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【小説】 変える、変われる。 : 37

「嵌めようとした訳よ、こないだのは。」

酢だこ耳の玉ちゃんが、メガネの位置を神経質にクイックイっと直しながら話し出した。

「嵌める」と言っても、あの二人は何も仕事をしていないはずだから、嵌めようにも何も出来ることは無いと思うけど。

「こないだの締切日、ウソを石黒さんに伝言したんだよね、あいつらが。」

「なにそれ。。 何にも良いことないし、すぐにバレるでしょう?」

「バレないのよ、石黒さんは言わないから、ウソを教えられたこと。」

えー、そしたら何で玉ちゃんがウソって分かるんだろう?

「それにこないだの締切守れなかったら、二人組が恩を売ってもっと石黒さんにネチネチ追い込みかけるつもりだったと思うし。自分たちでコントロール出来る話だったんだろうから。」

「どうやってコントロールを??」

「父親の会社からの仕事だったからね。もし石黒さんが締切日が伸びたって電話があったって、二人組から伝言されたって話したとしても『知らない』で終わりだろうし。」

訳がわからない、、何でそんな嫌がらせをするのか全くわからない。それが「嫉妬と妬み」なのか。仕事が出来るようになれば良いのにって思うけど、そこが違う世界の人の考え方なのか。

「そしたら、今回締切日に間に合ったのは、気に入らないことなんですか?」

「多分、相当。あんなほぼ当日に持ってくるって思わなかったのよ、きっと。そんで、きむちゃんが何か聞いてないか、聞いていなければ怒っているはずと思って、ガンガン来たんだろうね。そしたら、スッコーンって肩透かしを食らったから、逆切れ。」

確かにあのニヤニヤしながら立て板に水の悪口から、コロっと態度が変わって出て行ったのは、「逆切れ」以外の何物でも無いかも。

「石黒さんが自分にも何かあるといけないみたいな言い方をチョロっとしていたけど、それは何ですか?」

所長がフ~~~っと気持ちと尻の負担の重さとが合わさった深い呼吸をして、言った。

「矛先が変わるかもってことだね。。」

矛先の向かうところは自分に・・?


全く納得出来る話では無いけど、悲しいかな一番の取引先。。

矛先が向かって来るかもしれないらしいけど、それが締切の大嘘だったら、とにかく『いますぐ』の仕事を締切日に合わせて仕上げるんじゃなくて、猛スピードで終わらせておけば良い。

何か他の防衛手段ってあるのだろうか、というか何をしてくるのか謎すぎる。

所長は今まで通りに普通に対応してね、と言ってくれたので、とりあえずそうするしかない。

それにしても詳しい事情を、特に何で二人組がウソをついたことを玉ちゃんが知っているんだろう。

三田村さんが能面から聞いて、こっそり所長に話したのかもしれないけど。


「だいぶ落ち着いて来たけど、今週いっぱいは時短にさせてね。じゃ、きょうもお先に。。」

「お疲れ様です。」

所長はスリスリっとしたすり足じゃなくて、割と普通の足取りで帰れるようになってきた。

あれなら思い切ってつり革の位置に立っても、電車内が空いていれば問題無さそうに見える。

以前、いや、小さいけど破壊力のあるモノが無いから、復活したら前以上にハッスルしてくれそう。

パタンとドアが閉まって、所長が帰って行ったので、玉ちゃんに疑問を聞いてみた。

「玉ちゃんは、ウソの締切の話は三田村さんから聞いたんですか?」

チラっと玉ちゃんがこちらを見て作業を続けながら答えた。

「違うよ。」

「、、まさか、本人から? 二人組?」

「んな訳ないじゃんよ。私の事は眼中に無いんだからさ。石黒さんから聞いたんだよ。さすがに話を聞いて欲しかったみたいだね。」

いつの間に、何でそんなに仲良し?

そうか、スルリと相手の懐に入り込んでいる、玉ちゃんの妙技か。

「この話は内緒ね。石黒さんに言っちゃダメよ、きむちゃんに絶対に言わないで欲しいって言ってたから。」

「何で?」

「あいつらが妙なことをやるかもしれないから。きむちゃんにかもしれないし、石黒さんにもっと何かするかもしれないし。」

ヤダ、怖い。。。

「・・自分に何するんですか?」

「わかんない。石黒さんには継続してネチネチやるんだろうけど、もう学習したから、石黒さんも同じような手口には引っかかんないしね。あいつらの話はもう二度と鵜呑みにしないだろうから。今回は本当にまさかこんなことする?!だったし。 まあ、きむちゃんにはね。。無いと思うけど。」

「思うけど? 何かあるの?」

「所長が言ってたでしょ、今まで通りにって。今まで通りにしていれば、なんもないはず。」


凄く疲れる話だった。営業の数字を取った取られたみたいな話じゃないから、一筋縄に行かない。

他所の会社の人間関係で、しかも狭い一方通行に10トントラックが逆走して突っ込んできて、こっちがボコられるような話。

コンビニの分厚い漫画に特集されるような「ホントかよ??」が現実に。


もうみんな大正琴のグループみたいに仲良く楽しくやりましょうよ!

周りが緊張していたり困っていたら、出来ることを協力しましょうよ。

誰もこんな話は得しないでしょう??

あ、いた、得をするやつがいる。

負のオーラのみを振りまく、みんな大貧民になるけど、自己満足だけ大富豪が。

ああ、なんてこと!!


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