サッカーが社会活動とまさに同じであるという実例

今、弊社の留学プログラムを利用していただき1ヶ月のスペイン留学をした大学生選手がいる。彼は日本の大学では関東のトップカテゴリーでプレイする選手だが、スペインに来てからの変化が非常に興味深かったのでここでシェアしようと思う。

もし、スペインや海外に選手として何かの形でチャレンジしたいと考えている人、または指導者でもそうだし、社会人として海外の人と一緒に仕事したり生活してコミュニティに入って行こうとする人の参考になればと思う。

記事を書いていてふと思ったのだが、これはマーケティングとまさに一緒だなと思わされることがある。


フットボールという団体競技において、外人として自分のポジショニングを作っていく方法

彼がスペインに来た目的はもちろんパフォーマンスのアップに違いないが、興味深いのはサッカーにおいてパフォーマンスが上がるという仕組みがこの記事を読んでいる日本の皆さんが想像するものとは異なるプロセスで進んでいるだろうからである。

多くの人は「海外に留学するとサッカーがうまくなって帰ってこれる」ことを期待してするだろう。きっと海外で新しい技術や戦術を学び、できることが多くなることが「サッカーが上手くなる」と想像しているかもしれない。今、来ている大学生の選手も来る前はそう思っていたそうだ。

ただ、サッカーの本質を捉えると答えは異なる。
誤解を恐れずに言うと、20歳を超えたこの年齢でスペインに来て新しいことができるようになって劇的に変わるいうことはない

むしろ、興味深いのは日本では蔑ろにしている(そのまま放っておいてもいいと思っている)些細な現象がいかにサッカーにおいては重要なのか?ということに気づかされ、それに対するアプローチを変えることがパフォーマンスアップに繋がる点だ。

これは、日本では気づかないけど、スペインという環境でそれに気付かさせてもらえるということになる。

サッカーは団体競技であり「相互作用が働く」スポーツであると、FCバルセロナのフィジカル部門のトップを務めるパコ・セイルーロは語っている。

相互作用に関しては細かく話し出したら長くなるので割愛するが、簡単にいうと様々な要素が絡んでピッチで現象が起きているスポーツなので要素還元論的に一つの部分(例えばテクニックやフィジカル)を伸ばして、それを元に戻す形でピッチの中に入れても、それが原因でパフォーマンスが上がったと考えるのは違いますよ、という話である。

日本でサッカーをしていて気づかないうちに成立している機能性を、海外に海外にすることでその仕組みや構造を改めて理解することができる。今回の話は、実際に起こったプロセスを振り返りながらフットボールにおける要素たちの本質的な相互関係を読み解いていくこととなる。結果、我々が生きている社会的構造をも読み解くヒントになると思う。


**ハードル①:認知してもらう

海外に行ってパスをもらえないということは実際に起こる?**

まず、スペインに来て起こった現象は「パスが回ってこない」という典型的なもの。ひと昔前のサッカー漫画で見かけたことがあるシーンではないだろうか?

これ、本当に起きるの?今の時代そんなことないでしょう?

と思うでしょう?

それが、実はそんなことが実際にあるのだ。

実はラテン系の国でサッカーをしていると気付くのだが、無意識に選手たちはパスを出す相手を選んでいる。その時々で、自チームに有利に状況が進むかどうかを瞬時に選んでいる。

しかしながら、言葉のわからない外国人が当たる壁は「選んでもらっているかどうか?」に行き着く前に、味方から認知されていないことが原因。これは当たり前で、言葉が話せない=存在感ゼロなのだからそうなる。

まずは認知してもらうことから始まるのだ。

私はこの第一のハードルを彼がどう飛び越えるのかに非常に興味があった。選手として留学に来るといくつかのハードルに出会うのだが、これがまず一つ目のハードルである。

「日本なら自分のところにボールが集まってくるんですけどね」

いかにこれが貴重なことか。
ここスペインでは、日本で背負って来たブランドや過去の栄光は、誰も知らない。無の状態から始まる一人のフットボーラーは、そこにいることを示すことから始めなければならなかった。

ボールが欲しかったら大声で呼び、チームメイトの顔と名前を覚えて自らコミュニケーションを取りにいき(最後にはロッカールームで選手と踊っていたようだw)自らの存在を周りに示すことを行うことで、だんだんとボールは回ってくるようになって、第一のハードルを超えていった。

