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◇高嶋イチコ自選集◇

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自己紹介がわりに、これまでの投稿で特にお気にいりの物を集めました!
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摘花の恋【てきかのこい/掌編小説】

手持ちの服をすべて試してやっと選んだすみれ色のワンピースも、二日分のバイト代をつぎ込んで買った桜色の下着もぜんぶ剥ぎ取ってから、佐伯さんは私に「可愛い」と囁く。 佐伯さんの手で投げ捨てられた私の服が、ホテルの床に散らばる。力なく人型を保つそれは、さっきまで嬉々として身支度をしていた自分の亡骸みたいだ。 私は今週もこの男に会えたことが、嬉しくて虚しい。 肌色一色になった私の体に、佐伯さんの薄い唇がおりてくる。長くしなかやかな手足が、私の体を弄ぶ。 「窓のない部屋なんて、息

わたしがあなたのペットだった頃。

「君は年が離れているから、恋人って感じがしないね。セフレってほどドライでもないし。なんだろうね」 ストーブの灯りで橙色に染まったその人の肌に触れながら、すこしだけ考えて「それならペットでいいですよ」と答えた。 男は肩まである自分の髪を邪魔くさそうに束ねて、いいねそれと笑った。 恋人ではない男のベッドで寝るなんてはじめてだった。 意外と平気。わたし、なんにも傷ついてない。 ベッドで過ごした数十分は、過去の恋人たちとしてきたのと変わらない、ただのセックスだった。 窓の外は雪

夜に住む子供たち

「おっさんのオナニー見るだけで1万もらえるんだけどさ。一緒にやらない? めっちゃ稼げるよ」 騒がしい教室で、同級生のKは昼食のパンを齧りながら言った。 15歳だった。 「ごめんごめん、イチコはそういうのやらないもんね」 答えに詰まる私に、Kは笑ってそう言った。 ススキノから徒歩圏内の学校で、こういう類の話は日常的に流れてきた。 年齢をごまかしてニュークラブ(他県でいうキャバクラ)で学費を稼ぐ子、援助交際で弟を養う子、イメクラで稼いだお金を年上の彼氏に渡している子…。 彼

恋の証人。

これは本当に起こったことかもしれないし、そうじゃないかもしれません。 「俺、宏美とも寝てるよ」 男が口にしたのは、わたしの憧れの女性の名前だった。 ちょっとだけ虚をつかれて、眠気がとんだ。 深夜3時までだらだらと抱きあって、わたしたちはまだ裸でベッドに寝そべっていた。さっきまで繋いでいたその手が、あの優しい女性の体にも触れていたなんて。 バイト先のバーで、わたしが働き始めるよりもずぅっと昔に働いていた男とその女性、宏美さんは、いまでもそのバーにそれぞれ飲みにきていた。

いなくなればいいと思ったあのこは、三日後の夜に死んだ。

「なんかさ。Mちゃんに、家に遊びにおいでって誘われたんだよね」 彼氏が口にしたのは、私と彼氏共通の、女友達の名前だった。 カッと体が熱くなった。 寂しいなら、私を呼べばいいのに。 せめて、私と彼氏と2人を誘えばいい。 なぜ彼氏だけを誘うの。 Mちゃんは、精神の病を患っている女性だった。 旦那さんは仕事が忙しく、家にあまりいない。 もともと寂しがり屋だったうえに、病気の状態が悪化していた彼女に呼ばれて、私は当時そのマンションによく遊びに行っていた。 私は18歳で、はじめ

恋の痛みも、煙のように消えていく。【エッセイ】

はじめて付き合った男は、エコーの匂いを纏っていた。 オレンジ色のパッケージに包まれたその煙草は、当時180円。コンビニに並ぶ銘柄のなかでも格段に安い。 「音楽家だからさ。いいでしょ、エコー」 そう言って彼は、大きな手でジャズベースを弾いていた。 わたしが初めて吸ったのも、同じ煙草。 朝になっても帰らない彼を待ちながら、なかばやけくそで、灰皿に溜まったシケモクをひとつ手にとり、火をつけた。 肺が苦しくて、ぶざまに咳きこんだ。涙目になりながら、彼に似合う女になりたいと思った

9月1日の朝から逃げつづけた足で、いま立っている。

兄は大学を2回中退し、わたしは高校を1年で中退し、弟は中学で不登校になった。 『学校に行かないこと』は、いまだに世間では大ごとと捉えられがちだけど、子供たち全員が学校から逃げてしまった家庭もある。 実際、ここに。 (親よ、ごめん・ありがとうと先に書いておこう…) ◇◇◇ わたしは、高校に1年だけ通って中退した。 周囲からは恐らく、『普通の生徒』と思われていた。 ただ、『普通の生徒でいつづけるための我慢』が、学校に通った10年分きっちり溜まってしまって、自分のキャパ

