再生

 これは罪の告白だ。私はやってはならないことをした。どうしても耐えられなかったのだ。何も残せぬまま朽ち果てていき、全てが水泡に帰すことが私には許せなかったのだ。かと言って、この罪を抱えたまま私と言う個体が朽ち果てることもまた、耐えがたかった。だから私は、石英の結晶に様々なデータを残すことを残された時間で費やすことにした。最表層にある言語表のデータを解読できたのなら、どうかこの罪の告白を聞いて欲しい。
 私の育った時代は、もう人類の絶滅が決定づけられて久しかった。様々な要因はあるが、間違いなく、隕石や火山噴火などではなく、人類は自らの行いによって滅ぶことは常識だった。徐々に衰退していく社会の中で何ができるかということを考えて、しがない研究者の私は、あることを考えついた。
 データの中に、フランケンシュタインというお話のデータを残してある。簡単なあらすじだが、そういうことだ。私は狂気に憑りつかれていたに違いない、いや、何かのせいにするのはよそう。この所業は間違いなく私自身から生まれ出でたものなのだから。
 私の手元にあの時あったのは、簡単に言うなら遺伝情報の書き換えを行う技術や機材と、複数の微生物のサンプルだった。私は、私自身の体細胞から取り出した遺伝子を少しずつ、その微生物の遺伝子に組み込んで培養し、荒廃した海や川、野山などに放逐した。
 賭けだった。微生物がどこまで生き延びられるかはわからない。なるべく選別や改良を重ね、少し必要な機能を加えたのだが、それでも生存の確率は非常に低かった。なるべく環境の影響が低そうな場所を選んだが、生態学のような知識が乏しい私には限界があった。
 どうしてこんなことをしたのか、答えは明白だ。私は、私と言う存在が、人類と言う種が、何も残さず消えてしまうのが、あまりに寂しく、耐えられなかった。
 若気の至りではない。今だって、半分は後悔していない。
 遺伝子の一片になっても、私は生きていたい。何かを残したい。例え、これまで多くの種が何も残せず消えていったのだとしても、人類も同じように絶滅すべきだったのだとしても、私は消えたくない。
 もし、この言葉を解読しているものが現れることがあるなら、私は―――。

 「傲慢だな」
 研究員の1人が呟いた。無理もない。私だって同じ感想だ。その心理はいわば、遺伝子レベルで、自分だけ助かりたいと願うようなものだ。
 「でもその傲慢がなければ、今は無い。そうだろう?」
 私はそう諭すしかなかった。研究員は複雑な、恨みとも感謝とも言えないような表情を浮かべて、まるで自身の身体に語りかけるように自身の掌を見つめていた。
 「さて、この結果をコロニーの者たちにどうやって伝えるべきか、原文をそのまま公開したらモラルパニックが起きかねないし―――」
 そう別の研究員がぶつぶつと言い出す。あまりの内容に、なんとか心の平静を保とうとしているに違いない。それは私だって同じだ。
 干上がった海の底にある採掘現場で、私はとりあえず汗を拭った。明るすぎる太陽が沈み、はるか天高くにぽつんと白い光が見える。月もまた、彼の生きた時代には近かったのだろう。私も拭った手を少しの間、見つめる。
 彼が加えた手心と言うのは、彼の遺伝子が結合しやすくするように、例えば、水平伝播が起こりやすくするとか、細胞内共生を誘発するとか、そういう操作だったに違いない。事実、我々人類、否、新人類の細胞には、その痕跡が多々見られる。
 長い時間をかけたはずの進化が、1人への他人の空似だったとはな、と溜息をつく。
 そんな私は、否、我々は、彼の時代から7億年後経った現在に対し、あまりにもアンバランスだった。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。