あの子の秘密の扉。

あの頃、僕は恋をしていた。

僕はその子を見ると、なんだかもどかしい気持ちになって、声も掛けられないままに徒に時が過ぎていく。なるほど、これは恋なんだなあと思うようになるまでにはそれほど時間が掛からなかったというのに。

奈央、というその子はとても涼やかで肩に掛からないくらいの髪を後ろで一つにまとめている。顔はすこし猫っぽい。うちの学校には珍しくスカートは長く、とても上品な制服の着こなし方だ。でもその凛とした雰囲気のせいか、人気は高いのにどの男子も声を掛けることが出来ない。僕も、そのうちの一人だけど。

ある日僕は学校帰りにみんなでスタバに寄ってあーだこーだと話をして無駄に時間を過ごし、そろそろ解散、となって三々五々街へ散った。僕はすこし寄り道をしようとして家とは違うほうへ一人で歩いていった。
あまり来ることのない地域だったので少し新鮮な気分で目当ての本屋さんに向かっていた。すると、大通りを挟んで向かい側を制服姿の奈央が歩いているのが見えた。
向こうは僕のことなんて知らないだろうし、おーい!なんて声を掛ける謂れも根性もない。そんな僕は奈央の後をつけていくことにした。もしかしたら、知らない彼氏がいるのかもしれないし、家の場所が分かるかもしれないからね。

しばらく歩くと奈央は少し古びたビルに入っていった。するっとエレベーターに乗っていってしまった。奈央が乗ったエレベーターが6階で止まったことを確認した僕は、ビルの郵便受けを眺めてみると『サクライ・ファイティングジム』とあった。
僕は意外な奈央の行き先に少し面食らったが、僕もここに入れば、奈央と共通の話題ができていいな。とすぐ思った。ので、ジムの表札の下に書いてある電話番号をメモしてその日は家路に着いた。

あくる日、僕は放課後早速そのサクライ・ファイティングジムに電話を掛けた。女性会員が多い、というか殆ど女性で、男性会員は小学生とかしかいないけど大丈夫?という確認だけあって、じゃあ破れてもいいようなTシャツとジャージを持って明日にでも来てね。というとてもフランクな口調のお姉さんが受け付けてくれた。そんなわけで次の日僕は勇み足であのビルの、6階へと念願の踏み入れを結願したのだった。


エレベーターを出て、数歩先にドアがあり、そこに大きく『サクライ・ファイティングジム』と書いてある。とてもシンプルだが、このフロアには見渡す限りこのジムしかないようだった。ドアの向こう側からはゴロゴロ、ドタドタと何か大きなものを転がすような音が響いていた。
僕はコンコンとそのドアをノックして恐る恐る開けた。そこには広いフロアに黄色いレスリング用みたいな的が敷き詰められており、20人居るか居ないかくらいの若い女性たちが組み合ったり柔軟したり、回転運動をしたりしていた。おちつく、女の人のいい匂いが部屋中に満ちていた。

すると向こうから、あ、新人君?と少し小柄な女性が近づいてきた。目の大きなとんでもない美人であった。その人が言うには自分がこのサクライジムの館長の桜井玲子(22)で、今日は見学っちゅうか、ちょっと体験みたいな感じでやってみて、まあ続けるんならまたお話しようね。あと、いやらしい目で見ちゃ駄目だよー?と悪戯っぽく付け加えて、道場の端にある男子更衣室へと案内された。

やらしい目、か。確かにそうだよな、今さらっと見ただけでも女の人はみんなピタッとしたTシャツかさもなくば上下セパレートのレオタードみたいな、陸上競技短距離の人が着ているような、ほぼ水着じゃない?みたいなかっこだったもの。あの人たちとファイティングってことはなぐったりけったりするってことかなあ。。
僕はそのときになって初めてファイティングだったわ、ここ、と思い出していた。奈央に近づく事だけを考えていたためにそこのところが疎かだった。さっきの桜井さんも真っ白の上下スパッツに少し小麦色がかった肌にあの少し割れた腹筋、太腿とかお尻とか、すごい、なんていうか、ブリンッとしていて、エッチだったなあ。
ああ、いや、駄目駄目。いやらしい目で見ちゃ駄目だ。あぶないあぶない。館長があんなこと言うから逆に意識しちゃうじゃないか。

無事に少しよれたシャツとハーフジャージに着替えた僕は、そろっと更衣室から出た。すると、少し向こうには黒い上下スパッツに身を包んだ奈央が柔軟体操をしていたのだった。

思いのほかエロい。

普段、制服のスカートを長く、シャツの袖も捲らない彼女の、いわゆる、半裸。これはかなり刺激的だった。真っ白い肌に細くも無駄のない体躯。表立って筋肉が浮き出ていて云々ではないがその太ももなどは少し厚みがあって良い。ほんとに陸上の選手みたいだなあ。というさっきと同じ感想が浮かんでは消える。
が、しかし平静を装う僕はその煩悩を脳内で打ち消す事に専念した。

そうこうしていると桜井さんが新入り君も柔軟やっときなーと声を掛けてくれたので僕もその場で腰を下ろし、前屈や開脚を見よう見真似でやってみていた。相変わらず体は固い、それに、僕の体はひょろっこい。

そして何気なくまた奈央の方を見ると、奈央はこちらをギョッとした眼で見ていた。『何であんたがここにいるの?』とその目が明らかにそういっている。僕は謎の愛想笑いをするのが精一杯だった。
一通り準備運動があって、桜井さんがじゃあ自由にスパーリングしていいよーといった。新入り君はなんか見学してるなり教えてもらうなりしときな、あとで私も少し教えてあげるから、あんまり無理しちゃ駄目よー。と、明るい声で言った。
僕も、あ、はい、ときょどった様子で答えた。

しかし、やれる事なんてないよなあ。と女だらけの道場を見渡していると、なんと奈央が僕に声を掛けてきた。

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あの子の秘密の扉。

諭吉

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諭吉

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