ほうれん草のお浸し考

ほうれん草のお浸しは定番のおかず。お浸しといっても二通りのアプローチがあり、一つは茹でたほうれん草を水にとって絞り、醤油をちろりと足らして、鰹節などをかけて食べる家庭料理スタイル。もう一つは同じように茹でてから水に晒した後、浸け地のなかで味を含ませる(名前の通りお浸しにする)料理屋スタイルです。前者は手軽で野菜の持ち味が活きた仕上がりに、後者は野菜の味は多少、抜けますが作り置きができる、というメリットがあります。どちらがいいかはケースバイケースですが、今日は後者のお浸しをつくります。

基本のほうれん草のお浸し
ほうれん草 200g程度
出汁 300cc
醤油 大さじ1
みりん 大さじ1/2

ほうれん草は冬においしい野菜。根本の先端を切り落とし、四つに切るのが基本。

割ったところから洗います。根本から先端に向かって水を流すのがコツで、逆の方向から水を流すと、込み入った部分に土が入ってしまいます。

鮮度が落ちていれば茹でる前に多少、水に浸けておくのもいいでしょう。味はわずかに薄くなりますが茹でる時間が短縮できます。

お浸しの保存には金属の容器が便利です。これは料理屋さんでパイ缶と呼ばれている蓋付き深型バット。業務用の道具なので合羽橋などの専門店で購入します。

手に入りやすいのはホーローの容器でしょうか。これは無印良品のバルブ付き密閉ホーロー保存容器。

さて、湯を沸かし、ほうれん草を茹でていきます。沸騰を維持できるように火加減は強めです。まずは根本を入れて30秒間。それから全体を沈めて、30秒です。茹でる湯に塩は入れていません。

昔から青菜を茹でるには湯にひとつまみの塩を加えるといいとされています。湯に塩を加える必要はあるのでしょうか? 塩を加える派の根拠をいくつか考察します。

根拠A 塩を加えると沸点があがり、早く茹で上がる

1Lの水に10gの塩を加えることで沸点は何度上昇するのでしょうか。水のモル沸点上昇は0.52K・kg/mol(1Lの水に1モルの物質が溶けていれば沸点は0.52度上昇するということ)塩=塩化ナトリウム1モルの質量は58.4gなので、10g=0.17モル相当。水のなかで塩化ナトリウムはナトリウムイオンと塩化イオンに分離するので0.17モル×2となり、塩10gは0.34モルに相当します。つまり、塩10gを加えることで上昇する沸点は0.34モル×0.52で約0.18度です。沸点はほとんど上がらないのです。0.18度の温度上昇は茹で時間をコンマ秒短くしてくれるかもしれませんが、ほとんど意味がないですし、ひとつまみの塩(1g)くらいでは沸点は上がりません。

根拠B 塩を加えるとクロロフィルが定着して色が鮮やかになる

塩をいれることによってクロロフィルの分子の一部が塩化ナトリウムと部分的に置きかえられて安定した形になり、酸化酵素の作用を抑える効果が期待出来る、という主張です。

しかし、現実は理論通りにはいかず。塩を入れてほうれん草を茹でても、入れないで茹でても

色はほとんど変わりません。たしかに塩を入れることで原理的には色が保たれますが茹でる湯に加えるくらいの濃度では実感できる効果がないのです。むしろ、野菜の緑色と大きく関係しているのは塩ではなく酸です。野菜の緑色が退色はクロロフィル分子の中心にあるマグネシウム原子が失われてしまうことによって起こります。酸性条件下ではマグネシウム原子が水素に置換されてしまうことで、色がくすんでしまうのです。

アルカリ性の水には水素イオンが少ないので、ph(水素イオン指数)7以上の中性から弱アルカリ性の水で茹でればクロロフィルの退色を防ぐことができます。(ただし、野菜が柔らかく崩れやすくなります)リトマス試験紙があれば水道水のphを計ってみるのもいいでしょう。水道水のphは季節や時期によって、あるいは場所によって前後します。もしも、酸性に傾いてれば茹でる湯に重曹を入れることでアルカルに傾き、青菜の色がきれいになるかもしれません。

もう一つの方法は調理中の水に銅や亜鉛などの他の金属を入れることです。昔から銅鍋で茹でると色がよく仕上がると言われているのは、先にマグネシウム原子が金属イオンと入れ替わることで、水素に置換しにくくなるからです。

根拠C 塩で茹でると味付けになり、水っぽくなるのを防げる

お浸しの場合は調理後に水に晒すので、せっかくつけた塩気も抜けてしまいます。そのまま食べるなら別ですがその後、出汁に浸けるので水っぽさともあまり関係ありません。

以上のことから塩は入れないで茹でましょう。入れる派にも確固とした根拠があるわけではないのです。ただし、なるべくたっぷりの湯で茹でることには根拠があります。青菜を茹でることで膜構造が破裂し、クロロフィルが細胞内に含まれている酸にさらされます。たっぷりの湯で茹でることで、酸のの濃度を薄めることができるからです。

さて、茹で上がったほうれん草を冷水で冷やします。冬場なら水道水で大丈夫です。

水気を絞ります。しっかりと絞ってください。

適当な大きさに切ります。この場合の適当な大きさとは3〜5cmをさします。日本料理の世界で一口大をいえば一寸=3cmのことです。今回は4cmに切ってます。

容器に並べましょう。ここに冷たい出汁を注ぐ方法もありますが、、、

今回は合わせ地を鍋で沸かします。

地をほうれん草に注ぎます。

容器ごと流水につけて急冷します。熱い出汁が冷えていく過程で味が馴染みます。

2時間後から食べることができます。保存は冷蔵庫で三日ほどまで。徐々に味が落ちていくので早めに食べきりましょう。

ところでこの作り方。改善の余地が三つあります。

一つ目は根の処理です。料理屋やレストランでは根を切り落とすと狂ったように怒られますが、野菜の細菌は主に土についているので衛生的には切ってしまったほうがいいようです。

二つ目。根を茹でてから葉を入れるのであれば半分に切ったほうが合理的です。

さて、沸騰した湯に根から茹でるべきでしょうか、葉から茹でるべきでしょうか。

根から茹でたくなりますが、正解は葉から。葉はアク(シュウ酸)が少ないのでゆで汁を汚すことがないからです。

葉を水にとったらそのまま根側を茹でれば合理的。

三つ目は冷やした後の処理です。

絞る時には手袋をするか、巻きすなどで作業をしましょう。手はどれだけ丁寧に洗っても雑菌の温床。産経新聞の記事「食材の保存 素手で触らない工夫を」によると、ほうれん草の茹でた直後の一般細菌数は2万だったそうですが、根本を切り落として茹でることで300以下に減らすことができるそうです。また、加熱後も極力素手で触れないようにすることで雑菌の付着を抑えることができ、結果として澄んだ味に繋がります。

保存容器も熱湯で消毒するか、アルコールで拭くなどするとより安全。根を切り落とし茹でて、素手で触らないことで明らかに日持ちが良くなり、五日は味が持ちます。

ちなみに写真の合わせ地は300ccの出汁に小さじ1の塩で味をつけただけのもの。醤油味ではなく塩味でつくっておくと主菜が醤油味の場合には合わせやすいです。時間を置いておくことで雑菌が増えるので、すぐに食べる家庭料理スタイルのお浸しであれば根をつけたまま茹でても味にはまったく影響ありません。根はおいしいので料理と目的に応じて使い分けましょう。

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