体験や想いを吐き出すことは、自分を癒すことだ。

こんにちは、樹咲です。
唐突ですが、今日はちょっと自分自身について書いてみようと思います。

一部私の体験を含めた重い話があるので、「今他人の辛い体験を知るのはしんどいなー」という方は回避していただければと思います。


さて、よろしいでしょうか。


私は20代前半まで人と関わることが本当に苦手で距離感のとり方が本当に下手くそで、会社生活をすることが困難に感じ、できることならとことん一人で生きていきたい人間でした。フリーランスという道を目指そうと思った背景にはそういった理由もあります。

ですがフリーランスになってから、『人と関わる』ことの大切さ・楽しさを感じるようになり、人と話すことも大好きになりました。
会社だと目的に対し社員が皆同じ方向を向いていないと厳しいこともありますが、生き方や価値観、目的が多様な人々(会社組織含む)に触れる機会が増えたことが大きいと思います。
ですので「この人ともっと話してみたい!」と思ったら「会って喋ってみませんか?」と自分からも相手からもナンパをしたりされたりしておりました(この数年は自分も相手も年齢的に家庭の事情などでタイミングが合うことが難しくなってきましたが)。人は変わるものですね(笑)。

そんな中で「さてどうしたらいいだろう?」という場面も多く出てくるようになりました。それは多分、「人と話すことが好き」になったからこそ出てきた問題です。


まだよく知らない相手と話す時、親や出身地の話ってなかなか避けがたいことですよね。
避けがたい、と書くとネガティブ全開になってしまいますが、誰もが大体持っているバックボーンですから、そこをとっかかりに相手を知っていこう!というのは自然なことだと思います。

けれど、自分を知ろうとしてくれることが嬉しい反面どうにも正直に言えない事情があり、何となく別の話題へ別の話題へと話をそらしてしまいます。
「あ、この人好きになれそう!」と思っても「今それを話すタイミングではない」となってしまうからです。

それは、私が機能不全家族出身だから。

今だと『毒親育ち』という言葉の方がピンとくる人が多いかもしれません。

機能不全家族とは、家庭内で弱い立場にある人に対して、身体的または精神的ダメージを与える機会が日常的に存在している家族状態のことをいいます。(LITALICO発達ナビより
【機能不全家族】
・非合理的なルールが強く維持されている
・子どもを守るという親の役割が放棄され、子どもが親のケアをすることがある
・家族もすでに分かっているけれど、公にできない秘密がある(性的虐待など)
・家族のなかに他人が入り込むことに抵抗がある
・暗い雰囲気でほとんど笑いがない
・家族同士のプライバシーがない(個人間の境界があいまい)
・家族から離れることが許されていない
・家族間の嫌なことや葛藤などは否定されて無視される
・変化に抵抗する
・家族は分断され、統一性がない
LITALICO発達ナビより

家庭内が常に力や言葉の暴力・支配で溢れており、安心することができない家庭。家族仲が良く、適切な愛情や距離感で、個々がきちんと自立している家庭で育った方にはなかなか想像できない家庭像かな、と思います。

機能不全家庭には様々な状態がありますが、世の中と自分(と自分の家庭)との落差や常識の違いなどに「違和感」を感じ生きづらさを感じている人間をアダルトチルドレンと言います。

精神面で、アダルトチルドレンとしての影響が現れてくるのは思春期以降、さらにはっきりと現れるのは、成人後、20代半ばにさしかかってからとされます。自分の行動、思考、感情や人間関係に支障をきたしたり、なんらかの生きづらさを感じるようになります。理由なく孤独感に見舞われたり、家族との関係がぎくしゃくするほか友人関係や会社での自分の役割、自分の人生の選択などさまざまな場面で違和感を持つことがあります。
LITALICO発達ナビより

両親の不仲。毎晩3時間は続く罵詈雑言と暴力。
過干渉で、親が望むレールから少しも外れることを許さず、徹底的に人格を否定したり叩いたり、誰に養ってもらっているんだ!と脅す
小さな約束も守らず、平気で反故にし、言うことはいつも矛盾している。

何が親がキレるトリガーになってしまうのかわからないので、私はいつも細部にまで気を配り、ひたすらに親の顔色を伺ってビクビクしながら過ごしていました(でも昨日OKだったことが今日NGとか、もう訳が分からない)。
勉強も頑張り、「我が子は優秀である」という親の満足感を満たすためリーダーをやってみたり、一生懸命『いい子』を演じていました