しかし、すぐに次のハードルが見え隠れする。さすがにこのハードルはアドバイスをさせてもらうことにした。


**ハードル②:信用してもらう

「リスクを冒して決定的な仕事をする意識」**

次の課題はこれだ。

これがなぜ大事か?例えば、自分のところへ渡ってきたボールを安全な横パスやバックパスをして、さらにその場でもう一度もらおうと立ち止まるプレイ。一見、ミスをしてないので良いプレイに見えるかもしれない。

しかし、そのようなプレイを続けていると外国(特にラテン系)人は「あの選手のところからは何も生まれない」という雰囲気を敏感に感じ取る。特に南米系はこの能力が突出しているように個人的には思っている。
当然、そうなると「こいつは、こんな感じだな」と察されて良い評価はもらえない。その時、味方選手の心の内はこんな感じだ。

「ここにボールを渡しても、チームのメリットになるかは微妙」

これは、信頼度という風に置き換えて表現できるかもしれない。今話題のキンコン西野も、「これからは社会的には信用のあるところに人やモノが集まってくる」という類のことを言っているが、それに近い。

社会活動(仕事人・ビジネス)的思考にすると、一つ目のハードルを超えることは自分を認知してもらったという状態だ。SNSで発信したり、営業で訪問に行ったことで一応存在を認知してもらったというところだろうか。

しかし、第二のハードルは認知してもらったとして果たして自分のところに信用してチームの宝であるボールを渡してくれるか?(仕事だったら大事な資産を提供し依頼しようと思うか?)という点だ。

なので、次の課題としてゴールに直結するプレーの頻度を多くするように彼にはアドバイスをさせてもらった(彼はトップ下がポジション)。これは、得点という成果をあげられる選手として信頼して認めてもらえることに繋がる。

ボールが前に進むようなプレーの選択、FWへ当てて前向きでサポート
パスをしたら背後でボールをもらおうとする
ゴール前で1vs1ならDFを外してシュート

というようなプレーの頻度を増やすようにしようと、トレーニングの後にはフィードバックを行い、話を重ねた。ここでお気付きかもしれないが、この課題はメンタル面での話である。技術や戦術の話はまだ出てきていない。

幸い、この選手はJの下部組織で育ったということもあり基礎技術・戦術・フィジカル面でもそれなりにできるレベルにあった。なので、考え方やメンタルへアプローチすることで比較的成果が出やすい条件下でのチャレンジだったとも言える。

結果、この取り組みの成果として徐々にミニゲームなどでのゴール数も増えた。そうすることでボールはより回ってきて信用を構築していったのである。


**ハードル③:連携するスキルの発揮

味方をいかにして自分のプランに巻き込むか?**

さて、ここまでくれば自分を認知してもらい成果をあげることで継続的にチームのプレーに関与していけることとなる。チームという社会の中で活動をすることができるようになったわけだ。1ヶ月という短期の滞在でここまで来ることができる選手でも大したものではあるが、それでもまだ立ち位置としては受け身というか使われた時に何かできるか?という状態である。

もう一つ成長し大きな成果をあげられるようになるためには、味方を連携して自分の望むプレーを実現できるようにすることが重要だ。バルセロナにきてチームのトレーニングに参加するようになって、2週間くらいたった時にはこの3つ目のハードルを迎えていた。

例えば、サイドでボールを受けてFWに一度当てて前向きにサポートして入っていこうとするプレー。

FWに楔のパスを当ててすぐにサポートに入るがいいタイミングで落としのボールをくれない選手たち。せっかくいいタイミングで動いたのに、前向きでボールをもらえればシュートが打てるのに…という悩みを抱えながらプレーしていた。

これは何が問題かというと、この日本ではお決まりのプレーは日本国内では声を発しなくても阿吽の呼吸でイメージが共有できて綺麗な落としのパスがやって来るが、実はスペインには「楔のパス」は存在しないのでイメージはタイミングよくボールはやってこないのが通例だ。

しかし、この楔のプレーが成立すればシュートが打てるというチャンスになるので、スペイン人に自分の望むコンビネーションプレーを理解してもらって何とか成立させたい。

ではどうするか?

