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道具コラム『おろし金と大根おろしの作り方』

『おろし金』は和食をつくるなら是非、一つ購入しておきたい日本独特の調理道具。

おろし金は「おろす」という単一用途に特化した珍しい道具。好まれる形は地方や用途によって異なり、関東は写真のような羽子板型、関西は四角いおろし金が一般的だ。形だけではなく、材質も様々で、プロの現場で使われているおろし金は銅製が多かったけれど、最近はステンレス製のおろし金も増えている。

おすすめできないのはアルミやプラスチックのおろし金だ。なぜ、セラミックスやアルミ、プラスチックのおろし金を使うと食味が落ちるのか。それはおろし金を製造する工程を見てもらうとわかりやすい。(映像は志賀元清)

この映像は以前、銅製のおろし金を製造している大矢製作所を取材した時のもの。職人は錫を張った銅の板にタガネと呼ばれる道具を打ち付け、刃を起こしていく。おろし金は小さな刃物の連続体。おろすという調理はすり鉢で素材を〈擦る〉のとは違い、実は素材を細かく切っているのである。アルミやプラスチックでは素材を切ることはできない。

左がプラスチック製のおろし金でおろした大根おろし、右が大矢製作所製のおろし金でおろした大根おろしである。仕上がりの差は歴然で、時間をおいても水分が出てこないのは細胞が潰れていない証拠だ。

細胞を潰さないことは大根おろしのおいしさに大きく影響する。大根をそのままかじっても辛くないが、おろすと辛くなる。それは大根の別々の場所に存在する「イソチオシアネート」という物質と「ミロシナーゼ」という酵素が混ざり合って化学反応を起こし、「アリルイソチオシアネート」という弱酸性の辛味成分が生成されるためだ。細胞が壊れなければ辛味成分は生成されないので、上手にできた大根おろしは甘く感じるのだ。

家庭用では同様にセラミックス製が広く普及しているが、おすすめはできない。『おろし金調理器具の違いによる大根おろしの食味および成分抽出率の差の検討』という論文によるとステンレス製や銅製、プロおろしなど複数のおろし金でつくった大根おろしを比較した結果、セラミックス製でつくった大根おろしが最も食味が悪いという結果だった。この実験結果が残念なのは用いられた銅製のおろし金が大量生産品であること。比較に用いられたのが手仕事でつくられたおろし金であれば違う結果が得られただろう。

大根おろしの作り方

大量生産品と違って、手仕事でつくられたおろし金がどんな風に優れているか。実際におろしながら考察していく。大根の味は上部、中部、下部で味が異なるが、大根おろしの場合は特に気にすることはないし、いいおろし金を使えば皮を剥く必要もない。ただ、下部は切れ端をかじってみて、あまり辛かったら使わないという判断もあるし、上部が青すぎれば皮を剥くこともある。このあたりはケースバイケースだ。

おろし金は通常、バットにさらし布、またはリードクッキングペーパーを敷き、その上に載せて使う。安定の悪いボウルの上で作業するようなことは避けよう。

上下になるべく大きく動かしておろしていく。この時、一般的には「大根が円を描くように回しながらおろせ」と言う。その方が余分な力が入らず、辛くならないからだ。しかし、おろし金を製造している職人からは「その必要はない」と教えられた。

円を描くようにおろす必要があるのは大根をまんべんなくおろすためだ。まっすぐ上下におろすと、一部分だけが削れていくが、回すことで最小限の力でまんべんなくおろすことができる。しかし、手仕事でつくられたおろし金の刃は不均一のため、常に様々な部分がけずれることで、ちゃんと均等におろせる。だから、力を入れずに前後に動かすだけでいい、というわけだ。

ステンレス製、銅製にかかわらず手仕事でつくられたおろし金なら軽く前後に動かすだけのほうが腕が疲れない。(円のように動かすと二の腕から背中にかけての筋肉を余分に使う)

大根は小さくなったら無理におろすことはないだろう。繰り返しになるが無駄な力をいれると細胞が壊れ、味が落ちる原因となる。残った大根は味噌汁に入れるか、漬物にするといいだろう。

バットにさらしの布巾を敷いておくと、こんな風に扱いが楽。

絞ったりせずざるに載せ、自然に水気を落とす。

できあがった大根おろしがこちら。

和食は切るということを尊ぶ文化だが、お造りと並んでその極地の一つ。上手にできた大根おろしはふんわりとしてそれだけで立派な料理で、少しの醤油をかけるだけで充分においしい。また、おろし金はスポンジでは洗えないので、亀の子たわしで洗う。

ところでこの大根おろし。プロの現場ではそのまま使わない場合もある。

たっぷりの湯を沸かし、1度茹でこぼすのである。茹で時間は人によって様々で、数分から人によっては1時間近く茹でる、という人もいる。

茹で上がった大根おろしはさらしで漉して……

それをさらに水で晒す。大根特有の香りを抜き、洗練した仕上がりにするためだ。大根の味も香りもなくなるし、一緒に栄養も流れてしまうので、家庭ではこんな作業をする必要はないが、1つだけメリットがある。大根おろしを下茹ですると、冷蔵庫で保管する際の味の劣化が少ないのだ。作り置きしたい場合には茹でる、というのも一つの手かもしれない。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!