学校に行き他の子どもや家庭の姿をみたり、社会に出て初めて「自分の家が異常である・あった」ことに気付くことも多いです。

家族の問題は口に出しにくい。

「人間て親のことだけは嘘つけないんですよ」というのはある方が仰っていたのですが、それを聞いた時、ああ、本当にそうだ、と思いました。

『家庭』というのは自分が生まれて育った最初の集団で、自己を形作ってきた基本中の基本なので、「仲良かったです」「普通です」とは言えないんですよね。嘘になってしまうから。
そして、家庭が抱えている問題を公表すること――特に対面して言うことってすごく難しい。
「書く」「描く」ことはできるようになってきても、「言う」ことは物凄くハードルが高いです。

かといってそれを正直に話して相手を困惑させたい訳ではないのです。
「さあ今日はちょっとディープな話しましょっか!」という流れでもないのに、そんな話されても相手も想定していないし困ってしまう。
そういう雰囲気、私もそうしたい訳じゃないし希望していない。
だから結局その場はなんとなくやり過ごしてしまう。

この数年、毒親のエピソードを始め、鬱、イジメや性被害のエピソードを何らかの“形”にして公表する方が増えてきました。
公表する方は凄く勇気が必要だったと思います。みんな凄いな。

「そんなエピソード不愉快!」という言葉が飛んでいる時もありますし、自分がしんどい時はわざわざ見たくない時もあります。
一方で「自分もそうだった!」「この人はこう回復していったのか」というヒントを得ることもあり、“その人”を知ることにも繋がります。

そして、それって公表する側を癒すことでもあるんだな、と思います。
どこかに出してみると、それだけで心が軽くなったりするものです。


形にすることによって自分の中で感情や経験の整理整頓が出来る。

同じような経験をした誰かに、生きやすくなることのヒントをもらったりヒントをあげたり。

勿論公表することによって離れていく人もいるけれど、やっぱりそれらを“知っていてくれる人”が増えてくれること、知った上で付き合ってくれる人が増えることは「自分はここにいていい」と思える安堵感があります。

私の場合、まず親が褒めてくれたとか成長したねと喜んでくれた経験というのが皆無なので、私がものすごくヤバかった時を知ってくれている友人たちが「元気に生きてて良かった!」とか「今楽しそうで何より!」とか言ってくれると「頑張って歩いてきてよかったな~」と私の自己肯定感が心に貯まっていってより私を強くしてくれます。
それはネットで知った同じ境遇の人たちにも、お互いにそう。
ちょっと苦しい時は何の反応もしなくても読んでいてくれたり読んだりしているし、「楽し~」「幸せ~」と言っている人の呟きを見るのは「いいねいいね!」とこちらも幸せになります。
リアルでも、ネットでも友人たちには本当に感謝しかありません。

やっぱり“正直”な私自身を知って欲しい。

そんな感じで近年とても元気に幸せに生きているので「まぁもういっか!」と思えるほどアダルトチルドレンを克服してきたなと感じるのですが、最初に書いた通り親や出身地の話題を振られてその場で正直には言えないし、嘘や誤魔化しができたとして、それは今ここまで歩いてこれた自分を否定することでもあるし、対面で相手が嫌な気持ちにならない方法は今の私にはわからないし…と考えた時、もうとりあえず文章に書いて表に出してみよう、と思いました。

そしてここに至る前にこういったことを書こうかどうしようかものすごく迷っていた期間が最近ありまして、今、ちょうどよいタイミングをもらったかもしれない、と感じたこともきっかけでした。

それは昨今のニュースであまりにも虐待報道や自殺・殺人が多く、それらの背景に自分の境遇を重ねてしまうことがとても増えたからです。

世の中、自分が何をしても、存在しているだけでも嫌う人は一定数います。それはもうしょうがない。
一方で力強い味方になってくれる人もいるし、「自分もだよ」と共有して互いに「自分はこうだった、こうした」と回復を助け合うこともあるし、そもそも重い話を告白しようがしまいが、世の中の殆どの人は自分(私)が考えているほどは自分(私)に興味がないです。
なので、自分の経験と感情をより整理して自分を癒すためにも、今書けることは思い切って書いてみることにしました。

SOSの発信。

私は14歳のとき親が原因で一度命を絶っているのですが、その際の両親の対応で家から逃げることを決めました。

知識が足りず死ぬことが出来なかったのですが、ニュースを見聞きするたびに、あれらは私だったかもしれない、私だ、と思うことがよくあります。

そして、考えるのは当時のこと。

私は決意を固める前に周囲の大人たちに色々漏らしていたのですが、
「親は子に無償の愛を持っている、親のことを悪く言うなんてなんて子だ!」
「親の文句を言っても、貴方も親が好きなんでしょ?」
「ただの反抗期だって!」
「夫婦喧嘩も親子喧嘩もどこの家だってしてるよ~」
「(当時の何かの課題作文に希死念慮を書き)こんなもの載せられない、何考えているんだ、書き直し!」

