略歴9_投資ファンドNPO④_クロージング、ST氏、良かったこと

前回:24歳。はじめてのカンボジア。農村部でのDDを通じて現地スタッフの純粋さ、現地の人々の幸せそうな様子を観察し、さまざま思うところがあった。

支店での調査目的の滞在を終えて、投資対象会社の本店がある、首都プノンペンに戻ってきた。いわゆる財務DDや本店業務プロセスのチェック、最終的には先方のマネジメントと交渉して投資契約覚書を締結する、これらがミッションだった。

4時間ほど悪路をトラックで走り、支店からプノンペンに戻ったのは夕方で、その日はカンボジアに到着したばかりのNPOの代表(以下、ST氏)と食事をしつつ、以降のプランを練る段取りになっていた。問題は、それまで彼と会話が無かったこと、及び、なかなか変わった人で円滑なコミュニケーションの成立に若干疑義があったこと、この2点だった。他のNPOのメンバーも「プノンペンでその2人かぁ、どうなるのだろうね、楽しみだなぁ」と面白がっていた。

メールで予め決めていた通り、1泊50ドル前後のカンボジアによくある赤と黒を基調とした薄暗いホテルのロビーで待っていると、ランニング中かと思わせる格好をしたST氏が現れた。

「せっかくなのでカンボジア料理を食べに行きましょう。僕はこの辺り詳しいので任せてください。一度通った道は覚えてしまうタイプなのです。」

と言われ、ホテルを出た。路が碁盤の目状にプロットされた街を、2度の左折を挟みながら、無言で2人並んで10分ほど歩き到着したのは、欧米人向けのハンバーガー屋だった。僕は入り口の段階でおかしいだろうと思っていたが、彼は入店してメニューを広げそこではじめて

「あれ、カンボジア料理、ないですね」

と呟いた。何だコイツは、の大波が押し寄せたけれど、しかしこちらとしてはハンバーガーの方が有難かったので特段指摘せず、欧州サッカーを見ながら美味しく頂いた。会話の内容は、なぜそういう話に至ったのか、彼がその独特の生い立ちについて主に語ってくれた。いわく、国籍が無く、そして過去カネで苦労したらしい。僕のコミュニケーション能力は、友達以外と仕事の話しかできない程度に脆弱なので、語ってくれたのは楽だった。この話、彼は後に創業した会社の説明スライドの最後に必ず入れている。それほど重要な背景ストーリィのようで、一緒に働く前提としてそれを最初に把握できたのは、良かったのかもしれない。(僕にはそういうストーリィ特に無いなぁ)最後に少しだけ中国の歴史に話題が飛んで、その日は早めに切り上げた。さほど仲良くなった気はしなかったが、とはいえそれで十分だとも感じていた。その日から今日まで、当該距離に変化は無く、それゆえ特段問題なく仕事が進んでいるのだろうと推察する。堅いほど壊れやすく、近いほど摩擦が大きい。僕は全ての人間関係において注意している。

翌日、対象会社の本店に向かった。前々回記載した通り、当時の僕は未だ監査法人会計士で財務DDの実務能力は未実装、経験も無かったので、必死に読み込んだPWCの財務DD本を頼りになんとか取り組んだ(アレは結構良い本だ)。専門家レベルには全く達していないが、アマチュアが自己のために行った程度としては(つまり社内担当者実施レベル)異常に悪いわけではない仕上がりだった。金融機関DDの教科書通り注意するべきは、債権評価やデットコベナンツ。また途上国ファイナンスということで給与やボーナス決定ロジック、家族企業への不当な発注がないか、などで、それらを粛々と調べていった。(途上国財務DDについては、その後の実務経験と自己研究を経て専門家と称してもいいかな?と思えるようになった2018年現在、経済社会に対して多少主張がある。対応可能専門家が少なすぎ、DDをやらなすぎ、安易に投資をして失敗しすぎ。)

調査が一段落し、先方のマネジメントに誘われ、ランチに出た。先方は4人、こちらは2名の6人で、広いテラス席が目立つ少し洒落たシーフードレストランへ行った。マネジメントはいずれも50歳前後の男性で、前回書いた農村部で働く支店スタッフ達の最も遠い上司にあたる。プノンペンに住む経営層は、日本の中年小金持ちとあまり変わらない品の無さと不潔さを備えていて、食事は苦手な空間だった。(それから10年近くなって、近年地価向上著しいプノンペンでは、更にその傾向が観察される)

投資契約の覚書締結に向けた交渉に入った。ST氏がプロジェクタに覚書ドラフトを映し、先方と話し合いながら、期間や金利などのインプット係数を埋めていく。時折、指摘や要求が入り、内容を修正する。最後、総論合意に至り、その場で日本側へskypeで説明し承認を得て、日本から持ち込んだミニプリンタで印刷し、署名した。あまりにラフなプロセスなので、現在の僕ならば全く承認できないが、当時は素直にああ凄いな、と感じていた。投資という専門技術の存在をはじめて認知した。持ち帰って検討や承認プロセスといった煩わしさがなく、効率的で良かったと思う。

