家路、オレンジ。【ショートストーリー】
作り物のようなハワイの青空の下で、二十年ぶりに見る母の水着姿。そこには違和感しかないけれど、母はやる気に満ちていた。
「海亀と泳ぎたい」
そんな母の小さな願いを叶えるため、還暦祝いを口実に、はじめて二人旅にでた。
フィンやシュノーケルをつけた母は、地球に不時着した宇宙人みたいに、真剣な顔でガイドの話を聞いていた。
澄んだ水色に顔をつけ、海に泳ぎだす。沖にでると、サンゴや熱帯魚の原色のなかを、海亀が漂うように泳いでいた。
母は目を見開き、何度も私の肩を叩いて海亀を指さした。
ガイドの運転する帰りの車内は、夕暮れに染まっていた。
「ありがとう。最初で最後だろうけど、来てよかった」
お母さん、そんな悲しいこと言わないで。
泣きだしそうな本音を抑えて、「また来れるよ」なんて言えるほど、私は大人になってしまった。
母は、子供のように素直に頷いた。
ハワイの空は、私が母とちいさな手を繋いで歩いた家路と、同じオレンジだった。
お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!