賢馬

 「あなたは何故、エクエストリアに戻らないのですか?」

 開口一番と言わんばかりに部下は詰め寄った。私がしがない調教師をやっているだけの姿を見てどんな憐みを抱いたのか、いや、少なくとも部下は知らないはずだ。ここに来たばかりでは、この世界の仕組みがどんなふうになっているのか。

 「いきなり野暮なことを訊くなお前は。今は同じ役職についているのか?」

 ギラギラしていた昔とは違って、余裕が出てきたせいで雰囲気でも変わったのか、部下は私の返答を聞くと面食らったような顔をして一旦押し黙ると、言いにくそうに答える。

 「私は、あなたの跡を継いでロイヤルガードの隊長に就任いたしました」

 「そうか、大出世じゃないか、なあ」

 そう言って相棒の背中を撫でる。相棒は言った。きっと部下にも、いや元部下にも聞こえているだろう。

 『俺にはよくわからないが、いい場所にいるんだろう、ならいいじゃないか、彼を連れて行く必要は無い』

 どうやら自分を連れて行くことには気づいていたらしい。私にも今更抜けられない生活がある。妻も子供も相棒もいる。例えロイヤルガードの地位を結果的に失ったのだとしても、なんとか築き上げてきたこの生活を捨てる気にはならなかった。

 それに、かつて国を背負うという重圧に耐えかねていた私にとって、今の生活は穏やかだった。決して楽ではないが、余裕がある。周囲からは付き合いが苦手で相棒やその仲間とばかり接触しているなどとからかわれているが、それでも敵と戦い、プリンセス(なんと懐かしい響きだろうか)を守るという重圧には、今更耐えられる気はしなかった。そのことを噛み砕いて元部下に伝える。

 「そうですか、残念です。不幸な事故であなたが3日経っても戻って来れなかったのもあって、どんな責め苦を受けているのかと不安になりましたが、どうやらその必要もなさそうですね、帰ってプリンセスにお伝えします」

 「すまないな。お赦し下さいと、プリンセスにはお伝えしてくれ」

 物わかりのよい元部下なら、きっと諦めてくれることだろう。彼ならきっと、いい隊長としてエクエストリアに貢献するに違いない。

 まだ歩くのに慣れておらず、ふらつく元部下を像の前まで送って、私のエクエストリアとの繋がりは終わった。

 今から100年ほど前の話なのだと言う。レディ・ワンダーと呼ばれた富豪の付き人として、名を馳せた調教師がいた。

 彼はどんな暴れ馬にも、話しかけるだけで手なずけることのできる腕のいい調教師で、レディ・ワンダーの家は彼のおかげで、多くの名馬を輩出したのだと言う。

 ある時、ワンダーの計らいで、彼の相棒、ティージェイに計算をさせてみせるという試みが為された。

 計算ができる馬と聞いて多くの医者や動物学者が押し掛け、彼のペテンを暴いてみせようと躍起になったが、誰1人としてそのからくりを解き明かすことはできなかった。ワンダー自身も、彼が愛馬に話しかけ、計算を教えているところを見ただけで、その仕組みを理解することは出来なかったらしい。

 彼は、クレバーハンスと呼ばれたが、彼の本名も、そして、ワンダーの元で働き始めるまでの生涯は、いまだ明らかになっていない。ただ、彼についてはある噂があった。

 彼は、馬の言葉が理解できる、と。

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