどから「一枚撮るたびに、一枚消除する」という効率の悪すぎる状態になっており、一刻も早くSDカードを購入する必要があったからだ。
 店内に入り、SDカードを物色する。たくさんの種類があって、GB数も価格もまちまちだ。どれがいいんだろう・・・私の持っているカメラには対応してるのかな。普通対応してるか。商品棚の周りをうろうろしながら、スマホで検索したりする。
 そのうちに、何だか不思議な感覚になってくる。普段生活している場所とは遠く離れた土地で、日常と何ら変わらないことをしている私。でもここは大阪であって、東京ではない。私のことを知っている人は誰一人いないのだ。

 今回に限らず、旅先であえて「ここでなくてもできること」をするのがけっこう好きだ。気になっていたけどなかなか観に行く機会がなかった映画を観るとか、どこにでもあるチェーン店でご飯を食べるとか、普通に東京にもあるお店で服を買うとか。大学生の頃、初めて一人旅で訪れた長崎では、入った喫茶店に置いてあった漫画『NANA』を二時間くらい読みふけっていたこともある。

 何というか、そうすることで、同時に二つの感覚を味わいたい。
 一つめは、ほんのひとときだけでも「この土地で生活している感覚」。夜、チェーンのカフェに入ったりするのが好きなのだが、そこにいる私は観光客ではなく、仕事帰りの会社員だ(勝手な妄想です)。ガイドブックやパンフレットを広げたりはせず、本を読んだりスマホを見たりして過ごす。完全な自己満足だが、それが楽しい。

 そしてもう一つは、逆に「この土地に属していない感覚」を味わうことだ。たとえば先ほどのカフェにしても、耳を澄ますと周囲の会話はその土地の方言だったり、私にはなじみのない固有名詞(駅名やお店の名前など)が飛び交っていたりする。それによって、私はここで暮らす人間ではないのだと改めて思い知らされる。

 僕は途中でコーヒー・ハウスに入って一服し、ブランディーの入った熱くて濃いコーヒーを飲んだ。僕のまわりではごく当たり前の都市における人々の営みが続けられていた。(中略)それは日本中のどこの都市でも日常的に繰り広げられている光景だった。この店の内部をそっくり横浜なり福岡なりに持っていっても全然違和感はないはずだった。でもそれにもかかわらず、いやそれが外面的にはまったく同じであるからこそ、僕はその店の中に座ってコーヒーを飲みながら、激しい焼けつくような孤独を感じることになった。僕一人だけが完全な部外者だという気がした。この街にも、これらの日常生活にも、僕はまったく属していないのだ。

『ダンス・ダンス・ダンス(上)』講談社文庫/村上春樹著

 上記の引用は、東京で生活する主人公が札幌を訪れたときのワンシーンである。私が『ダンス・ダンス・ダンス』を初めて読んだのは大学生のときで、当時は自由に自分のお金が使えなかったこともあり、一度も一人旅などしたことはなかった。しかしこの描写はとても印象的で、現在に至るまでずっと頭のなかに残っている。

 さて。関西弁を話す店員さんから無事SDカードを購入したあと、エスカレーターで下へと降りる。おっと。ここは大阪。普段の癖で思わず左側へ立ちそうになり、私はそっと右側へ寄った。

天王寺駅からの風景。

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