それらの、「親子は絶対」「無償の愛」を語る大人たちでした。

20年以上前、しかも田舎ですから、今よりもっと「家族は愛と絆で結ばれている、子どもを愛さない親はいない」価値観が当たり前だった時代です。

もし一人でもSOSに気付いて、受け止めることはできなくても警察や児童相談所に電話をしてくれていたら。
あの頃の私も、もう亡くなってしまった彼ら彼女らも死ぬことを思いとどまったかもしれないし、世の中や自分がどうでもいいからと誰かを殺めようなどと考える彼や彼女はいなかったのかもしれません。

日本の殺人事件の6割近くが家族・親族間の殺人である警察庁参考資料 /  ダ・ヴィンチニュース)ことを考えると、生い立ちや環境というものは決して無視できないことであり、そこに至るまでに何らかの問題を抱えている家族・親族が多いということです。
「そんな風に見えなかった」「いい人なのに」といった近所の人のコメントは、それだけ周囲に漏らすことができず一人で抱えていた、ということでもあると思います。

ただし、生い立ちがどうであろうと殺人は決して許されません。自分の自暴自棄な考えに幸せに生きているかもしれない誰かの命や人生を巻き込むなどしてはならないことです。

それは、自分自身を救ってあげる機会をも永遠に失うことだと思うのです。

自分を救おう。親に望まれなくたって、別に人生で大きなことが出来なくたって、あなたは生きてていいんだ。
「親なんて関係ねえ!自分は自分だ、ザマーミロ!」と言ってほしい。

家族の悩みを抱えている人は、殆どの場合、理解や共感よりも「“正しい”価値観を押し付けられずにただ聞いてほしい」んです。
だって「“普通”と違う」ことを知ったから苦しんでいるので。

私は随分長いこと両親を憎んできましたし、今も「子どもとして」両親が私にしてきたことは許せないことばかりですが、他人として客観的に見た時、母もまたアダルトチルドレンだなと感じることが多くなりました。

加えてTwitterを見ていると、どれだけ多くの人が「理想の母親像」に苦しんでいるのか、どれだけ多くの人が「親なんだから」「親はこうでなくてはならない」という価値観に苦しめられているのかを知るようになりました。

転勤族だったので3年ごとに引っ越し、父母は互いの両親との関係も険悪でしたし、殆どが山間部の田舎住まいで、当時にしてはまだ珍しい共働き。
共働きですが借金だらけだったので、世の中好景気だというのに食べるもの着るものに困る生活でした(当時の田舎は家賃は高くない)。
そして母の母は早くに亡くなったようなので(ようなので、というのはまた聞き程度で知らないからです)母もまた「理想の母親像」と周囲のプレッシャー(主に義理の両親―私からは祖父母)に苦しんできた一人なのかもしれません。
とはいえ、人格・生存否定の罵詈雑言を繰り出すのは殆どが母でしたが。

両親はお互いを罵り合い時に殴り合い、その飛び火は子どもにおよび、言ってはいけない言葉で人格や生存、子どもを否定する。

私には弟がいますが、小さい頃は「お父さんとお母さんが仲が悪いのは嫌だ!」と一緒に家出をしましたが、大きくなるにつれ母に溺愛され離されず、いつの間にか彼の中で何かを諦めてしまったようで自分の部屋で布団にくるまり部屋から出てこなくなった時期がかなり長く続きました。

大体3年ごとの引っ越し。携帯電話もSNSもない時代。
私の家族は、みんな孤独で、みんな日常に自分の悩みや想いを聞いてくれる人がいませんでした

“わたしはわたし”。自分自身の人生を始める。

家を出ることに決めた私は高校時代どうすれば家を出られるかという計画を立て、18歳でも東京で暮らせ学費も稼げる仕事である公務員になり、学歴がなければ家を出ることは許さないというので大学の夜間部を受験しました。学費は、借金で貧乏だったということもあるのですが、お金を出している限り親の言うことは絶対である(養育されている人間は逆らうな)、という親の価値観から一刻も早く抜け出すためでもありました。
お前を育てるためにかかったお金全額返せ、とか平気で言いましたからね。

そして、喜怒哀楽の「哀」しかなかった私が表情や感情をきちんと取り戻せたのは上京して2年ほど。心療内科のカウンセリングに通って、やっと自分の心や表情が“どういう感情なのか”わかるようになってきました。

