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ジャンヌ・カルマンが好んだ牛肉の南仏風赤ワイン煮込み

新刊が出ました。

タイトルは『長寿の献立帖 あの人は何を食べてきたのか』(KADOKAWA)です。12月10日発売なので、すでに本屋さんに並んでいると思います。一般社団法人全国信用金庫協会が監修し、ダイヤモンド社が発行している『しんきん経営情報』という冊子に連載していた『長寿の食卓』に大幅に加筆、改稿したもので、総勢四十人あまりの偉人たちの食生活について考察したコラム集です。

長寿時代を豊かに生きるための知恵を長寿をまっとうした人の食卓に学ぶ
目次(一部)
第一章 細く長く食べて、天寿を全うした百歳以上
「新しい体験は寿命を七十五日のばす」 吉行あぐり 
「人はいくつになっても生き方を変えることができます」 日野原重明 
「喜ばれて喜んで」 飯田深雪 
「料理は自然から文化への移行」 レヴィストロース 百歳 ほか
第二章 死ぬまで仕事を続け、我が道を生き抜いた九十代
「抹茶とお菓子が朝ご飯代わり」 野上弥生子 
「幸福を知る才能」 宇野千代
「たとえ世界が不条理だったとしても」 吉田秀和
「長寿の源は初恋の味」 三島海雲
「週二回のゴルフと毎日お昼に欠かさず食べるチキンラーメン」安藤百福 九十六歳
「飲んだ時は酔った方がいい。飲んで酔わないと体に悪い」 井伏鱒二 ほか
第三章 今に通じる思想を持っていた八十代
「死而不亡者壽」 横山大観 
「雑草ということはない」昭和天皇 
「仲間と食べるモネの豊かな食卓」クロード・モネ   
「六歳の時、私はコックになりたかった」サルバトーレ・ダリ
「医者の言うことを鵜呑みにしてはいくら身体があっても足らない」エジソン
「二十歳でも八十歳でも、学ぶことをやめた人は若さを失う」 ヘンリー・フォード ほか
第四章 長寿こそが勝利条件だった七十代
「一人で食事をすることは、哲学する学者にとっては不健康である」カント
「豚肉を好んだ近代人」徳川慶喜 
「肥満の美食家もつながりで長生き」ロッシーニ
「長命こそが勝ち残りの源である」徳川家康 ほか

今年の6月に同じKADOKAWAから『おいしいものには理由がある』という単行本を出したばかりですが、こちらもお手にとっていただければ幸いです。(自分で言うのもなんですが)面白い本に仕上がったか、と思います。

いつも本を書くときには「今までやったことのないことをしよう」と思っているのですが、コラムは小説やノンフィクションとは違い、描写で伝えられないので、純粋な文章のリズムでドライブする(文章を先に進める)必要があり、そこは書いていて楽しい部分でした。

さて、本書の第一章の冒頭では人類史上、最も長生きした女性『ジャンヌ・カルマン』をとりあげています。茹でた魚が嫌いで、ポートワインを好み、一週間で一キロのチョコレートを食べていた彼女の好物は『ドーブ』。本文では

ドーブ(南仏の郷土料理で、いわゆる赤ワイン煮込み。普通、牛肉や羊肉でつくる)

と説明を入れましたが、いわゆる普通の赤ワイン煮込みとどこが違うのか。作り方をご紹介しながら解説していきます。

牛肉のドーブ(4人前)
 牛肉(煮込み用) 600g〜700g
 塩      肉の重量の1%
 赤ワイン 1本
 タマネギ 1個
 オレンジ 半分
 グラニュー糖 大さじ2+1/2
ソースの仕上げ 
 赤ワインビネガー 50cc
 赤ワイン  100cc
 バター   20g
 胡椒    適量

このレシピはフォンドヴォーや小麦粉を使わず、要素を限界までそぎ落としています。そのためジャンヌカルマンが食べていた家庭的なドーブとは味の方向性が違うと思いますが、その点はご了承を。

写真は肩ロースです。本当はホホ肉やバラ肉、すね肉のような繊維が密でコラーゲンの多い部位が向いています。さらにいうと本場の味とはかけ離れてしまいますが筋繊維のあいだまで密に脂肪が入り込んでいる和牛を使うとしっとりと仕上がります。
牛肉に1%重量の塩を振って、最低一時間(できたら一晩)マリネします。塩を振ってマリネすることで煮上がった時に肉がしっとりします。

ロブションやアランデュカスといった有名シェフたちは肉をドライキュア(こんな風に塩や砂糖でマリネすること)する場合の塩の重量は肉の重量の1.2%の場合が多いようですが、ソースの塩分の調整が難しくなるので今回は1%にしています。

香味野菜はタマネギだけですが、もちろん他の野菜を増やしてもOK。しかし、今回はキレのある味をめざし要素をそぎ落としています。赤ワインは1本600円くらいのカベルネソーヴィニヨンを使いました。今回は煮込む段階では水を一滴も使わず赤ワインだけで煮込んでいきます。

特徴はオレンジが入ること。普通の赤ワイン煮込みに使うトマトの代わりに柑橘を使うことが『ドーブ』の定義で、仕上げにオリーブを加える人もいます。ちなみに本式のドーブは赤ワインとオレンジで肉を二晩、マリネするのが王道。南仏の香り漂う料理です。

