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伝兵衛黙秘事件

こんにちは。

 契約書に、その損得について正しく判断できない未成年者がサインした場合、親の同意がなければ契約を取り消すことができます。ただし、このような制限行為能力者が行為能力者であると偽って契約をしていた場合には、契約を取り消すことができません。では、制限行為能力者であることを黙っていた場合に、契約を取り消すことができなくなるのかどうかが問題となった「伝兵衛黙秘事件」(最判昭和44年2月13日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 上村伝兵衛は、知脳の程度が低く尋常小学校を4年で中退し、そのころから悪友に誘われて茶屋遊びを覚え、賭博や競輪などの賭け事にはまり、その遊び金を得るために伝来の相続財産を次々に処分していました。そのため、京都地方裁判所で準禁治産の宣告を受け、その妻が保佐人になっていました。あるとき、佐藤鶴次郎の仲介により、その知人から15万円を借り、担保として伝兵衛が所有する土地に抵当権を設定しました。しかし伝兵衛は、利息を払えなくなったので、土地の一部を知人の金貸しに売却する契約を結ぶことになりました。しばらくして伝兵衛の妻は、保佐人の同意がなかったことを理由に、売買契約の取消しなどを求めて提訴しました。

2 伝兵衛の妻の主張

 夫は、無能力者なので、保佐人の同意なくして、土地の取引はできないはずです。なので、保佐人として取消権を行使し、所有権移転登記抹消登記を請求します。

3 金貸の主張

 伝兵衛の土地取引について保佐人の同意があったはずだ。伝兵衛は、準禁治産者であることを黙秘して、土地の売買について交渉し、土地の所有権移転の仮登記、本登記をするための関係書類の作成、農地転用許可申請などについて積極的に関与していた。しかも、売買仲介人の鶴次郎が「奥さんに相談しなくてもよいのか」と質問したときに、伝兵衛は「自分のものを自分が売るのになぜ妻に遠慮がいるのか」と答えていたじゃないか。
 これは、民法20条の詐術に当たり、取消権を行使することができないはずだ。

4 最高裁判所の判決

 民法20条にいう「詐術を用いたとき」とは、無能力者が能力者であることを誤信させるために、相手方に対して積極的術策を用いた場合に限るものではなく、無能力者が、ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合をも包含すると解すべきである。したがって、無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが、無能力者の他の言動などと相俟って、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、なお詐術に当たるというべきであるが、単に無能力者であることを黙秘していたことの一事をもって、詐術に当たるとするのは相当ではない。
 その所有にかかる農地に抵当権を設定して金員を借り受け、ついで、利息を支払わなかったころから、本件土地の売買をするにいたったのであり、同人は、その間終始自己が準禁治産者であることを黙秘していたというのであるが、売買に至るまでの経緯に照らせば、黙秘の事実は、詐術に当たらないというべきである。それゆえ、本件売買契約に当たり、自己が能力者であることを信ぜしめるため詐術を用いたものと認めることはできないとした原審の認定判断は、相当として是認できる。
 原判決挙示の証拠関係に照らせば、所論上村伝兵衛が佐藤鶴次郎に対し「自分のものを自分が売るのになぜ妻に遠慮がいるか」と答えたことは、上村伝兵衛の能力に関しての言辞ではない旨の原審の認定判断は、首肯するに足りる。
 よって、上告を棄却する。

5 制限行為能力者であることの黙秘

 今回のケースで裁判所は、制限行為能力者であることを黙秘することは、他の言動を考慮して相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには詐術にあたり、単に黙秘することのみでは詐術にあたらないとしました。
 売買契約などでは、黙秘以外に、何らかの他の言動が伴うはずなので、この点に注目していく必要があるでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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