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【呪術廻戦】日車寛見の法的考察

こんにちは。

 今日は呪術廻戦に登場するキャラクターの日車寛見が活躍するシーンをより一層面白く見るために、法学的に徹底解説してみたいと思います。

1 日車寛見のプロフィール

・日車寛見(ひぐるま ひろみ)36歳
・T大法学部卒 旧司法試験ストレート合格
・修習59期 岩手弁護士会所属 

 T大法学部とは、東京大学法学部のことだと思われますが、世間一般では官僚養成学校とも呼ばれています。というのも、例えば明治28年卒の法学士87名の就職先を見ると、53%が官庁、学校や大学院・研究科に行くのは9%、民間会社に就職は16%、弁護士は2%だったことから、このようなイメージが定着したのでしょう。

 頭脳明晰な日車は、東大法学部にストレートに合格し、旧司法試験にもストレート合格しています。ここで旧司法試験とありますが、司法制度改革によりスタートした現在の司法試験と区別するために、2012年より前に実施されていたものは旧司法試験と呼ばれています。

 受験資格要件のない誰もが受験可能だった旧司法試験は、1次試験と2次試験で構成されていました。1次試験では、大学卒業程度の一般教養試験が課されましたが、大学などに2年以上在籍し、一般教養科目など一定の単位を取得した人は試験を免除されました。2次試験では、5月ごろに憲法、民法、刑法から5択形式出題される短答試験があり、これにパスすると、憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法から出題される論文試験が課されます。この難関とされる論文試験をパスすると、最後に試験官2人と面接形式での口述試験が行われます。

 日車は、59期の司法修習生とあるので、2004年に旧司法試験に合格していたと考えられます。この年の出願者は45622人で、合格者は1183人だったことから合格率は2.59%という狭き門でした。日車は旧司法試験に合格し、その後は1年6カ月にわたって司法研修所で修習を受けていたと考えられます。当時の修習生は、国家公務員と同じように国から給料が払われていました。司法研修所で、弁護士、検察官、裁判官になるための実務を学び、最後に国家試験の司法修習生考試という司法試験以来の二回目に受ける、いわゆる二回試験に合格する必要がありました。実際、2006年の修習生1493人のうち、二回試験で落第した人が107名もいたことが話題となりました。

 二回試験に合格すると、裁判官、検察官、弁護士のいずれかの道を歩むことになるのですが、裁判官になるためには成績が上位である必要があるとも言われています。実際、日車は、修習所で書いた起案が優秀だったので、裁判官にならないかとスカウトされます。しかし日車は、「出世に興味がない自分には向いていない」と言って断ります。

 その後、日車は弁護士の道を選び、岩手弁護士会に登録します。日本弁護士連合会や47都道府県の52か所に設けられている弁護士会とは、弁護士法31条2項に基づいて設立された弁護士の指導、連絡、監督などの実務を行うための団体で、強制加入することになっています。逆に、弁護士会を脱退すると活動ができなくなってしまいます。

2 30分で5000円の相談料

 虎杖が日車と最初に出会ったシーンでは、日車がスーツを着たままお風呂に入っていました。「最近、いろいろどうでもよくなって、やってはいけないと思い込んでいることにチャレンジしている」といい、「30半ばでグレてしまったようだ」と、今まで優等生で生きてきた人のセリフとして面白いです。
 また日本では江戸時代まで、浴衣を着てお風呂に入っていたり、アメリカでは性的虐待にならないように、親が子どもとお風呂に入るときには、子どもに服を着せたままにしているという事情があるので、そこまでグレてるわけではないかもしれませんね。
 さて、虎杖が日車に話がしたいと持ち掛けると、「俺は弁護士だ、俺と話をすると30分で5000円の相談料がかかるぞ」といわれます。実際に、相談料は一般的に30分から1時間当たり5000円程度とされています。しかし、それぞれの弁護士が独自の基準で定めているものなので、最近では初回の相談料が無料の法律事務所があったり、借金問題の相談は何度でも無料としている事務所もあるようです。30分程度の相談でトラブルが適切に解決できるのであれば、それほど割高ではないかもしれません。

3 領域展開「誅伏賜死」と刑事裁判

 日車がガベルと呼ばれる木槌を打ち鳴らすことで、領域展開「誅伏賜死(ちゅうぶくしし)」が発動します。シティーハンターの冴羽獠のような風貌で、ハンマーをもっていることから、パロディも感じられます。ちなみに、裁判官といえばガベルだと想像する人が多いかもしれませんが、日本の裁判官はガベルを使用しておらず、アメリカの裁判官が使っていることから、そのイメージが強いのでしょう。

