会社を辞めて、政治家を“起業”した理由

退職日に会社から手渡された、「退職辞令」です。
その存在を初めて知りました。
そして話は、おそろしく嘘くさい笑顔のアイコン写真へとつながります。
こんにちは。土屋和樹と申します。

ドラマチックなエピソードは、ありません。

会社というのは、日本放送協会。いわゆるNHKです。
みなさまの受信料で、ニュースやスポーツ中継などを制作してきました。
19年6ヶ月。思っていたよりは長く頑張ったかな。

ところが、そこから政治の道へと方向転換するわけですが、
政治家は幼い頃からの夢、、、でもなんでもありません。
偉人伝などに出てくる、政治を志すきっかけとなった
ドラマチックなエピソードもありません。
なろうと決めたのはこの夏です。笑。
ただ、ここ数年もやもやっと感じていたのは、
「このまま社会の傍観者でいいのかな。。。」という思いでした。

東日本大震災、原発事故、水害。
傷ついた町を再生する人々の奮闘、あるいは行政や企業の許し難い対応。
いい話も悪い話も伝えてきました。
でも、どこまでいってもそれは他人のお話。
取材した結果、「こうしたほうが町は良くなる!」という今後の提案があっても、別に自分がやりません。
「●●すべきだ」の連発です。
振り返ると、安全圏で偉そうに言ってたんですよね。

ただ、中年とよばれる年代に入ってから、
そうした傍観ポジションから飛び出したいという衝動が
じわり立ってきました。
他人のことはおいといて、そのまちづくりは自分が手がけたい、とか。
自分が交渉して実現してみたいな、とか。

まだ気力も体力もある(はず)。44歳での“起業”へ。

そしてことしの夏。友人とのひょんな世間話から
「なんか自民党が統一地方選の公募やってるよ」と聞きました。
公募?自民党?
人生で縁のない単語の連続で、なんのこっちゃという感じだったのですが、妙に心に引っかかり、帰宅後少し調べてみたら、、、
ありだな、と。

20年学生をやってきて、20年サラリーマンをやってきて、
その次の20年。傍観者から当事者へ。
政治家として社会と真っ正面から向き合っていくのも悪くないな、
いやむしろ挑戦してみたいと、一気に火が付きました。
たとえ道の段差ひとつでも、町をより良く変えられたらいいじゃないか。
そのときの気分はまさに、俺は起業するぞ!という感じでした。
上の世代の人たちが、喫茶店や手打ちのそば屋を始める気持ちが、
いまようやく分かりました。笑。

起業を決めてからは、公募の地である東京・北区へ速攻で引っ越し、
公募試験を経て幸いにも合格とお声が掛かりました。

政治家に必要な地縁はゼロ、後援会もゼロ。
ないないづくしのスタートです。
いまさら何ができるかわかりません。
結果的に思いっきりつまずくかもしれません。
だけど限りある残りの人生、これがラストチャンスと思って
新しい道を精一杯頑張って、そして楽しんでみます。

と、美しい話で終わりません!


政治活動の軍資金であてにしていた退職金。
会社の規定で、20年未満の“中退”の場合は大幅に減額されるとは、
まったく知りませんでした。
27年勤めた有働さんの足元にも及びません!!

あと6ヶ月いれば勤続20年達成、、、
日に日に「こりゃ早まったな」という思いが募ります。笑。
しかも、政治起業の初期費用が予想以上に次から次へと出ていきます。
いまのペースで続けたら、あっという間に300万400万突破です。
これでは、サラリーマンから議員というルートが
世の中になかなか確立されない訳です。
そこで、なるべく低コストでの活動を実践してみて、
そのプロセスも書いていこうと思います。

これなら俺でもやれる、と思ってくれるサラリーマンが
増えたらいいなと期待をこめて。
どうぞよろしくお願いします。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

地味にうれしいです、、、!
6

土屋和樹@東京都北区あれこれ

平成の終わりに、会社を辞めて政治家をはじめてしまいました。1974年生まれ。東京・北区、王子五丁目団地に住んでいます。元NHK報道デスク。Twitterでは北区探検中。@tsuchiyakitaku / 政治アプリ・PoliPoliにも参加。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。