オックステールの赤ワイン煮込み

『オックステールの赤ワイン煮込み』はフランス料理の名品のひとつ。調理法としては『ブレゼ』=蒸し煮に分類されます。
ブレゼは「国王のシェフかつシェフの帝王」と呼ばれたアントナム・カレームが愛した調理法。時間はかかりますが、固くて焼いただけでは食べずらい部位の肉から最高の味を引き出すことができます。

今回はシンプルな仕立てにしていますが、カレームが愛したブレゼはまさに王様のための料理。その理由は材料を二倍使うからです。二倍とはどういうことかと言うと、「肉から抽出されたブイヨン」と「赤ワイン」で「テール肉」を煮込み、仕上げにソース用の「赤ワイン」を加えます。こんな具合に材料を時間差で加えていくことで、重層的な味をつくり出します。日本料理が線で描かれた水墨画ならフランス料理は色を塗り重ねた油彩画。一つ一つの工程を丁寧に積み重ねることでおいしさをつくりだします。

オックステールの赤ワイン煮込み
 オックステール 800g
 たまねぎ 1個
 にんじん 半分
 セロリ 5cmくらい
 赤ワイン(マリネ用) 200cc
 赤ワイン(煮込み用) 350cc
 牛のブイヨン 200cc(またはチキンストック
 赤ワイン(ソース用) 200cc

オックステールは牛の尻尾の肉で、筋や腱が非常に多い部位。テール肉は香味野菜と一緒にマリネします。香味野菜の割合は玉ねぎ2、人参が1、セロリが1という具合が基本。リッチなお店では1:1:1の割合で使い、今回は入れていませんが根セロリを加えると格別おいしくなります。

香味野菜=ミルポワは肉に対しての見た目の割合でだいたい同量という感じを覚えましょう。多少の量の誤差があっても味にそれほどの差は出ません。

肉をワインでマリネすることで仕上がった時に一体感が出るので、ジッパー付きの袋にすべての材料を入れ、8時間以上マリネします。

この工程は省略することもでき、そのほうが肉の味は強く出ます。マリネする理由は味わいの一体感を生み出すためです。マリネすることで肉が柔らかくなる、という意見がありますが、残念ながらワインのphでは不十分。赤ワインビネガーを大さじ1ほど加えるとその効果が期待できます。昔のワインは現在一般的に飲まれているものよりも酸度が高かったので、そのような説が生まれたのかもしれません。

本来の赤ワイン煮込み(ブルギニオン風)にはブルゴーニュ産のワイン(ピノ・ノワ ール)を使うのが正式ですが、ピノ・ノワールは酸味が強く出る傾向がありコクも弱いので、今回はカベルネを選びました。トータル赤ワインを1本使います。

こうした料理をつくる際、議論に上がるのはワインの質です。高価なワインを料理に使うといいことがあるのでしょうか。2007年に NYtimesに掲載されたコラム『It Boils Down to This: Cheap Wine Works Fine』 は高級ワインの代名詞、バローロと安価なワインを料理に使った際の味の差を確かめるもので、多くの人がおいしいと答えたのは安価なワインを使った料理でした。高価なワインは必ずしも味を良くしないのです。〈安いワインを使うことを恐れる必要はない〉と筆者は指摘しています。地域のワインと料理をあわせるのはロマンがあるけれど、料理の工程のなかでフレーバーなどは失われてしまうため、高級なワインとそうでないワインで味の差は出づらい、とのこと。

ただ、ワインを選ぶ際に、注意すべき成分はタンニン。タンニンは加熱によって失われることがありません。バローロを使った料理の評価が低かった理由はタンニンの収斂味が濃縮され味を損ねた、と考えられます。タンニンを多く含んだワインを料理に使う場合はタンパク質を組み合わせるのがコツです。タンパク質がタンニンと結びつくことで収斂味を感じにくくなります。紅茶にミルクを入れるとマイルドになるのと同じ原理。記事のなかではソーテルヌのような甘 口のワインも安価なものと高価なもの(シャトーイケムのような)も比較していますが、こちらも味の差は見られなかったようです。