 この領域内では暴力行為が一切禁止されます。法律の世界では、自力救済の禁止と呼ばれ、法的な手続きによらず、実力を行使して無理やりに目的を達成することが禁止され、あくまで裁判所のみが実力を行使できるというのが法治国家の原則です。実際、自分の駐車スペースに迷惑駐車がされていた場合に、勝手にレッカー移動させることができないといったケースでよく問題となります。
 
 さて、日車の式神ジャッジマンが裁判官となり、刑事裁判が始まります。虎杖は、18歳未満であるにもかかわらず、宮城県仙台市のパチンコ店「マジベガス」に客として入店したという住居侵入罪の疑いで、起訴されたという設定になります。

【刑法130条】
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する。

 法律では、検察官が犯罪をしたと疑われる人を起訴するかどうかを決定し、起訴された人は被告人と呼ばれます。被告人虎杖は、起訴事実に対する認否として、「黙秘」、「自白」、「否認」の3つの選択肢が与えられます。日車がもつ証拠が、①入店を裏付けていないのなら、黙秘か否認をすればよい、②入店のみを裏付けているなら、トイレ目的などの虚偽事実を陳述すればよい、③パチンコで遊んだことまでを裏付けていたなら自白して減刑を狙えばよい、と思い悩んだ末に、②を選択します。すると、日車は虎杖が換金所にいるところの防犯カメラのキャプチャを示し、入店してトイレを借りたのではなくパチンコで遊んだとみられると述べ、ジャッジマンもこれをもとに有罪判決を下します。ちなみに、実際の裁判では検察側からの証拠が提示され、それについて被告人は反論を加えることになっています。

 この術式が裁判をモチーフにしたものではないかと考えた虎杖は、控訴できることに気づき、「やり直し、もう一回だ」というと二審に移行します。すると、今度は、「渋谷での大量殺人を犯した罪」が問題となります。
 ただし、通常の裁判では、控訴審で全く別の事件が審理されることはありませんので、注意が必要です。ちなみに宿儺戦では、さらに上告し、宿儺を共同被告人に加えて第3審が実施されますが、これも本来は別の事件として裁判をする必要があるでしょう。ただ、裁判では三審制という制度が導入されていることを知るには十分でしょうね。

4 心神喪失

 さて、二審で虎杖は、渋谷大量殺人について自白します。すると、ジャッジマンは「有罪!」と叫びます。ちなみに憲法38条3項では、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白だけの場合、有罪にされないとあるので、自白すればすぐに有罪と速断されるわけではないので注意が必要です。

【憲法38条】
① 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
② 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
③ 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

 有罪判決が下された虎杖に対して、日車は目をつぶって術式を解きます。そして、刑法39条1項を持ち出し、宿儺に体を乗っ取られていたので、心神喪失により無罪だと伝えます。

【刑法39条】
① 心神喪失者の行為は、罰しない。
② 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 法律上、違法なことをした者に対して刑事責任を問うには、物事の良し悪しを判断できるという事理弁識能力と自分の行動を制御できる行動抑制能力が必要とされています。体を乗っ取られていたということで、どちらの能力も欠けており、責任がないと考えられるのです。ただし、お酒をたくさん飲んでから犯罪に及ぶような場合には、お酒を飲む時点で犯罪の意思決定をして、そのまま実行したという「原因において自由な行為」という理論で責任を認める場合があります。

5 大江事件

 日車の弁護活動に大きな影響を与えたのが、大江事件と呼ばれる盛岡市で起きた強盗殺人事件でした。巡回中の警察官に職務質問をされた大江圭太は、そこから逃亡して自宅に駆け込んだところ、追いかけてきた警察官がそこに被害者の血の付いた凶器を発見し、現行犯逮捕しました。現行犯逮捕を規定している刑事訴訟法212条2項では、犯罪の直後かどうかは、逮捕と事件との間の時間的・場所的な接着性を考慮して判断されます。

【刑事訴訟法212条】
① 現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする。
② 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
一 犯人として追呼されているとき。
二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて逃走しようとするとき。

 日車は、大江の国選弁護人を引き受けることになります。国選弁護人とは、お金がなくて私費で弁護士をつけられないときに、国がつけてくれる弁護士のことを言います。条件として、本人の現金・預金が50万円未満であることが必要です。実際、大江は東日本大震災後に現地に入ってきた怪しいNPO法人で働きながらも、お小遣いをもらえた程度で給料をもらえず逆に月5万円の家賃を払わされていたことから、国選弁護人にお願いするしかなかったのでしょう。

