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なぜ地球一周を計画したのか


JALの生涯マイル

僕はこれまで相当な時間、飛行機に乗ってきました。海外には150回くらい行っています。「150回くらい」と書くのは、もう何カ国行ったのか、何回行ったのか、正確にカウントできないからです。
僕にとっての海外は、長時間のフライト(99%エコノミー)に耐え、目的地とホテルを往復し、たまに現地の食べ物を楽しむだけの素っ気ないものです。いちいちカウントしたり、観光して思い出を作ったり、そういう対象では無くなってしまっていました。

ある時、叔母が「いつかハワイに行ってみたい。10年前から計画している!」と嬉しそうに話しているのを聞きました。海外旅行を目標に、友達と空想しながら計画すること自体が「人生の彩り」のように感じ、とても羨ましく思いました。
僕も、初めて海外に行った時のような高揚感をまた味わいたい!一度もやったことのない物理的な地球一周をすればウキウキできるかもと思いつきました。
ウキウキして心が動くことは、能力という花へ水を撒くことだと思います。おじさんになり、能力の枯渇を如実に感じるようになった僕には、大きなウキウキが必要でした。

娘が成長するにつれ、いつか一緒に世界一周したいな、と考えるようにもなりました。僕自身が後天的に獲得したスキルである、どこでも眠れたり、なんでも食べられたりする強かさや、綿密な計画を立てながらもハプニングになんとか反応する弾力性といった「生きる地力」のようなものは、一緒に世界を回ることでしか伝えられないと思ったからです。

そこで、自宅の壁に世界地図を貼り、娘の部屋に地球儀を置きました。また、海外出張のたびに、地球や世界の話を刷り込んできました。いざ実行の時に断られてしまっては困るからです。
それが功を奏したのか、娘はいつか僕と地球一周をするものだと思っていたように感じます。

具体的なイメージを作り出したのは2019年でした。娘が随分成長し、発言や行動から、体力的にも精神的にも耐えられると考えたからです。また、これ以上大きくなったら「お父さんと一緒はヤダ」とも言われかねません。
当時の僕は2020年が任期とされた、非常にプレッシャーの大きな仕事をしていました。任期満了の暁には、お祝いを兼ねて一生の思い出を作ろうと目論んでもいました。

ところが、パンデミックの影響で仕事が延長。その期間は、それはそれは心が折れそうな日々でした。歯を食いしばり、這うように進み、やっとゴールが見えた瞬間の想定し得ない延長戦に、プロジェクトのメンバー全員と必死に心を奮い立たせて闘いました。
2021年の夏に任期満了したものの、いわゆるバーンアウトになりました。心も体も思考も、全く動かなかったことを微かに覚えています。

日々をただただ重ねるように生きていた2022年でした。ところが、定期的に海外に行くことが無くなったことでJALのステータスがダウン。これによりカウントされなかったマイルの有効期限が復活したのです。
マイルが無くなってしまう!お尻に火がつきました。少ないながらもマイルを失効したくないとの思いから、ようやく本気で計画を立て始めました。

なぜ地球一周を計画したか?と問われれば「娘の教育と自分への刺激という理由もあるが、マイルを失効する前に使い切りたかった」ということになります。

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