「私がいい子じゃないからうちは仲が悪いんだ」「自分は生まれてきてはいけなかった」と自分を責め毎晩夜中にこっそり泣き、心臓が雑巾絞りされている感覚や過呼吸は、投薬治療と、結婚して落ち着いた生活があることで数年経ってからようやく収まりました。
心から安心して帰れる家・帰りたいと思う家を作ってくれたこと、いざというとき一番に味方になってくれる夫にとても感謝しています。

私の育った環境は両親の職業と密接しており特殊、かつ田舎なので、それがどこの誰なのかが割とすぐにわかってしまいます。

今これを読んでくださっているあなたに身バレするのが怖いのではなく、私はまだまだ「親に」特定されるのが怖いのです。これは、フリーランスとしての活動や心境と矛盾したり葛藤する部分でもあるのですが。

だからもっともっと書いてしまいたい、整理してしまいたいことは山のようにあるけれど、ネットに残る形でそれらを残すことはまだ色々な面で難しいかな…と思うところです。

今の私は幸せに生きており、家族仲が良い人の話はほっこり「いいねー!いいねー! (*´∀`*)」と聞けるようになったので、本当に心の底から「まあ(私は今までできなかったことや知らなかった体験をするのに忙しいので、親との関係性に悩んでいる時間などないのでどうでも)いっか!」と思う時の方が多いのですが、先述した通り虐待のニュースや自殺や殺人をした人の生い立ちを見ると色々と思い出し、彼ら彼女らが追い詰められた背景を想像してしまい胸がキューッとなります。
その時、今の私は昔の私になんて言葉を掛けられるだろう…ということを、とても深く考え込んでしまうのです。


共感も理解もしなくていい。ただ「親子の愛」は“絶対”ではないことを知って欲しい。

親に望まれて生まれなくても「自分は自分」「生きていていい存在」なのだと軸を持てるようになって欲しい。

常に子どもを愛せなくたっていい。それを子どもにぶつける前に、どこかで「周囲」に潰れそうな心を開放できる場所があって欲しい。

家族の悩みを周囲に言えなくて死んでしまう人や他人を傷つける人が一人でも少なくなるために。
そして親も「理想の親像」で自分を追い詰め子どもを虐待しないために。
『家族の問題』をもう少し気軽に外に言える世の中になって欲しいなというのが、本当に心から思い願うところです。だから私も言う。

亡くなる前に。死ぬ前に。
追い詰められて虐待する前に。

自分は自分。生まれて、生きてていい存在。
親も子も関係なく、個人の『自分』がしっかり中心になって立てるように。

今傷ついているあなたが、これから先たくさん笑える日々になるように。

こちらのサイトには「自分の心の限界・命の危険を感じたら一人で抱えこまず相談を」とそれぞれの状況に応じた相談先が書かれています。
私もそうでしたが、第三者にだから言えたこと・言えることもあります。カウンセラーはプロです。話しているうちにぐちゃぐちゃになっている自分の感情を整理できたり、自分の置かれている状況を客観的に知ることができたりします。
心や命の限界を感じ始めたら、家から出ることができるうちに相談をしてみてください。専門家を頼りましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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写真は過去購入した「素材辞典」の写真素材を利用しています。

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樹咲リヨコ

アダルトチルドレン

「生きにくさ」を感じている機能不全家族出身者の人へ。私自身が経験してきたこと、乗り越えたことなどを書いていきます。

コメント2件

この記事を勝手ながら読ませてもらっている者です。この記事にとても共感しました。僕の親も過干渉で、かつ親子や家庭というものを、絶対視したり、神聖視したりしています。僕は日々、家庭というのがうんざりで息苦しさを覚えており、また親の顔色を絶えず伺うことを続けていくうちに、いつしか誰に対しても顔色を伺って話すということが癖になってしまいました。また、両親は古い価値観を抱いており、正しいことを言ったところで養ってもらっている子供だから逆らうなと言われます。本当に日々生きるのが辛いです。しかし、この記事を読んで、少し楽になりました。ありがとうございます!
toshiさま
コメントありがとうございます!
こちらこそ、お読みいただき本当にありがとうございました。

家族の問題はなかなか外に吐き出したり理解されることが難しく、本当に苦しいですよね。
「養ってやってる、逆らうな」と絶対的に弱い立場の子どもに言ってはならない言葉だと思います。

日々生きるのが辛い状態にいらっしゃるtoshiさんが、少しでも気持ちが楽になられたのなら、本当にとてもとても嬉しく思います。

toshiさんに、心穏やかに過ごせる時がおとずれますよう願っております。

改めまして、こちらこそ本当にありがとうございました!
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