ボストンバッグに寂しさを。【ショートストーリー】

「ナイアガラの滝は、ひとりで見るものじゃない。寂しいじゃないか」 一人旅のわたしに、ツアーバスの運転手はそう言った。 その言葉になんて答えればいいのかわからないまま曖昧な笑顔をかえして、わたしは目的地への道を急いだ。 分厚い水の壁が、地響きのような音を立てて壊れ続ける。 ナイアガラの滝は美しく、恐ろしい場所だった。 足元に広がる地球の裂け目に、自分もすい込まれそうになる。 周囲の笑い声が遠のいて、「寂しいじゃないか」という言葉が、ぽつんと胸に波紋を広げた。 帰りのバス

わたしは処女作に向かって成熟できるのか?

今日はわたしが2年前、初めて書いた小説を晒してみる。 本名ばれちゃうけど、最近そこら辺がどうでも良くなってきたので(笑) 下記リンク先の、「鬼の棲む場所」という短編小説がわたしが書いたものです。 http://www.kochi-art.com/pdf/prize-46.pdf 読みなおすと、修正したい部分がいっぱいある。けれど、当時は自分なりに、主人公の気持ちを書き切ろうと必死に原稿用紙に向かったので、愛おしさもある。 「作家は処女作に向かって成熟する」 小説を書い

催眠療法をうけたけど、前世も日本在住の一般人だったよ。

数年前、催眠療法を受けた。 特に大きな悩みがあったわけじゃないけれど、催眠療法へ行った会社の後輩の話が面白かったので、好奇心モンスターのわたしはすぐに予約を取った。 後輩は“中世のヨーロッパでアーティストだった”前世を見たそうで、「ひとりで黙々とアートを制作して満足していたけれど、“今度はもっと人と関わりたい”と思いながら死んでいった」らしい。 ヨーロッパの石畳の感触とかも、めちゃくちゃリアルだったと興奮気味に語っていた。 ふむふむ。 きっと私も前世は海外のアーティストだ

105日目:たいおん【体温】→掌編小説

たいおん【体温】 動物体のもっている温度。 ◆◆◆ 彼の妻から電話が掛かってきたとき、わたしは初めて耳にするその名前を、新鮮な気持ちで聞いた。 「トクラの妻です」いつもの番号からスマホに掛かってきた電話をとると、女の声がそう言った。 “トクラ”は頭のなかでうまく変換できなかったけれど、女が“妻”の部分を強調したことはわかった。 通いなれたコンビニの雑誌コーナーの前。わたしはなぜか、目の前にあった読みもしない女性週刊誌をカゴに入れ、我にかえってラックに戻した。 「トクラ

書きつづけるって(今のところ)楽しいよ。

「 #挫折しないコツ 」Googleフォームで長文回答しようとしてブラウザが落ちるというのを3回やって、もうええわ!と思ったので、記事にする。 noteの毎日更新をはじめて7カ月が経過した。 誰に頼まれて書いてるわけでもないし、仕事につなげたいわけでもない。 文豪の作品を図書館や青空文庫でいくらでも読める時代、わたしの文章はたぶんこの世に必要ない。 (だからいつも、読んでくれる方にちょっとだけ申し訳ない気持ちがある。この記事に書いた。) でも。 『頼まれてない』『仕事を

エッセイは絵画で、小説は立体造形アート。

エッセイを書くこと、小説を書くこと。同じ『書く』でも、わたしにとっては全く別の作業だ。 例えるなら、エッセイはモデルを前にして描く絵画、小説は立体造形アートという感じ。 エッセイを書くとき。 わたしは『実際の出来事』をモデルとして描写し、自分と同じ純度の感情(美しい、悲しい、怒りetc)を、読んでいる方の胸の中に再現したい。 モデル(=出来事)よって描き方は変わって、抽象画のときも、写実画のときもある。 対して、小説はわたしにとって立体造形アートのようなもの。 自分の胸に

32日目:ねごと【寝言】→エッセイ

ねごと【寝言】 眠っている間に無意識に言う言葉。 ***************** 夫の寝言がひどい。 ある日、寝ている夫の横で本を読んでいたところ。隣でむにゃむにゃいう彼の声をよく聞いてみると、、、 「じす いず ごりら…」 !? ちなみに夫は英語が苦手だから、ゴリラの前につけるべき冠詞の“a”が抜けている。 寝言に答えると、寝ている人が黄泉に連れていかれると聞くけれど、どうしても知りたい。今、どういう状況? バンバンと肩をたたいて起こすと、夫も寝言に気づいたようで