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親の借金相続事件

こんにちは。

 父が死亡したときに、「おじゃま、しまっせ。あんたの父親に銭を貸してたもんや。1000万円全額をきっちり払ってもらうで。借りたもんは返す、親の借金は子が払うっちゅことを学校で習ったはずや」と取り立てられることがあります。法律上、相続放棄をしておけば、借金取りの支払い請求が強要罪や脅迫罪に当たる可能性があります。

 さて今日は、相続放棄ができる期間が過ぎていた「親の借金相続事件」(最判昭和59年4月27日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 尾張繁次郎は、浅野さくに対して1000万円を貸し、大西増治郎はその連帯保証人となっていました。尾張は、大西増治郎に保証人として1000万円の支払いを求める訴えを提起し、第一審で勝訴判決を受けましたが、その判決の直後に、増治郎は死亡しました。増治郎の子である大西操子らは、以前から増治郎がギャンブルにはまり、家庭を顧みなかったことから、家を出て10年間連絡を取っていませんでした。大西操子らは、父の死亡を知ったものの、資産が全くないと思い、相続について何の手続も取らずに放置していました。すると1年経って、操子らの元に第一審判決正本が送られてきたことから、そこで初めて父が連帯保証人になっていたことを知ったので、直ちに控訴して、相続放棄の手続を取りました。

2 尾張繁次郎の主張

 民法915条1項は、相続人は自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に、単純承認、限定承認、放棄をしなければならないと定めとってなあ、この期間が経過した場合には、民法921条2号により、単純承認したものとみなされるんや。あんたの父親が死んでから、もう1年が経過し取るし、父親が死んだことも知っているようやから、いまさら相続放棄をしようとしたって無駄なあがきや。

3 大西操子らの主張

 確かに、父が死亡し、私たちが相続人になったという事実は知っていましたが、父には全く借金がないと思っていたので、相続放棄の手続もいらないだろうと考えて、何の手続も取っていませんでした。裁判長、熟慮期間の3カ月は、父親が死んだことを知っただけでなく、父の遺産の存在を知ったときから計算すると考えることはできないでしょうか。

【民法915条1項】
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

4 最高裁判所の判決

 民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の期間を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知った場合には、通常、その事実を知った時から3か月以内に、調査すること等によって、相続すべき積極及び消極の財産の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがって単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人がそれらの各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、その事実を知った場合であつても、事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人においてそのように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人がその事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
 よって、尾張繁次郎の上告を棄却する。

5 熟慮期間の起算日

 今回のケースで裁判所は、父親が死んで相続が開始した事実と自分が相続人になったという事実を知っていたとしても、例外的に借金が全くないと誤って信じていたために、相続放棄の手続を取る必要がないと考えて熟慮期間の3カ月を経過した場合には、その借金の存在を認識したときから3カ月間を計算するとしました。
 熟慮期間が経過したかどうかのきわどい問題については、弁護士などの法律の専門家に相談するのが良いでしょうね。

では、今日はこの辺で、また。


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