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保育中の窒息死事件

こんにちは。

 大切な人を守るために必要なキーワードは「それきみこ」、つまり顔面蒼白のそ、冷汗のれ、虚脱のき、脈拍触知不能のみ、呼吸不全のこ、があれば命の危険があるショック兆候なので、すぐに救急車を呼ぶことが重要だとされています。

 さて今日は、保育中の事故に関する2つの裁判例(京都地判昭和50年8月5日判例タイムズ332号307頁と名古屋地判昭和59年3月7日判例タイムズ530号195頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 保育園に預けていた乳児が、嘔吐した物を吸引し、それが原因で窒息死するという事故が発生しました。これに対して、乳児の親は、嘔吐に気づかずに放置していた保育園側に過失があるとして、損害賠償を求めて提訴しました。

2 京都地方裁判所の判決

 保育園は、乳児の保育を引受けたのであるから、準委任の受任者として善良な管理者の注意を以て保育の任に当たるべき義務があったことは当然であり、乳児は死亡当日、迎えに来た母が傍らへ来る少し前に吐物を吸引し、それが声門部にひっかかり窒息死したものであるから、もしこの嘔吐したときに傍らに保育士がおり直ちに適当な処置をとっていたら、この事故を防止し得たのに折悪しく保育士が傍らにおらずこの処置をとることができなかったといわねばならないが、当時母親らが保育士に乳児の健康状態や病院での診療状況を具さに告げて、特別扱いを頼んでいた事実がなく、かつこうした集団保育の場所で保育士に乳児から片時も眼を離すなというのは、難きを強うるものである。乳児が物を吐くしばらく前まで、保育士が乳児をひる寝のためベッドへ移すなどの世話をしていたが、その後しばらく他の用事で傍を離れたため乳児が物を吐いたのを発見できず、適切な処置をとれなかったとしても、保育士にこれを予見し得た過失があるというのは相当でない。乳児の体力は弱いが満1歳2ヵ月ともなれば、たとえ物を吐いてもこれを吸引して窒息死を起こすのが当然とはいえず、人間の本能で体位を動かして自衛することが多いのに、死亡した乳児は消化不良が多く死亡日の5日前には下痢が4回もあり気管支炎を患って体力がなかったので、健康児しか預かれないという保育園の方針からいえばむしろ休ますべきであった健康状態にあったため、こうした事故が発生したものといえるからこれを以て保育園の予見し得た事故でありそこに過失があるというのは相当ではない。
 よって、両親の請求を棄却する。

3 名古屋地方裁判所の判決

 保育園であずかっていた年齢の乳幼児は、自ら自己を守る能力はなく、いつ突発的な事故が起こるかもしれないから、1人の子どもに相当程度注意力を集中しておくことが求められるところ、その必要な注意をまんべんなく9人もの乳幼児に向けることはほぼ不可能というべく、注意を向けうる人数には限界があるものと判断される。今回のケースでも、もう1人保育士がいたなら、乳児の死を防止し得た蓋然性は低くないものと言うべきである。即ち、保育士が間断なく1人1人に注意を集中するまでは期待できないのは言うまでもないが、今回のケースのような窒息の場合、心肺停止に至る数分の間にけいれんなど何等かの兆候があることが知られており、少なくとも1人の保育士の注意が他に向いているときに、もう1人が全体を見まわす機会があったなら、乳児の兆候を発見し得、保育士の心得があれば救急措置をとって死の結果を食い止め得た可能性は強いのである。従って保育園は人的設備の点で乳幼児を保育のため預かった者として未だ責に帰すべき事由がないものとは認め難く、債務不履行責任として乳児に生じた事故による損害を賠償する義務を免れない。
 しかしながら他方、両親も保育園の人的な面を知りつつ敢えて自己らのために乳児の保育委託を継続しており、祖母に預けることが早晩可能であり、家計の点から必ずしもすぐに夫婦で働きに出る緊要性もないのに2人一致して夜間に仕事に出て、乳児の世話を保育園に一任してしまっており、しかも夫婦で乳児の育児の相談をしたことすらなく、当日も乳児の健康を一時的にチェックする責任を怠っていることが認められ、その安易な態度が今回の事件の一因ともなっているものと言うべく、両親の過失として85%の過失相殺をするのを相当とする。
 よって、保育園は両親に対して、約80万円を支払え。

4 保育事故を限りなくゼロにするために

 今回のケースで裁判所は、保育園に預けられていた乳児が嘔吐物で窒息死したことについて、保護者が乳児の不健康状態を伝えていなかった場合には保育園側に注意義務違反はないとする一方で、9人の乳幼児に対して1人の保育士で対応するという人員配置に不備があるとして、保育園側の注意義務違反を認めました。
 保育事故を限りなくゼロに近づけるために、過去の事件の教訓を生かして行くことが重要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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