略歴1「どうして会計士を目指したの?」(向いてなさそうなのに) について

2000年代中盤、僕は大学生だった。そこそこな優等生が集まるそこそこな難易度の大学で、全く馴染めなかった。こんな感じの人達が最大公約数と想像される大企業に生涯勤め続けるのは嫌だなぁと、大学生活の当初から思っていた。

当時はネット上に情報が少なく、若手ビジネスマンもベンチャー界隈の地位も高くはなかった。ライブドアやCAなどはもう上場していたけれど、限られた情報源(新聞・テレビ)では、なんとなく胡散臭いな、という風潮だった。もちろん、僕の現在の主戦場であるベンチャー企業については、無知だった。かつ、その無知を自分で認識していなかったので、情報を積極的に集めていなかった。したがって、悲しいことに、僕は大企業のサラリーマンになる進路だけを想定していた。

どの大企業で働くべきか。社内はどのような様子なのか。これらを知るために、OB訪問や説明会への参加などリアルな情報収集が必要だったけれど、僕は持ち前の閉鎖性を存分に発揮して、何もしていなかった。そもそも、大学に友達がいなかった(ゼミにも入っていなかった)ので、どのように就活をスタートするのか知らなかった。ただし、近所に住んでいて1番親しかった3つ上の先輩(I川さん)と、よく食事をご馳走してくれた叔母が、いずれも外資金融に勤めていて、そこの話は聞いていた。リーマンショック前の好況期で条件が良く、かつ、僕は英語と体力にそこそこ自信があったので、その業界に進もうかなと漠然と考えていた。

ここで、2つ不安だった。

会社が嫌になったとき、辞められない。対人関係における我慢弱さや、嫌われる可能性の高さに気づいていたので、入社後早々に会社に行きたくなくなると想像していた。でも、もちろん1人では生きていけず、会社勤めを続けなければならない恐怖感。

クビになったら、生きていけない。当時は、自分より周りの方がずっと優秀だと考えていた。まして、経験と研究に、より長く時間を投下してきた年長者の実力は、もの凄いのであろうと想像していた。体力だけには自信があったから、限界までパワープレイし続ければ少しチャンスがあるかな、という程度にしか考えていなかった。したがって、実力不足でクビになる可能性が高く、一度クビになったら大変だろうなと震え上がっていた。

これらを前提にして、大学時代の、周りの人が遊んでいる間に、できるだけ勉強しておこう。ついでに資格でもとっておけば、再就職可能性が上がるしクビリスクも減るだろう、と考えた。仕事と違って勉強は、どれだけ時間を使っても良い。試験に合格する状態から逆算で時間をストレッチすれば、必ず試験に合格する。資格といえば司法試験しか知らなかったので、まずはC-bookシリーズを買ってコツコツ司法試験の勉強をはじめた。1年ほど順調に消化していったのだが、突如ロースクールに行かなければ司法試験が受けられない制度に変更されてしまい (実は旧司法試験も若干残っていたのだが当時は知らなかった。そして実は突如でもなかった) 、計画が頓挫した。恐怖感から早く働いて修行したかったので、大学卒業後に何年も就業できないのは避けたかった。

司法試験の道が閉ざされ、どうしたものかなと悩んでいた時期。前述の先輩の家に何かの用事で行った際、本が沢山入ったダンボールが積んであるのを見つけた。聞くと、コウニンカイケイシという資格の予備校参考書一式で、先輩はもう諦めたらしい。コウニンカイケイシという言葉は知らなかったが、いるか?と言われたのでタダでもらえるなら何でも、と答えて持って帰って読んで試験受けたら合格したのでいまこうしている。

おわり

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いま考えると、生きていくのに資格はいらないし、早く働きたいならベンチャー企業とかいけばいいし、自己評価がグダグダで、そもそも判断根拠にしている情報が常時不正確だった。状況に応じて、ちゃんと自分で情報収集すればいいのだが、その判断ができず慢性的情報不足のスパイラルに陥っている。いまこの瞬間も気をつけたい。

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