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こんにちは。

 百田尚樹『海賊と呼ばれた男』の主人公のモデルとされた出光佐三さんをご存じでしょうか。第二次世界大戦後に世界第2位の海軍力を誇るイギリスに「喧嘩を売った男」とも呼ばれていますが、戦後の日本の復興に欠かせない偉大な人物でもあります。

 今日はそんな彼が世界を驚かせた「日章丸事件」(東京高判昭和28年9月11日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 戦後、世界最大の石油輸出国だったイランでは、その資源のほとんどがイギリスのアングロ・イラニアン石油会社の管理下に置かれていたため、イランにほとんど利益が分配されない状態でした。そこでイラン政府はアングロ・イラニアン石油会社を国営化し、その資産を没収しました。これに激怒したイギリスは中東に軍艦を派遣し、イランから石油を買い付けにきた船を撃沈すると世界に公表しました。
 そんな中で、出光興産株式会社は極秘に、原油タンカー日章丸を神戸港からイランに派遣し、イランの国営会社ナショナル・イラン石油会社から石油を買い付け、イギリス軍の包囲網をかいくぐりながら川崎にある油槽所に保管していました。
 するとイギリスのアングロ・イラニアン石油会社は、東京地裁にその石油の処分を禁止する仮処分を申請しました。

2 アングロ・イラニアンの主張

 出光興産が運び込んだ石油は、イランの石油国有化法施行当時、すでに精製されていたものであるから、その国有化法の対象となっておらず、依然として我々の所有に属するものである。しかも、そもそもイランの石油国有化法は国際法に違反するので無効である。
 すでに我々は1933年のペルシャ国会を通過した協約で、イランでの石油の探査、抽出、精製、処理、取引について排他的特許権と、事業に必要な土地を獲得する権利を得ていたのである。この協約に基づいて、石油採取に必要な油田地域の土地所有権を取得し、その登記手続をし、登録税まで支払っていたのだ。契約上の権利者は、その契約が合意によって解除されるまでは、契約から生じる果実に対して所有権を取得するはずである。そうすると、特許油田から出た石油に対して我々には所有権があるので、当然にその返還を求めることができるはずだ。

3 出光興産側の主張

 我々のタンカーには、イラン製の石油とアメリカ製の石油が混合されており、民法の混同の規定によりタンカーの石油全部がアングロ・イラニアン社のものであるとの主張は失当である。
 そもそもアングロ・イラニアン石油会社は、イランの石油国有化法によって、イランでの石油採掘権、その他の権利を喪失しているので、その石油の所有権を主張できないはずである。当時、既に湧出又は採取されていた石油も石油国有化法の対象となっていたはずだ。
 また、アングロ・イラニアン石油会社とイラン国政府との間の利権契約は、あくまで私法上の契約なので、イラン国の法律秩序に従うべきで、国際法上の問題ではない。

4 東京高等裁判所の判決

 ペルシヤ帝国政府とアングロ・ペルシャ石油会社との協約は、当事者の一方が一国の政府ではなく、イギリスに本店を有する外国会社であることから考えれば、国際条約またはこれと同一の性質を有する国際間の条約と認めることはできず、むしろ一国政府と一外国会社との間に締結された石油採掘権に関する私法上の契約と認めるのが相当である。
 また協約が単純な私法上の契約であることから、契約不履行の場合に適用される法規はイランの国内法規によるのが当事者双方の意思であったと解するを相当とするところ、石油国有化法の性質から考えても、石油国有化法そのものが無効となるとはとうてい解し難い。
 問題となった石油は、イラン国政府が石油国有化法で収用したものであるから、それとともにアングロ・イラニアン社の権利は喪失したものと解せざるを得ない。
 よって、アングロ・イラニアン石油会社の申請を却下する。

5 裁判官と外交問題

 今回のケースで裁判所は、イランとアングロ・イラニアン社との間の契約は、国際法上の条約ではなく私的な契約であり、イランによる石油の国営化は有効なので石油の所有者はイラン政府だとして、アングロ・イラニアン社の申請を却下しました。

 当時、法学者の我妻栄は「今回の問題が外務当局の頭痛の種となった。こうした外交の機微に触れる問題が、一地方裁判所の数人の判事によって決定されるということは、一般市民にとっては、何となく異様に感じられることではあるまいか」と述べていましたが、出光佐三は法廷で「この問題は、国際紛争を起こしておりますが、私としては日本国民として俯仰天地に愧じずの行為を以て終始することを裁判長にお誓いいたします」と堂々と述べて、世界中の支持を集めました。裁判を通じて、海賊と呼ばれながらも、戦後の日本に勇気と希望を与えた名経営者がいたことを知ってもらえれば幸いです。

では、今日はこの辺で、また。


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