究極のマッシュポテトのレシピ

シンプルなマッシュポテトは人気のあるメニュー。肉料理だけではなく、魚料理などにも使える万能のつけ合わせです。今日は『究極のマッシュポテト』の作り方。

究極のマッシュポテトとはどんなものでしょうか? 世界一のマッシュポテトといえばまず偉大なシェフ、ジョエル・ロブションの『じゃがいものピュレ』が挙げられます。彼は「自分が三ツ星を穫れたのはじゃがいものピュレとグリーンサラダのおかげ」と語っていますが、ロブションはじゃがいもというありふれた食材を究極の美味に変えました。

究極のマッシュポテト
 じゃがいも(ほくほくしたもの) 300g 
 牛乳(低脂肪でないもの) 100cc~
 バター 75g
 塩

この究極のマッシュポテトのレシピはジョエル・ロブションのルセットを元にジェフリー・スタインガーデンとヘストン・ブルメンタールのメソッドを応用したものです。

まずはジャガイモの選び方から。じゃがいもには男爵や農林11号のようにほくほくしたものと、メークインのようにしっとりとしたものがあります。アメリカの著名なフードライター、ジェフリー・スタインガーデンやイギリスの三つ星シェフ、ヘストン・ブルメンタールは『ほくほくとした、粉っぽい芋』、日本で言えば男爵系のじゃがいもをすすめています。反対にジョエル・ロブションは『しっとりとした』ラットやBF15というメークインタイプを使うようレシピに記し、ネイサン・ミアボルト率いるモダニストキュイジーヌチームもユーコンゴールドポテトという、やはりメークインタイプの芋を使っています。

メークインタイプは煮るのに時間がかかり、潰すのにも力が入りますが、クリーミー な口当たりになるのが特徴。男爵系は潰しやすく、ふんわりとした食感にな ります。どちらでもそれぞれの持ち味がありますが、今日はほくほく系の芋を選択しました。失敗のリスクを下げるためです。

しかし、単純に男爵いもを買ってきても、デンプン質の含有量の少ない芋が混入している場合が。そこで料理をする前に使うじゃがいもを選別します。
水500ccに塩60gを溶かしました。

芋を入れて、沈めばデンプンの多いほくほく系。

浮かべばデンプンの少ないしっとり系の芋です。今回は塩水に沈む芋だけを使うことにします。

じゃがいもは皮を剥き、厚さ2cmセンチ弱に切ります。ちなみにジョエル・ロブションのレシピでは〈じゃがいもを皮付きのまま、グロセルという大粒の塩を入れた湯のなかで茹でる〉としています。しかし「じゃがいもは皮付きのまま茹でるべきでは?」という意見に対してジェフリーはこう反論しています。

たしかに皮を剥いて茹でると風味の一部が溶け出してしまう。 しかし、どのようなじゃがいもであってもまるごと茹でれば仕上がりにむらが出る。 中がまだなのに外側は茹で過ぎてしまうのだ。茹で過ぎると細胞が破裂してしまう

マッシュポテトをつくる上で最大のミッションは「細胞を破裂させないこと」です。 理由は後述しますが、それを避けるためにじゃがいもは切って茹でます。

小さく切れば早く茹で上がるが、さらされている表面積が大きくなるの
で、栄養や風味はより失われてしまう。最上の妥協案は1.6センチから
1.9センチぐらいの厚さにスライスすることだ

ちなみにこれは日本の研究ですが「調理法の簡便化が食味に及ぼす影響」(女子栄養大学調理学研究室 松田康子他)という論文にはポテトサラダのじゃがいもを例に「3cm角に切ったもの、1.5cm角に切ったもの、丸ごとの順に評価が高い傾向がみられた」という実験結果があります。ジェフリーの記述を裏付ける内容です。

切ったことにより細胞が破れ、断面に白い液体が浮きます。この液体の正体は、遊離 デンプンなので、かならず洗い流してください。この遊離デンプンはマッシュポテトの出来を大きく左右する物質。 例えば片栗粉(100%純粋なデンプンです)を水で溶いて加熱してみましょう。 洗濯糊のような物質ができるはずです。これがマッシュポテトをべたつかせる原因です。

そこで72度のお湯にじゃがいもを20分間漬けます。

即席マッシュポテト業界は何年も前に70度強の湯であらかじめ20分ゆでて冷ましておくと、最後にマッシュするときにできる遊離澱粉の量を半分にできることに気づいた。

遊離デンプンが減少する仕組みはこうです。普通にじゃがいもを加熱すると、72度まではデンプンが水を吸って膨らみゼラチン状になります。その後、沸点に近づくにつれてペクチンが分解をはじめ、デンプンに火が通っていきます(アルファ化)。72度のお湯につけることによって、この二つの工程を分離するのです。

芋のスライスを冷ますと逆行と呼ばれるプロセスが起きる。澱粉の分子が
たがいに結びつき、水やミルクのなかで溶け出す能力の大半を失う。(中
略)逆行はベタつきを防ぐ。

モダニストキュイジーヌチームはじゃがいもを湯とともに真空パックし、それを72度 の湯煎器にかける、という方法をとっています。こちらのほうが温度管理が楽です。

水にさらして冷まします。断面を観察するとデンプンが水を吸って膨らんでいるのがわかります。

鍋に冷ましたじゃがいもと水1L、塩10gを入れ、火にかけます。
ところでこのジャガイモはお湯から茹でるべきでしょうか。水から茹でるべきでしょうか。ジェフリー・スタインガーデンは「スウェーデンのある研究によると(水から茹でる と)ねばつき、妙な味が出てしまうことがあるという。また水から茹でるとビタミンCがより失われることを示す研究もある」として、湯から茹でることを薦めています。ジェフリーには悪いですが今回はじゃがいもを水から茹でています。予備実験の結果、お湯からでも水からでも味の差はなく、調理時間は水からのほうが短く済んだからです。

