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道具コラム『電子レンジ』

数年前、電子レンジを使ったレシピを紹介した時、「身体に悪いのではないか」という意見を複数いただいた。庫内でなにが起きているのかわからないので、不安を抱く人が多いのだと思う。電子レンジの不幸は仕組みと名前が一致していないことだ。この名前は当時「電子」という言葉に高級な響きがある(たしかに電子機器なんて当時は高級品だ)という理由から命名されたらしい。

電子レンジは英語では「Microwave Oven」(マイクロ波オーブン)という。マグネトロンという真空管から24億5000万ヘルツの電波(これがマイクロ波)を食品に放射することで加熱する仕組みだ。マイクロ波は電波(正しくは電磁波)の一種で、他に航空船舶のレーダーや衛星通信、衛星テレビ中継などにも使われており、健康に悪影響があるとする論理的な根拠はない。例えば〈電波レンジ〉や〈電気レンジ〉という名前だったら、不安や誤解もこれほど広まらなかったかもしれない。

もちろん、人間もマイクロウェーブを浴びれば加熱されてしまう。そこで電子レンジは庫内から電磁波が漏れない構造になっている。幸いなことにマイクロ波は金属を通さないのだ。(だから電子レンジの扉には金属の網がはめ込まれている。これがマイクロ波を遮っているのだ)

加熱原理を理解する

電子レンジはフライパンやオーブンでの加熱とはまったく別の加熱原理が働いている。鍵を握っているのはマイクロ波の性質だ。

電子レンジの内部でなにが起きているのか、という現象についてはEngineerGuy teamが『Eight Amazing Engineering Stories』という本の販促のためにyoutubeにアップしたこの動画(英語onlyです)がわかりやすい。

マイクロ波は金属にあたると反射し、紙やガラス、陶磁器などは通り過ぎる性質があるが、食品内の分子に当たると、双極子が回転運動を起こす。その運動が熱エネルギーになり、食品の温度が上昇する仕組み。上記の動画でも説明されているが通常の加熱では外側から内側に熱が伝わるが、マイクロウェーブでの加熱の場合、中心から加熱される。熱の伝わり方が逆なので戸惑うのは当然だ。よく「電子レンジは水の分子を動かして、その摩擦熱で加熱する」と説明されることがあるが、実際には他の分子も影響を受ける。しかし、水分子が電磁波を吸収しやすいのは確か。水分子は電荷が動きやすく、さらに1つの酸素原子と2つの水素原子が104.5度で繋がっており、このずれによって双極子が回転しやすいのだ。

逆にタンパク質やデンプンのような大きな分子はあまり動かないので温度が上がりにくく、冷凍食品も水分子が凍ってしまって動かないため熱効率が悪い。(そのため冷凍食品の解凍は意外と難しく、表面が溶けるとその部分だけ温度が上がってしまったりする)試しに氷を電子レンジにかけてみると、完璧に凍った氷はレンジで加熱しても溶けないのだ。

電子レンジに向いている食材

電子レンジは「電波を吸収しやすいもの」が発熱し、「吸収しにくいもの」は温度が上がらない。つまり、電子レンジでの加熱では食材に含まれる水分含有量がポイントで、電子レンジ調理に最も向いている食材は85%〜95%が水分の野菜類という結論になる。逆にタンパク質が多く、水分含有量が70%ほどである肉類はあまり向いていない。

水分子を加熱するわけだから食品内に水分がある間は温度は100℃以上にならない。実際は加熱を続けて水分が30%以下に減少すると100℃を越えた温度上昇がはじまるのだが、フライパンでの加熱と違い表面から加熱されることもないので、メイラード反応によって褐変を生じさせる必要のある肉類には適していない。

また、チョコレートやバターといった水分の少ない食材は温度が上がりづらい。逆にその性質を利用すれば温度をあげずにチョコレートを溶かしたり、バターを焦がさずに溶かすことも可能だ。

