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東大病院輸血梅毒事件

こんにちは。

 梅毒の歴史をたどると、15世紀だけで約500万人がなくなったと聞くと恐ろしい病気だとわかりますね。

 そこで今日は、輸血により梅毒に感染した「東大病院輸血梅毒事件」(最判昭和36年2月16日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 高等女学院に勤務する40代の女性が、東大病院産婦人科で子宮筋腫と診断され、その摘出手術を受けた際に、輸血を受けました。すると、術後に発熱し、関節痛があったことから、病院で血液検査をすると梅毒であることが判明しました。半年後に退院したものの、後遺障害が残り就業が困難となったことから、東大病院に対して約109万円の支払いを求めて提訴しました。

2 女性の主張

 梅毒に感染した人の血液を輸血したことで、私も梅毒にかかって障害を負い、働くことが難しくなって、離婚することにもなりました。先生は梅毒に感染していた男性が血液を売りにきたときに、「身体は丈夫か」と問診しただけで、検査をせずに採血をしたじゃないですか。これは明らかに病院側に過失があります。

3 東大病院(国)の主張

 男性は、2月12日付の血液検査所が発行する梅毒陰性の証明書を提示してきたので、医学界の慣行では問診を省略しても問題はないとされているし、「女と遊んだことはないか」と露骨な質問をしても、肯定の答えは期待できない。2月27日に採決したときは、まさか男性が2月14日ごろに梅毒に感染する機会をもっていたとはわからなかったので、我々に過失はない。

4 最高裁判所の判決

 たとえ給血者が、信頼するに足る健康診断及び血液検査を経たことを証する血液斡旋所の会員証を所持する場合であっても、これらによって直ちに輸血による梅毒感染の危険なしと速断することができず、また陰性又は潜伏期間中の梅毒につき、現在、確定的な診断を下すに足る利用可能な科学的方法がないとされている以上、たとい従属的であるにもせよ、梅毒感染の危険の有無について最もよく了知している給血者自身に対し、梅毒感染の危険の有無を推知するに足る事項を診問し、その危険を確かめた上、事情の許すかぎりそのような危険がないと認められる給血者から輸血すべきであり、それが医師としての当然の注意義務であるとした判断は、その確定した事実関係の下において正当といわなければならない。
 医師の間では従来、給血者が証明書、会員証等を持参するときは、問診を省略する慣行が行われていたから、堀内医師がその場合に処し、これを省略したとしても注意義務懈怠の責はない旨主張するが、注意義務の存否は、もともと法的判断によって決定されるべき事項であっても、仮に所論のような慣行が行われていたとしても、それは唯だ過失の軽重及びその度合いを判定するについて参酌さるべき事項であるにとどまり、そのことの故に直ちに注意義務が否定さるべきいわれない。
 職業的給血者であるというだけで直ちに、なんらの個人差も例外も認めず、常に悉く真実を述べないと速断する所論には、にわかに左袒(さたん)することはできない。現に給血者の田中は、職業的給血者ではあったが、当時別段給血によって生活の資を得なければならぬ事情にはなかったというのであり、また梅毒感染の危険の有無についても、問われなかったから答えなかったに過ぎないというのであるから、これに携わった堀内医師が、懇(ねんご)ろに同人に対し、真実の答述をなさしめるように誘導し、具体的かつ詳細な問診をなせば、同人の血液に梅毒感染の危険があることを推知し得べき結果を得られなかったとは断言し得ない。
 いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのは、やむを得ないところといわざるを得ない。
 然るに今回の場合は、堀内医師が、医師として必要な問診をしたに拘らず、なおかつ結果の発生を予見し得なかったというのではなく、相当の問診をすれば結果の発生を予見し得たであろうと推測されるのに、敢えてそれをなさず、ただ単に「からだは丈夫か」と尋ねただけで直ちに輸血を行い、もって本件の如き事態を引き起こすに至ったというのであるから、原判決が医師としての業務に照らし、注意義務違背による過失の責ありとしたのは相当である。
 よって、国の上告を棄却する。

5 医療訴訟の原点

 今回のケースで裁判所は、梅毒の陰性証明書を持参した男性に対して、梅毒感染の危険の有無を確認する問診をせずに、男性から採血して女性患者に輸血し、その女性が梅毒に感染した場合には、医者に過失があるとして女性に対して42万円を支払うことを国に命じました。
 医療上の慣例であっても法的には注意義務が足りないとされる場合がありますので十分に注意する必要があるでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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