というわけで気兼ねなく安価なワインを料理に使いましょう。ただし、飲んでおいしいワインをふんだんに使うことが重要。よくレシピを読んでいると「ワイン大さじ1」などと書かれているものがありますが、ワインは少量入れても意味がほとんどありません。

まず、肉の表面を焼きます。肉を焼いても旨味が閉じ込められませんが、この工程には他の意味があります。この作業は肉の表面を焼き付け、メイラード反応を進め、肉の風味を引き出しているのです。ただし、肉の水分はどんどん失われていくので、この工程は手早く行う必要があります。
古典的なフランス料理では肉に粉をまぶしてから焼きます。その場合、ソースに多少の濃度がつくのでこのあたりはお好みで。今日はクリアな味を目指しているので粉はまぶしていません。

焼いたオックステールを鍋に移しました。鍋はちょうどよい大きさのものを使いまし
ょう。これぐらいの肉ならこの大きさの鍋という具合にいつも同じ調理器具を使うことが味を安定させるポイントのひとつ。

野菜はオイル小さじ1を加えた鍋で炒めます。中火で5分から10分かけて、玉ねぎに焦げ目がつくまでしっかりと加熱して、甘みを引き出します。野菜の甘みとワインの酸味のバランスがソースの味の決め手になります。

ここにマリネした赤ワイン、さらに煮込み用の赤ワインを入れ、沸騰させます。時々、肉を入れた鍋でワインを沸騰させる方がいますが、強い加熱(実際アルコールの沸点は多少は低いですが)は肉の水分を失い、タンパク質を収縮させて硬くしてしまいます。

アクをとります。このアクは主に肉の組織液が固まったもの。臭みの原因になるので丁寧に取りのぞいておきましょう。

ブイヨンを注いで、液体の温度を下げます。

焼いたオックステールの入った鍋に肉液体を注ぎます。

さて、いよいよ煮込みに入ります。理想はオーブンを使うことです。分子料理学のメンターであるハロルドマギーがすすめる工程をまとめると以下のとおりです。

決して蓋をせずに(すこしずらした状態で)、鍋を冷たいオーブンに入れる。100度のオーブンで2時間ほど加熱すると、鍋の中身は50度ほどになる。この工程により、肉の酵素が活性化し、肉が軟らかくなる。 次にオーブンの温度を120度にあげ、中身が50度~80度にゆっくりと温まるようにする。1時間経ったら30分ごとに肉をチェック。フォークがすっと刺さるようになれば、オーブンから出し、一度冷ます。

ブレゼという調理法は火加減に注意することが重要です。18世紀の料理人であるムノ ンは1749年に発表した著書のなかで『上下に灰を置いて』加熱するように進めているそう。灰にうずめた熾火のなかで加熱をすれば、ハロルドマギーがすすめるようなゆっくりとした加熱が実現できていたはずで、18世紀の調理理論は21世紀の分子料理学的に考えても実に正しいアプローチだったと言えます。

今回はオーブンではなく直火で煮込みますが上記の温度帯のコントロールを頭に入れておきましょう。

牛肉のブイヨンをつくりながら、肉の加熱温度を理解する』で、肉の加熱温度については解説しました。スープをとるための肉は高温で煮込みますが、煮込み料理はゆっくりと温度を上げていくことが重要。圧力鍋を使うのは厳禁、肉がすかすかになります。

「カレーはたくさん作ったほうがおいしくできる」という説があります。それは大量に仕込むことで鍋の温度変化がゆるやかになるからでしょう。このように小さな鍋で少量の肉を煮込んでいく場合は特に弱火にかけてゆっくりと温度を上げていくようにします。