タマネギはどんな切り方でもいいのですが、これくらいの大きさに切っておきました。

南仏ではオレンジを皮ごと加えますが、日本に入ってくるオレンジには防かび剤が使われていることや苦みが出るので皮は除去しました。今の時期はオレンジの質が良くないので、橙やミカンなど他の柑橘を使っても大丈夫か、と思います。皮ごと使う場合は量を調整したり、一度ゆでこぼすして苦みを抜くなどの処理が必要です。

オリーブオイル(分量外)大さじ1を敷いた厚手の鍋を中火にかけて、タマネギを炒めていきます。少量なので蓋を閉めて加熱するのがコツ。

5分経ったら蓋を開け、鍋底についた焦げを木べらでこそぎます。火加減は中火のままです。

蓋を閉めたり開けたりしながら、しばらく炒めているとタマネギの水分だけでは鍋底をこそぐのが厳しくなってきます。そうしたら水を大さじ1ずつ加えると、色が全体にまわります。10分ほど炒めて、このくらいの色になればOK。丁寧に炒めてメイラード反応を充分に起こしたタマネギが味の土台になります。

赤ワインを一本注ぎ、鍋底をこそぎます。

肉は表面の水気を拭きとってから、フライパンで焦げ目をつけます。強火でなるべく短い時間で焼いてしまいましょう。

焼けた肉をワインの入った鍋に投入。

一度、強火で沸かします。『オックステールの赤ワイン煮込み』のレシピでは高温で肉を調理するな、と散々書いていたくせに・・・・・・と眉をひそめる方もいるか、と思いますが、今回は煮汁のおいしさを優先しています。

ざっくりとアクをとったら火を止め、オレンジを加えます。

鍋の縁をキッチンペーパーで拭いておくと丁寧です。(ここにアクがくっついて焦げるのです)

オーブンペーパーで落とし蓋をして

120度のオーブンで二時間半、加熱します。弱火でことこと煮込んでも同じ事ですが、オーブンの方が焦げ付く心配がないので楽です。紙蓋をすると気化熱によって表面が冷やされないので液体の温度は高くなるので、煮汁に味が出やすくなります。

二時間半経った状態がこちら。フォークなどを刺して、肉が軟らかくなっているか、チェックし問題なければこのまま冷まします。粗熱がとれたら肉を一度、とりだし、、、

煮汁は濾します。

煮汁を冷蔵庫で冷やすと脂が固まるので網杓子で取りのぞけば準備完了。

ソースを準備してきます。まずはコクを出すためのガストリックをつくります。グラニュー糖大さじ2を小鍋に入れ、中火にかけます。

鍋をゆっくりと揺すりながらカラメル状になったら

火から外して、赤ワインビネガーを投入。

カラメルを溶かします。この焦がした砂糖+ビネガーのことをガストリックと呼び、オレンジソースをつくる際などにも使う古典的なテクニックです。ショ糖はメイラード反応を起こしにくく、砂糖を加熱してもカラメル化するだけですが、そこに酢を加えるとショ糖はブドウ糖と果糖に分解するのでメイラード反応が起きる、というわけ。昔の人の知恵はすごいものですね。

ガストリックに赤ワインを100cc加え、軽く煮詰めておきます。

そこに脂を取りのぞいた煮汁を投入。

強火でガンガンに煮詰めていきます。小さい鍋を使ったので10分くらいかかりましたが、口径の大きい鍋を使えばもっと早く煮詰まると思います。

1/3まで煮詰めました。この煮詰めるという工程がフランス料理の最大の肝になります。ソースの味にコクがない、というのは煮詰め具合が足りない場合がほとんど。思い切って煮詰めることで味が出てきます。

ワインの種類やオレンジの質によって酸味が強いことがあるので最後に砂糖を足してバランスをとりました。この段階で胡椒も加えてます。

仕上げにバターを20g加え、モンテ(泡立て器で混ぜるか、鍋を揺すりながらバターを溶かし、乳化させること)します。

肉にソースをかけて、弱火でじっくりと温めます。

完成品の状態。

漆黒でツヤのあるソースとほろほろの肉が抜群の相性。キレのある赤ワイン煮込みという感じで、実はごはんにも合います。つけ合わせには焼いたタマネギやオレンジの皮のコンフィを添えますが、マッシュポテトも好相性。

なお、今回のレシピはフォンドヴォーを使わずに肉と最低限の野菜だけで仕上げていますが、もっとコクが欲しいという方はソースの仕上げに市販のグラス・ド・ビアンド(ハインツから缶詰が出ています)を30g加えると万人受けする味になります。グラス・ド・ビアンドはフォンドヴォーを煮詰めたもので、缶詰の製品にはちゃんとゼラチン分が含まれているのでソースにコクととろみを足してくれます。少ししか使わないのでこんな風に製氷皿に入れて冷凍しておくと便利です。

やわらかい煮込み料理は年を重ねても食べやすく、タンパク質を効率よく摂取できます。この一皿だけだと野菜が足りないので別皿につけ合わせの野菜をたっぷりと添えましょう。というわけで『長寿の献立帖』よろしくお願いいたします。


撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!