まずはパスしたら呼ぶこと=認知してもらうこと

「パスした直後に呼びながらサポートに動いた方がいいよ。彼らは判断が早いから自分の欲しいタイミングで呼んでも、もうその時にはプレーを決めた後だから」

このような微調整を重ねながら味方と繋がり意思を伝えることで自分の望むプレーに参加してもらう。2人組の関係でもチームプレーの基本はここにあると私は考えている。このようなスキルを駆使しながらチームを巻き込んで、もっというと味方をコントロールすることができれば自分の成し遂げたい成果が大きく上がるのである。

これはまさに社会的活動であり、コミュニケーション能力が高く尚且つ信頼のある人には、様々な信頼の証である資産が集まって大きなことが成し遂げられるのではないだろうか?



**ハードル+α:ミスが起きた後にどうするか?

ルーティンを作り不安定領域から戻る習慣**

サッカー選手にとってプレイ中のミスはつきものである。フットボールというスポーツはピッチ内外の多種多様な要素が選手に影響を及ぼしているから、選手のプレーはブレて当然である。

その時、選手の心理は大きく揺れ動き次のプレイに影響を及ぼす。今回の留学生も、自身でその短所を自己分析して理解していて、ミスをすると次第に視野が狭くなってしまう課題を抱えていた。

脳科学の視点では「集中」は視野を狭くし、視野が狭くなればサッカーのパフォーマンスは落ちていく。日本ではミスをしたら「集中しろ」と叱咤されるが、それは実は正しくないと最近私は考えている。

集中したら、より視野が狭くなりミスはまた起きやすくなるだろう。

スペインではこの様な声かけはされることはない。ミスの種類に寄るが、監督はミスした選手を励まし「大丈夫!続けろ」ということが多い。
か、「目を覚ませ!」と喝が入るかどちらかである。

アスリートしてはミスをした時、要するに安定領域から外れた時に求められるのは、そこから安定領域に戻るためのスキルである。もしかすると一つのルーティンを作るのがその解決策かもしれない。集中ではなく、解放、リラックスをすることで自分を安定領域に戻す。このメンタルスキルの重要性をこの選手はこの地で心底実感していた。

ちなみにスペイン人は気持ちの切り替えが日本人には理解できないくらいのレベルでできる。しかも、これはやろうとして行っている訳ではなく、文化の違いからくる自然な思考回路だ。到底日本人には真似できるものではないので、おそらく日本人は他の人種よりもミスからの心の復帰のスキルは身につける必要があるのかもしれない。

という感じで、海外でたった1ヶ月ではあったが完全アウェーの地で自分のポジションを作り、味方を巻き込んで自分のやりたいことを実現するという社会活動の模擬体験をしたこの選手の今後の人生のパフォーマンスが大きく変わっていくことを期待したい。

彼には日本帰国後にヒアリングをさせてもらってこんな感想をもらっている。

スペインに短期留学して得られたことは、誰も自分のことを知らない、誰も自分のことに興味がない中で、どう自分を知ってもらうか、ゼロのところからどう人間関係を広げていくかという人としての気づきがあったことです。日本での生活を1回離れ、日本での生活の見直し、日本の良いところを再確認できました。
私が自信としていた技術がただのボール扱いだったことに気づかされ、試合で使える技術とは何なのか、実際にプレーしたり、目の前で見ることで考えることができた。スペインでサッカーを学んでいる人と出会うことができ、色々な話をすることで、サッカーに対する新しい価値観が多く得られました。
日本へ帰国して感じる、留学の効果、スペインへ行く前の自分と行った後での違いは、生活面で1日24時間の使い方を見直し、この1日をどう充実させるか日々考えることができています。
留学前も自分の中では考えて生活していたつもりでしたが、その甘さに気付かされました。
言葉が通じるのは当たり前ではなく、ありがたいことと捉え、サッカー面でしっかり自分の気持ちを発信する、そして逆にコミュニケーションが取れることにより、その日出た課題や刺激的なことが薄れていくことがないように意識しています。
プレーヤーとしてただがむしゃらにプレーすることをやめ、頭を使いプレーすることを意識できています。身体の使い方が良くなり、前に向かうプレーが増え、確実にシュートの本数が増えました。
守備面でも留学前よりも意図を持ってできている。今まで自然とやっていたプレーを出来るだけ言語化して、周りと共有するようにしています。

この記事ではサッカーの視点で社会活動とは何か?を綴ってみたが、私はヨーロッパに来てチームプレーとしてのサッカーの本質に触れることで、サッカーで上記のことができる人は仕事もできる人材になる可能性が高いという結論に至っている。

サッカーはまさに社会活動なのである。

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