湯ではじめの温度に関わらず、大事なのは充分に茹でることです。茹でたりないじゃがいもを無理に潰すと細胞が壊れてしまい、粘付きの原因になります。事前に72℃の湯につけることでペクチンが硬くなっている分、煮崩れるリスクは少ないので、やわらかくなるまでしっかりと茹でましょう。

その間に角切りにしたバターを用意します。使用量はじゃがいもの量の2 5%にあたる重量、今回はジャガイモが300gなので75gです。あまりの量にひるんでしまいますが、ジョエル・ロブションはかつてじゃがいもの量の40%(現在は25%まで減らしたようです)を推奨し「50%まで増やせばもっとリッチに。さらにはじゃがいもの同量まで増やすこともできる」と言っています。はっきり言ってやり過ぎの感はありますが、20%は少しケチかなという感じでしょうか。

茹で上がったじゃがいもは粉ふきいものようにして、水分を飛ばすこともありますが今回は裏ごしをした後で火にかけて、水分を飛ばします。いずれにせよ重要なことはこの後の作業を迅速に行うことです。

じゃがいもを裏ごしします。ジョエル・ロブションは昔ながらの手回し式のフードミルを、ジェフリースタインガ ーデン、ヘストンブルメンタール、モダニストキュイジーヌチームはライサーという 道具を推奨しています。(ポテトライサーというのは巨大なにんにくつぶしみたいな道具です)ハンドマッシャーは潰した部分をさらに潰してしまうリスクがあり、フードミルはこすりつけることになる、といいます。

ここでの目標は細胞を破壊することなく、ばらばらにすること。こ れを達成するのに理想的な温度は80度強だ。ジャガイモが冷めて室温にちかづくに つれペクチンのセメントがふたたび固まってきて、マッシュすると多くの細胞が壊 れ、糊のようなゲルが出てくる

裏ごし器と木べらの使い方に多少のコツがあります。手を木べらに垂直に押さえつけるようにして、一回でじゃがいもを潰すことで、細胞が壊れるのを防ぎます。

出来上がりの状態です。熱いうちに鍋に戻し、中火にかけて水分を飛ばします。

じゃがいもが充分に熱くなったところで、バターを投入します。

熱くなったじゃがいもはみるみるバターを吸い込んでいきます。少しずつ混ぜていきますが練らないように注意してください。ここまで丁寧にしたのに、細胞を壊してしまったら残念です。

熱くした牛乳を注いで濃度をゆるめていきます。ヘストン・ブルメンタールは牛乳にじゃがいもの皮の香りをつけることを薦めていま す。たしかにこの方法なら、皮の風味も活かすことができます。作り方は簡単、皮と牛乳を鍋に入れて沸かし、10分ほど香りを移すだけです。皮をあらかじめ焼いても面白いかもしれません。

熱々の牛乳で少しずつ伸ばしていきます。

かなりゆるんできました。加えるバターの量を減 らして、牛乳の一部をクリームに変えても別の味が楽しめます。例えばフランスのヴォナ村にある『ジョルジュ・ ブラン』のシェフ、ジョルジュ・ブランは牛乳ではなく、クリームで濃度を緩めるレシピを発表しています。

完璧を求めるのならもう一度、裏ごしします。この裏ごし器は一度目に使ったものと同じですが、本当は二回目には50メッシュ以上の目の細かい裏ごし器を使うと、口当たりがさらに滑らかになります。
保存するときはオーブンペーパーをかぶせて、表面の乾燥を防ぎ、温めなおすときは少量の牛乳を補うと良いでしょう。ちなみにジョ エル・ロブションは提供直前に空気を含ませるように泡立て器で混ぜることをすすめています。

気持ち緩めに濃度を調整するのがおいしいマッシュポテトのコツです。

出来上がった熱々のマッシュポテト。滑らかな口どけはバターのおかげ。イギリスのシェフ、ゴードン・ラムゼイは著書のなかでやはり〈粘りは絶対に出してはいけない〉とし〈マッシュポテトをつくるのにフードプロセッサーを使っているレシピ本があればすぐにゴミ箱に捨てていい〉とまで書いています。今回はじゃがいもを茹でていますが、焼いた方がおいしいというシェフもいます。(神戸北野ホテルの山口浩シェフは焼いているようです)実際、作り方の基本原理は同じでも配合は様々。個人的には生クリームは使わず、牛乳とバターだけでつくった方がおいしいと思います。

しかし、ピュレにするのに適したジャガイモの品種や使用するバターなど(ロブションはボルティエという発酵バターを推薦しています)究極のマッシュポテトのために考えなくてはいけないことは山ほどあります。究極への道はまだ遠い……といったところでしょうか。

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お知らせです。このnoteの一部をまとめた本『新しい料理の教科書』がマガジンハウスより1/17日に発売されました。

ぜひ、購入していただき、noteでも他のSNSでも簡単な感想などをお寄せいただけたらうれしいです。このマッシュポテトのレシピはもう少し簡易的なバージョンを掲載しています。

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