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時間がつくる甘さ〜杉浦みりんの愛桜本みりん〜

今日はみりんの話なのですが、ちょっとややこしいので事前に少しだけ予備知識を。

みりんは日本料理の土台となる調味料です。砂糖は単純なショ糖の甘味ですが、みりんの甘味はブドウ糖など様々な糖がいくつもあわさった複雑な甘さなので、みりんの代わりに砂糖と酒で……というわけにはいきません。

みりんとして世の中に流通している調味料にはまず酒類の「本みりん」非酒類の「みりん風調味料」「発酵調味料」という類似した調味料があります。みりん風調味料は糖類や酸味料、調味料などを混ぜてみりんに近い味にしたもので、発酵調味料は塩分を入れて酒類として扱われないようにしたもの。アルコールがないのでミリンではなく、あくまで似たものです。

本みりんは酒類で、こちらにも標準的な製法と伝統的な製法の大きく2種類があります。台所にある本みりんの裏の表示を見てみてください。

名称:本みりん 原材料:もち米(どこどこ産)、米こうじ(どこどこ産)、醸造アルコール、糖類

と書かれているのは標準的製法の本みりんです。仕込む段階で糖類を足すのは戦後、米不足の頃に開発された製法。短時間で米のデンプンを糖化させ、安価なのが特徴のやや工業的な作り方。

例えばイオンのPB(製造はキング醸造株式会社)なんかはこちらの製法。安価な理由がわかります。調味料としてちょっと使うならいいですが、そのままでは飲めない味です。とはいえ、大手メーカーの製品をちらっと見ても、例えばタカラ本みりんは「原材料 もち米(タイ産、国産)、米こうじ(タイ産米、国産米)、醸造アルコール」ですが、同じタカラでも業務用のタカラ本みりん「厨房専科」の原材料は「もち米(タイ産、国産)、米こうじ(国産米)、醸造アルコール、糖類」と糖類を添加しており、一つ一つ原材料や作り方が違います。味も当然、異なるので、レシピに「みりん」と書いてあったからと言って、同じ味には仕上がらないということですね。

さて、2つ目は伝統的製法と言われる作り方で

名称:本みりん 原材料:もち米 米麹 本格焼酎

と材料がまずシンプル。長い時間をかけてもろみを糖化熟成させ、使うアルコールは粕とり焼酎と呼ばれる乙類焼酎(米焼酎)。醸造・熟成期間には1年以上かかります。この製法でつくったみりんはそのまま飲んでおいしいもの。つまり、本みりんと一言で言っても〈醸造アルコールor焼酎〉〈諸味に糖分を加えるかor米だけで甘味を出す〉という部分に違いがあるんですね。

今回は特に濃い甘味とコクがある個性的な味のミリンを製造している杉浦味醂株式会社を訪ねて、三代目の杉浦嘉信さんからお話を伺いました。杉浦味淋株式会社は創業大正13年の小さな醸造元。とはいえ杉浦みりんさんが昔から伝統的製法のミリンを製造していたわけではないそう。

杉浦みりんの愛桜 純米本みりんは黒蜜のような濃厚さと優しい口当たりが特徴。調味料としても、お湯や炭酸で割ってそのまま飲んでも美味です。

「愛知県三河地方でみりん専業として残っている醸造元は五軒です。九重ミリンさん、相生ユニビオ株式会社さん、角谷文治郎商店さん、小笠原みりんさんとうち。でも、うちは本当に家内工業で、ブランド力がなかった。杉浦みりんですと言っても『それ、どこ?』みたいな」

「父親の代の頃は量販店のPBをやっていた。当時、売っていたのは酒税法上の区分けでは『本みりん』だけれど、糖類を添加するタイプ。つくれば売れる時代だったけど、取引先と付き合いが長くなってくると価格の決定権が向こうになるんだよね。『杉浦さん、今年は多く二割多くとるから、ちょっと安くして』みたいな(笑)自分は家業に入る前は酒業界にいたから、こんなことをやっていたら商売続けていけないよな、とは思っていた」

「家業に入って十年目に社長になったんだけど、決算書を読んで驚いた。数字上はプラスになっとったけれど、ほとんど利益が出ていなかった。仕組みを再構築しないと看板が続いていかないぞ、と一年かけて取引先を整理した」

