見出し画像

かつて聞いたことのない声を発音する難しさ。私は「うがい」が嫌い。

わたしは苦手な発音がたくさんある。とくにカ行を苦手としていて、これは幼少のころから周囲に何度も指摘されていたのだけれど、何度訓練をしてもできなかった。

カ行の発音訓練では、必ずといっていいほど、うがいをする。うがいをするときの舌の動きがカ行と同じらしいのだが、私には未だによくわかっていない。
私はうがいが嫌いだ。うがいを何度もやって、うがいの途中に水を飲みこんでしまい、むせたことも数えきれない。うがいをしているのか発音練習をしているのか分からなくなり「正しい」うがいができなくなってしまった。今は、うがいはせず口の中に水を含み、ぶくぶくして吐き出すようにしている。

幼稚部のときは、ビンタもされながらもひたすら発音訓練にあけくれた。しかしそれは小学部に入ると、教科学習が優先され、次第に発音訓練の時間は少なくなっていった。
かつて聞いたことのない声を発音する難しさ。
私自身は、もう発音訓練をしても自分の発音はもうこれ以上よくならないとわかっていたから、発音訓練がなくなったのは嬉しかった。もう発音練習はやりたくなかった。その分教科学習をしたかった。

小学5年の頃、新しくH先生がきた。50代の女性で、赤い口紅が際立っていて、頭はパーマをかけていたのかうねっていた。
H先生は、授業中に突然、私のカ行が駄目だと指摘した。授業は中断され、教室内にある流しに私を連れてきた。

私はうがいをやらされるのだとすぐにわかった。私はもううがいをしたくなかった。授業を中断してまでの発音練習は無駄だと思った。
いやいやながらうがいをする消極的な私の様子に、H先生はカチンときたのだろう。私の口のなかに指をつっこんできた。
私はびっくりした。口の中につっこまれた指がまるでそれ自体が生き物のようにうねうねするのが気持ち悪かった。H先生の顔がやたら近いのも気持ち悪かった。
でも体が固まってしまって、動けなかった。
私はただ口の中に指が入っているがままにされていた。H先生の指は、爪のふちがやや黒ずんでいていた。

私は気持ち悪くて悔しくて嫌でたまらなくて、泣きそうだった。

H先生は、ほかのクラスメイトにも「横暴」だった。
あごをつかまれ、唇をひっぱられた。そのクラスメイトは、目を赤くしていた。目が合った私に「太陽がまぶしくて…」と口角をあげて話してきた。私は、何も言わずに小さくうなずき、顔をそむけた。

これらの場面の数々は今も、私の脳裏に、小さいこげつきのように、こびりついている。

先日、聾だけの飲み会があり、聾学校の話題になった。
手の甲に大きくバッテンをかかれ両手を縛られ、そのまま長時間立たされた話を笑いながら話す聾。
その眼が潤む。それに気づかないふりをして、私も笑い返す。

聾学校育ち同士でしか分からない話。
笑い話にでも乗せなければ、とてもやりきれず、話せない思い出がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?