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夜の住人たち

700mlのウイスキーボトルを2晩で空にする。はじめて恋をした相手は、そんな人だった。

彼の仕事が終わるのは、早くても深夜0時。
そこから自転車を二人乗りして、24時間営業のスーパーへ買出しに行く。

世間のみんなが寝静まると、わたしたちの時間がはじまった。

キイキイと耳障りな音をたてる古い自転車。
彼の背中に掴まって、蛍光灯で照らされた住宅街を抜けていく。

◇◇◇


深夜のスーパーには、昼間は姿を見せない人が集まってくる。

彼女の乗った車椅子を、楽しそうに押す彼氏。
夜の仕事を終えたお母さんと、その小さな娘。
帰る家のない人々。

高校を辞めたばかりで、どこにも所属していなかったわたしにとって、そこは昼の世界よりもよっぽど居心地のいい空間だった。


彼の持つカゴに、ぽいぽいと欲しい物をいれる。
アイスクリーム、コーラ、ポテチ…

彼は彼で、晩酌に必要な物をいれていく。
角瓶、スルメ、氷にチーズ…

欲しいものが出揃ったところで、2人の財布の中身を付きあわせ、買えない物は売場に戻していく。

酒は絶対に譲れない。アイスだけは食べる。

なにがなくたって、そんな会話をしてるだけで楽しかった。

2人の戦利品を自転車のカゴにいれて、また二人乗りで、ゆっくりと彼の家へ帰る。

人影もない深夜の住宅街はとても静かで、自分たちの会話までどこかへ消えていくみたいだった。

◇◇◇

「ねぇ、最近飲みすぎじゃない? ちょっと控えなよ」
毎晩べろべろによっぱらう彼に、何度そう言ったかわからない。
「大丈夫、これくらいじゃ死なないよ。でも、イチコは飲まないほうがいい」

そんな会話の横にはいつも、ウイスキーの空瓶が転がっていた。

一緒にいた四年で、彼は晩酌をやめることはなかったし、わたしも彼とお酒を飲むことはなかった。

わたしは大学に入って、あんなに遠ざけていた昼の住人に戻り、彼はいつまでもお酒と一緒に夜に生息していた。

同じ景色を見続けることができなくて、特別だと思っていたわたしたちの恋は、あっさりと終わった。

◇◇◇

恋が始まった頃、父はわたしを窘めるように言った。
「自分のことを特別だと思っていても、誰だって普通の大人になる」

皮肉にも、恋はその言葉通りの終末を迎えてしまったけど。

わたしの記憶のあなただけは、「死なないよ」って笑いながら、永遠にあの夜のなかで生きてて欲しいんだ。


お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!