調査と覚書締結が終わって、元々のプランでは数日観光に繰り出す予定だったが、もう一度農村部で過ごしたいなと考え、支店に戻った。ちょうど週末も絡んでいたので、沼地を散歩したり、結婚式を見学したり、支店スタッフとゆっくり話をして過ごすことができた。

こうしてはじめての海外出張(モドキ)は、心から有意義だったと思える経験だった。後年、独立開業後、東南アジア各国でのM&A周りで食いつないだことを鑑みても、僕の仕事人生上、重要な事柄だった。カンボジアから戻ってきて数ヶ月は、そのファンドに個人投資家が投資をしてくれるよう、当該NPOが協業していた金融二種を持つ会社と一緒に、資料作りやセミナ登壇などに携わった。その時はまだスライドを作ったことがなかったので、某メガベンチャーLD社で修行していた(らしい)Sちゃんに基礎作法を教わって、その後大量の教本を読み込んで、キャッチアップした。人前で話したことも殆どなかったが、いくつか本を読んで、こんな感じかな?と思ってやってみた。特に問題は無かったかなと考えている。あらゆる仕事について、基本的な作法や注意点がまとまったガイドブックはいくらでも手に入るのだから、初心者はとりあえずそれらをインストールすればいい。未だに経済社会に出回る乱雑なスライドや、支離滅裂なプレゼンは、怠惰の結晶だ。

この投資ファンドNPOでは、加入時の誓約通り、ちょうど3年間、27歳まで活動をした。入って1年後からは、週次会議のファシリテーションをローテーションから僕に固定したり、組織のルール作りなど、僕の人間性から逸脱した専門家領域以外の様々な仕事をさせてもらった。NPOへの参加は、以下のあらゆる面でプラスであった。また別の機会に仔細まとめるとして、サマリだけ。

①仕事外の知人が増えた。職場での人間関係が枯渇していたので助かった。プロジェクトが旬のタイミングで良い人が多かった。そこのメンバの2名と後にそれぞれ起業することになった。その他普段仕事で付き合う方々のうち、あの人どこで会ったんだっけ?と考えると当該NPOメンバ経由のことが多々ある。

②経済社会の縮図であり、自分の専門性を把握した。投資銀行、戦略コンサル、弁護士、商社マン、広告マン、家電メーカ、都市銀行、証券会社、国際機関、大学教員、ベンチャー勤務、等々、あらゆる職種のメンバーがそこにはいた。経済上のひとつの目的を達成するために力を結集するその様は、まさに経済社会そのものであって、その中で会計士たる自分がどのような役割を期待されているのか、専門能力の相対的関係から把握した。もちろん同時に、社会の期待と監査法人会計士たる自分の提供できる仕事の大きなギャップを痛感した。

③経済社会における自分のおおよその能力値を把握した。専門能力以外の、頭の回転や論理性、コミュニケーション能力やラーニングコストなど、抽象度の高い汎用能力について、監査法人内の立ち位置は理解していたが、しかし社会全体では全くの不明で、僕はあまり優秀ではないのだろうなと妄想していた(いわゆる汎用的に優秀な人がいない監査法人では周りと比較する意味は皆無だ)。ここで様々なメンバと専門外の課題についてフラットに(知識と経験がない状態で)取り組んでみることで、専門能力を除いた自分の能力、すなわち上記汎用的能力は、それほど低くは無いのではなかろうかと、それとなく考えるようになった(サンプルが少ないので、まだそれとなくね)。

④未経験業務を実施するプロセスで、様々な能力が実装された。例えばGoogleAppsやSkypeを使ったのはそれが初めてだった。PPTを使ってプレゼン資料を作ったり、人前で1時間話したり、会議のファシリテーションや、簡便的ではあったが財務DDや投資交渉なども経験させてもらった。その都度、ベストエフォートで望むことで、少しずつこれら能力が身に付いていった。いずれの業務にも誰か専門家と呼べる人がいて、その人からナレッジをもらうこともできた。

⑤東南アジアでの業務経験を積んだ。上述したカンボジアのような経験は、その後ベトナムやラオスでもさせてもらった(ラオスは案件にならなかったが)。これは直接、いまの仕事に生きている。

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以上で、NPO編は終わり。東京に住む忙しい若手ホワイトカラービジネスマンが、無報酬で、善意で成立させる全力のプロジェクトだった。それぞれが、個々のモチベーション源泉を持っていたのであろうと推測する。僕はどうだろう、良いモチベーションの燃焼があったのは最初から1.5年程で、異常に飽きっぽい僕にしては凄く長い。承認欲求や知的好奇心、もしくはボランティア活動一般に見られる欲求(承認欲求に包含されるかな)も若干あるだろうけれど、根底はいつも通りの、単純な能力実装欲求だったのではなかろうかと考えている。

次回:実務経験終了を以って監査法人退職




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ナガボット1号

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nagabot

略歴

どんな略歴だったのか知ってもらえると仕事進める上で何らか効率的かなと /24歳まで記述済
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