この時、鍋の蓋は閉めないようにしてください。蓋を閉めて加熱してしまうと十分ほどで80度に到達してしまいます。

鍋に蓋をしなければ気化熱によって表面が冷やされるため、温度の上昇をゆるやかにできます。30分加熱した段階での温度は90度。

95度に到達してから1時間経ちました。いわゆることこと煮込む、というのはこの状 態。肉の細菌を滅菌しつつ、肉をジューシに仕上げるには75度から90度という温度帯で煮こむのが理想です。

3時間、経ちました。煮込み時間には注意が必要です。金串を刺して肉の具合を確かめ ます。軟らかくなったようです。肉によっては4時間ほどかかるものもありますので、 このあたりはケースバイケース。

鍋でことこと煮込む調理法のメリットは肉からもさらに旨味が溶け出し、ソースが美味しくなることです。ただし、味が流出しているということですから、その妥協点をどこに見つけるか、というのが味のポイントになります。

液体のなかで冷ましてから、肉を一度、とり出します。

ソースを漉します。野菜をしっかりと絞り出しましょう。イタリア料理ではこの野菜を潰し、ソースに混ぜてしまいますが、今回は旨味だけを抽出して繊維分は捨ててしまいます。王様の料理ですからそれくらいの贅沢は許されるでしょう、

煮汁を冷やすと表面に脂が固るので、丁寧に取りのぞきます。余分な油脂はソースが濁る原因。保存する場合はこの状態でさきほどの肉を煮汁に戻し、冷蔵庫で。提供直前にソースを仕上げます。

写真は小鍋でソース用のワインを煮詰めているところ。煮込んでいる工程でワインのいい香りと味は失われているので、こうして後からワインを加える事で、フレッシュな香りと味を足すのです。ここでも味を重ねていることがわかりますね。

ワインがすっかり煮詰まると照りがでた状態になります。ソース作りの基 本テクニックのひとつで、この状態をミロワール(鏡)と呼びます。さきほどの煮汁を加えます。

液体を合わせました。写真を貼りつけているときに気が付きましたが、鍋の縁に飛び散ったものはちゃんと拭きましょう。焦げがソースに入ると雑味の原因になるので。

好みで水溶きコーンスターチを入れて、ほんのすこしだけソースに濃度をつけます。コーンスターチを使うのはちょっと現代的な手法で軽い仕上がりになりますが、チキンブイヨンを使っている場合はすでにゼラチン分によってとろみがついているので必要ないと思います。ゼラチンのとろみのほうがしっかりとした仕上がりに。

普通にバターを入れて仕上げてもいいのですが、今回はバター10gを火にかけて焦がしバターをつくります。

焦がしバターは基本的に150度になったらOKです。鍋底を濡れ布巾や水などに浸けて、加熱を止めます。

焦がしバターをソースに加え、泡だて器でよく撹拌します。焦がしバターで仕上げるとキレのある風味になります。

出来上がったソースのなかでさきほどの肉を温めます。塩、胡椒で味を調えます。

盛りつけの例。付け合わせには人参のピュレを添えました。オックステールの 赤ワイン煮込みの完成です。肉はほろりと軟らかく、やや酸味の効いたソースを含み ます。一体感のある仕上がりはこうした調理法ならでは。
もっとコクのある仕上がりにしたければ煮こむ過程でトマトピューレかトマトペーストを加えると洋食風の仕上がりになります。

つけ合わせにしたにんじんのピュレは皮を剥いた人参を輪切りにして、水とバター、オリーブオイルで 水気がなくなって軟らかくなるまで煮てから、、、

塩、胡椒、バターとミキサーにかけたものです。

オックステールの赤ワイン煮込みには色んな作り方がありますが、加熱するのに最適な温度帯は共通しています。煮込み肉の加熱における原則を理解する教材として最適です。

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樋口直哉(TravelingFoodLab.)

樋口直哉 作家・料理家 主な著作として小説『スープの国のお姫様』(小学館)ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)など。新刊『新しい料理の教科書』が1/17日に発売されました!

料理の基本

基本的な料理を丁寧に解説します
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