杉浦さんは大手への流通をやめ、業務用の取引を増やすことにしましたが、それでも依然として資金繰りは厳しい状態が続きます。

「看板を下ろすのも一つの方法かなぁ、と思いながら、工場の整理をしていたら物置小屋からお祖父さんのレシピのメモ書きが出てきたんです」

創業者である祖父がつくっていたのはもち米をたくさん使う濃いミリン。その時の杉浦さんの脳裏に浮かんだのは『祖父はなぜみりん作りをはじめたのか?』という疑問でした。

三代目の原点回帰

「祖父のレシピでつくることで、創業当時の想いを感じられるかなって思ったんですよ。言葉は聞けないかもしれないけれど、なにか感じられるかもしれない、と。ただ、お金はない。祖父のレシピだと作り方を昔に戻さないといけないので、機械を買わないといけない。こういう機械ってたくさん売れる物じゃないから、新品ってなくて、廃業する酒蔵から譲ってもらうしかない。たまたま和歌山で見つかったんだけど、恥ずかしい話だけど、子どものための積み立てに手をつけて(笑)それで祖父が残したレシピでみりんを仕込んだ。これが原点だよね」

──当時の味は再現できたんですか?

「それがお祖父さんがつくったものを飲んだことないからわからないわけ。でも、最初に絞ったみりんを一滴飲んだとき、みりん屋なのに「みりんってこんなに甘いんだ」って思った。米と麹と焼酎だけで、なんでこんなに甘いんだって驚いた」

「でも、すぐには売れなかったですよ。三年熟成ミリンが発売できたのは最初、仕込んだものが売れなかったから。仕込んでから三年経ったものを舐めたら、深い味だった。これはアリだな、と思って、商品にしたんです」

「当初からインターネットでも売っていたけど、当時は月に3軒、5軒とかしか売れなかった。ただ、リピートしてくれる方が多くて、同じ人から3ヶ月置きにオーダーが入ってくる。4回目の時に備考欄のところに「おたくのみりんに変えたら、他のところに変えられなくなりました」とあって、それはうれしかった。あとは展示会に出たりして、少しずつ、少しずつ広めていったという感じ」

「ここ5年くらい、糖化熟成させる諸味の期間を長くしている。みりんは仕込んで3ヶ月で絞って、半年くらい寝かせて出荷する。3ヶ月でみりんにはなっているんだけど、うちはあと2ヶ月追い込む──この夏の暑い温度を借りて、甘味を増やしているわけ。うちのは米がよく溶けているから濁るんです。袋で絞ってもまだ澱が出てくる。だから2回、濾過しないとすっきりした見た目にならない。ただ、澱には旨味成分があるから、漉しすぎるとそれを無駄にする。その加減はまだ道半ばだね。大手さんのミリンはスーパーマーケット向き。大手さんは画一的なものをつくるのが役割。我々みたいな小さなメーカーは個性的なものを出していかないと意味がないから」

「熟成させると色や甘味が変わってくる。みりんは米の甘味料。軽く煮詰めてスイーツに使ってもいい。定番はアイスクリームにかけること。色が濃いのは糖が焼けた色なんですわ。大手の製品はいつも同じ色をしているけれど、うちは毎年、同じ原料で同じ作り方をしても毎年、色が違いますよ。でも、ワインはそうですよね。おなじブドウでも味が違う。それと同じ」

──会社がピンチだったから生まれた商品?

「そうです。順風満帆だったらこんな商品は絶対にない。まだ、苦しいですけど、十五年やって感じているのは醸造というのは時間がかかる、ということ。慌ててつくっても、おいしいものはできない。最近は色んな方に声をかけていただいて、みりんの話をしたり、料理教室をしたり。飲食店から突然の引き合いもあって、ありがたいです。そういう時代になってきたのかな、と」

伝統的製法と標準的製法のみりんの味は飲み比べるとすぐにわかります。(個人的にはお湯で割って味を見るのがオススメです)

最近はお蕎麦屋さんから引き合いが多いそう。なるほど、醤油との相性も抜群で、厚い味になりそうです。調味料には安いものと高いものがありますが、いいものを使うと簡単においしくなるので、費用対効果を考えるといいものを選んだ方が得だと思います。次に訪れる時は仕込みの様子を取材したいと思いました。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!