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#11 母と『アメージンググレイス』

『お母さんがまたピアノを弾くようになった。』
と、姉が教えてくれた。

 母の好きそうな洋菓子を手土産に、久しぶりに顔を見に行くと、明るい笑顔で私を出迎えてくれた。お茶をしながら楽しく話をしている。時折つじつまの合わない内容になると、姉は私にめくばせするのだった。
『あぁ、認知症って、こういうことを言うのだなぁ・・・。』
顔に出さないように気遣いながら、母の現状を心の中で受け止める。

 母はピアノを弾く時、部屋の窓を開けるそうだ。一面見渡す限り田んぼに囲まれた田舎道、ウォーキングなどで通りかかる人の耳に、安らぎのメロディを届けたいのだと言う。自分の演奏を誰かに聴いて欲しいようである。

 お手並み拝見ということで、早速聴かせてもらうことにした。曲はもちろん『🎵エリーゼのために』。思いのほか力強いタッチで弾くことが出来ている。自身で譜めくりもし、右足ペダルもタイミング良く反応して踏めているようだ。
『暗譜してるのだから、譜面見なくても良いのでは?』
と提案してみたが、却下された。お守りのように前に置いておかなければ、どこまで弾いたのかわからなくなるのだと言う。母なりに感情を込め、抑揚を付けて表現している。ピアノを弾くことが、きっと『脳トレ』につながるのだと皆で信じよう・・・!!

 むか〜し昔に弾いた易しめの曲集を引っ張り出しては、色々と弾いているが、中でも『エリーゼのために』がやはり一番好きなのだ。しかしある時、母がこう言った。
 「🎵アメージンググレイスもすごく好き。私のお葬式ではこの曲を演奏してほしい。」
 まだわからない先のことを考えたくはないが、母のその言葉をひとまず姉と私の中で共有しておくことにした。すると、ある疑問にぶつかった。

「嫁ぎ先が仏教ならお葬式も仏教式でするのでは?」
母も嫁いでからは毎日仏壇に手を合わせていたし、私たち姉妹も母がクリスチャンだという意識を持たないままこの歳まで生きてきた。先に亡くなった姑と同じように、仏教のお葬式をするものだと思い込んでいたのだ。

「🎵アメージンググレイス・・・さすがに演奏できないのでは・・・!?」


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