 また、パラリーガルと呼ばれる事務員の清水という女性から「なんでこんな案件を受けたのですか」と言われるように、日車自身も事務所のマネジメントに困っているようでした。清水は、日車の元同僚の高木弁護士からも「ボス弁がお金に興味がないと大変よね」と言われています。ちなみに、高木弁護士は副業としてカフェを経営しているので、優雅に見えます。
 
 さて、日車は犯行推定時刻に大江がコンビニの防犯カメラに写っているという証拠を提示することで、見事に1審で無罪判決を勝ち取ります。令和4年版の犯罪白書によると、起訴された48537人のうち91人が無罪だったので、第一審における有罪率は99.25%となっています。日車はこの99%の壁を打ち破っているのですごいです。ただし、逮捕された人がすべて起訴されているわけではなく、不起訴が70%を超えている点にも注意が必要です。

 ところが、第一審で無罪判決が下されると、法廷がざわめきます。このとき、法廷内には裁判ウォッチャーで有名な阿曽山大噴火さんらしき人も描かれています。すぐさま、マスコミやSNSでは、この判決に対する大バッシングがおき、日車にも世間から白い眼が向けられます。すると、検察側は新規の証拠もなく控訴し、逆転で無期懲役の有罪判決が下されます。このとき日車は、初めから有罪ありきの裁判に対して、裁判官と検察官に憤りを覚えます。そして、「全員戻れ、やり直しだ」と述べて、式神ジャッジマンを召喚します。

6 弁護士バッジと正義の女神

 日車に関しては、弁護士バッジと正義の女神の話にも重要な伏線が隠されています。金メッキが施されている弁護士バッジのデザインは、ヒマワリの中心に天秤が位置づけられています。この天秤には公正と平等の意味が込められています。ひまわりには、正義と自由という意味があります。コミック19巻の表紙では、枯れたヒマワリが描かれていることから、日車は裁判所には正義と自由が失われていると主張しています。

 正義の女神とは、一般的には剣と天秤を持ったギリシャ神話の女神テミスを指しています。最高裁判所にもテミス像が置かれているように、法律関係の施設でよく見かけます。ドイツの法学者イエーリングが「剣なき天秤は無力、天秤なき剣は暴力」と述べていたように、剣と天秤の両方が必要だとされています。剣で魚をさばいていたように、罪を断じることも裁くといい、日車は処刑人の剣で虎杖を裁こうとしていました。
 
 正義の女神に目隠しがされているのは、本人の見た目や身分のような全く本質と関係のない事にまどわされずに判断する「公正さ」を表すとされています。これに対して日車は、「法の女神は法の下の平等のために目を塞ぎ、人々は保身のためならあらゆることに目を瞑る。そんな中、縋り付いてきた手を振り払わないように、私は目を開けていたい」という確固たる信念を抱くことになります。式神のジャッジマンの目が完全に縫い付けられているのも、日車が正義の女神に対して抱いていたイメージなのかもしれません。

 実は、このテミスと言われている女神は、ローマ神話のユースティティア、英語でいうジャスティスがモデルになっており、ギリシャ神話のテミスではないとされています。テミスは古代ギリシア語で「不変なる掟」という意味があり、ギリシア時代には、剣しか持っていなかったようです。また正義の女神には、目隠しがされているものと、されていないものがあります。実際、最高裁判所に設置された像には目隠しがありません。

 さて、日車寛見という名前を見てみると、日車はひまわりの別名で正義と自由を表し、寛見は弱者を救うために心を広く目を開けていたいという意味が込められていると考えられます。

7 時に法は無力

 まともに審理をしない裁判所に絶望感を抱いていた日車は、物理法則のように自動的に判決が下されるべきだとの考えに至っていました。この裁判を自動機械化するという思考は、概念法学と呼ばれ、これの対極にあるのが裁判官が人間生活に基づいて裁量で判断を下すというリアリズム法学です。

 法は無力だと考えていた日車は、虎杖が自らの罪に向き合う姿を見て、「おかしいこと」が嫌だったという過去の自分を思い出し、弱者を救うという初心に帰りました。
 最後に日車は、これまで目を背けていた過去、つまりジャッジマンの発動により裁判官と検察官に対して犯した罪を償おうと「自主でもするかな」と述べています。

 というわけで今回は、日車寛見を法学的に徹底解説してみました。日車はその人間性に魅力があるだけでなく、詳細な設定の背後にある法学的な要素に着目すれば、さらにその魅力が高まると思います。


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