我慢

息子にとって従兄弟になる、3歳の甥っ子と会った。

楽しく遊んで帰り際。甥っ子は息子が持っていたくまの被り物を欲しがったらしい(私は他の用事をしていてその場にいなかった)。

嫌だと言う息子。持って帰るという甥っ子。

結局その場にいた母や祖母(息子から見た祖母と曾祖母)が「小さい子に貸してあげて」という感じに言って、甥っ子が持って帰ることになったらしい。次に会う時に返してくれるそうな。

母や祖母は、泣きながらも貸してあげた息子に対して「えらいね」的なことを言っていたらしいのだけど。

いやそれって本当に「えらいね」って話なのかなーと私は思ったのである。


世間的にこれが美談なのはわかる。「他人に譲るって素晴らしいこと、いいこと」という考え方が主流なのだろう。

そしてそれ自体、悪いことなのかと言えば、そうとも言い切れないと思う。そうした方がおさまりがつくというか。まぁ表面上、穏やかにはいくだろう。

でもこれは、息子の「我慢」の上に成り立っている穏やかさ。

もちろん、貸さなかったら貸さなかったで、甥っ子の「我慢」は必要になってきて、どのみち誰かの「我慢」は出てくるとは思うものの。

貸す、貸さないの場合は、貸す側の気持ちが優先されていいのではないのかなぁ。

「欲しいです」と伝えるのはいいと思う。伝えなきゃ伝わらない。でもそれを聞いてどう判断するかって、貸す側の気持ち次第ではないの。それは年齢が上だとかお金持ちだとか、一般的に「強い立場」の人が必ず譲らなければいけないということではなく。

基本的にはその人が嫌ならしなくていいと思う。嫌でも後のことやらいろいろ考えて、最終的に本人がそっちがいいと思うのなら、やればいいと思う。

周りがどうこう言う問題ではないと思うし、本人が「嫌」だと思ったのならそれが答えだし。それでいいのではないの。


と、私は思うし、帰りの車で息子からこの話題を出されたので、私は「嫌だと思ったなら無理に貸さなくてもいいよ。自分の気持ちを大事にしたらいいよ」ということを言ったけれども。

でも世間的にそれが受け入れられにくいということも知っているので、難しいなと思う。



いや本当さ。すぐに我慢させようとするから、みんな自分がわからなくなるのよ。嫌なものは嫌なんだから、嫌でいいのだよ。その上でどうするかであって、嫌と思うこと自体が駄目で、我慢して譲るのが当たり前とか思わせちゃいかんと思う。


自分の思うことはいろいろあれど。やっぱり社会で生きている以上、主流の考えが強いし、それを考えないわけにもいかない。どこまで私の考えを息子に伝えるかって、難しいなとは思う。あまりに違い過ぎたら、混乱することもあるだろうし。

でも私個人的には。息子には自分を大事にして欲しいし、自分の気持ちを素直に感じて生きて欲しいと思う。

どんな風にしていったらいいんだろうなぁと少し考えたのだった。



ではまた明日。