また、食材の熱効率は表面積に比例するからといって、大きい塊を加熱してもマイクロ波エネルギーが中心部へ到達する前に減衰してしまうため、表面と中心の温度差が大きくなってしまう。電子レンジにかける材料はあらかじめ小さく切っておいたほうが無難だ。誘電損失係数と半減深度の関係はここでは書き切れないので、ご興味がある方は「日本食品工学会誌」2011年に掲載されている東京海洋大学の酒井昇氏のよる『食品の誘電物性とマイクロ波加熱』という素晴らしい解説を参照していただきたい。

塩分について

一般に電子レンジは塩分を含む食品は早く加熱されると言われる。マイクロ波による発熱性は誘電物性に依存し、誘電損率が大きい方が加熱されやすいとされ(つまり電気が通りやすく、抵抗が大きいほうが熱くなる)、誘電損率は塩分濃度が高いほど増大する。つまり、塩を振った食材のほうが早く火が通る(あるいは熱が集中する)はずだ。

というわけで、実験してみた。豚肉の薄切りを用意し、それぞれ塩を振ったもの(上、右)振らないもの(左、下)で加熱をした。

もっとはっきり差がでるか、と推測していたが、結果は誤差の範囲。ちなみに電子レンジで加熱された肉は灰色がかった色になってしまうのは、肉の温度が100℃よりも低い状態でとどまるので、オキシミオグロビンが完全に変性しないからだ。

次に食塩水と水で比較してみた。食塩水と水を同条件で加熱すると、逆に食塩水(例えばスープ)のほうが温まりづらいとされる。マイクロ波が端で吸収されてしまうので、全体の温度が上がらないからだ。理屈ではわかるが実際、どの程度まで影響があるのだろうか。

ビーカーA、Bにそれぞれ水200ccと2.5%塩分濃度の塩水を用意した。2つを600wのレンジに1分30秒かけ、温度の変化を調べる。前述の理屈が正しければ真水のほうが温度が高くなり、塩水の温度は低くなるはず。

しかし、結果は2つのビーカーの温度は同じ46℃で、差は出なかった。あるいはもっと高い塩分濃度であれば影響があるかもしれないが食品に含まれる塩分濃度はせいぜい1〜2%といったところ。1000wでの加熱なら影響は大きくなると思われるが、日本で家庭用として普及している500wまたは600wでの加熱ではとくに気にする必要はなさそうだ。

野菜の加熱

水分含有量の多い野菜類や果物はレンジで調理することで、栄養素の損失も少なく、色もきれいに上がる。加熱時間を短時間に抑えられるからだ。また、電子レンジで加熱するとペクチンが水溶化しないため歯ごたえもよく仕上がるのが特徴。弱点は栄養素と一緒にアクなども閉じ込めてしまうこと。向いている野菜はブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、アスパラガス、ニンジン、玉ねぎといったアクの少ない野菜。

ボウルに100gのニンジンを入れて、加熱してみる。600Wで1分40秒加熱した。

時間はあくまで目安。ラップをかけると加熱ムラが減り、保湿と保温ができる。また、ラップをかけると仕上がりの状態がわかるのもメリットだ。ラップが膨らんだら=水分が蒸発したら、スイッチを切るサイン。葉物野菜はふくらんだらすぐに取り出し、ブロッコリーなどは一呼吸置いてからとりだせばいい。

ニンジンのような根菜類は膨らんだら火を止め、数分間予熱で火を通す。

水を吸わないので歯ごたえ良く仕上がるのが特徴。

アスパラガスの場合はボウルの底に水を張って、立てた状態で加熱する。2分〜4分間加熱、途中で状態をチェック。

この調理ではマイクロ波による加熱と蒸発した水による対流熱の2種類で加熱するので、加熱ムラが減る。電子レンジ調理は高温で加熱されると思われがちだが、実際は低温温度帯の加熱にも向いている。栄養価が失われないばかりか、焦げにくく、素材の甘みも引き出しやすい。ポイントを身につけ、電子レンジを上手に活用したい。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!