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2024/04/20 でんぱ組.incは永遠に輝く

「大切なお知らせ」という言葉を見た瞬間、ついにこの日が来てしまった、と思った。
私の大好きなアイドルが、ついに解散してしまう。メンバーのTwitterを眺める以外の何も手につかないので、とりあえずYouTubeを開いてこれまでのライブ映像やMVを見てみることにした。すると、なんだか思ったよりでんぱ組.incのことが大好きだったらしくウソみたいな量の涙がドバドバ溢れて止まらなくなってしまった。
なんでこんなに大好きなのか、振り返ってみたらかなり人生の根幹に彼女たちの存在や音楽が生きていることが分かったので、忘れないうちに文章にしてしまいたい。書きます。涙が止まりません。


でんぱ組.incを初めて知ったのは2014年のことだった。ちょうど「でんぱーりーナイト」がリリースされた頃で、私は一瞬にしてこの「でんぱーりーナイト」という曲の虜になった。中学1年生のことだった。

当時私はスマートフォンなんてものは持っておらず、母が風呂に入っている隙を狙って母のスマホをこそこそ使ってはチマチマとMVを見た。iPhoneがまだ5だった時代である。

でんぱーりーナイトのMVはきらきら輝く不思議な世界にでんぱ組.incの皆がキラキラ踊っていて、ハチャメチャで可愛くて、少し切ない気持ちになって、まるでディズニーのような、けれど地続きにある現実の世界のような、だけどどこかふわふわ浮いているような、そんな映像なのだ。私はこの世界観が大好きで、何度も何度もMVを見た。

ちょうどMVがYouTubeに公開された時期にハマったので、メンバーたちは皆それぞれの個人ブログにMV撮影の裏話などを書いていた。オフショットや衣装のディティールなど、もう見ているだけで楽しかった。
当時のアイドルの情報発信はSNSではなくブログが主流で、多くのアイドルはアメブロにいろんなことを書いてくれた。舞台裏。新曲のこと。ファンへの想い。衣装のこと。歌詞のこと。レッスンのこと。私はそれらを読むのが大好きだった。アイドルが、自分の言葉で想いを綴り私たちに届けてくれるのが本当に嬉しかった。気になるアイドルがいたらまずブログを探して、それから推すかどうかを決めていた時期もあったほどには好きだった。アイドルのブログ文化は、まだハロプロを中心にギリギリ息づいているらしい。消えないでほしいな。

当時でんぱ組.incのメンバーだった最上もがさんは、ブログの中でコメント返信のコーナーを設けていた。毎回寄せられるコメントの中から数個ピックアップしてブログの最後に回答するのだ。

「もがたんぺぺぺ」というブログ名を、よく覚えている。ちょうどハマりたての頃に最上もがさんのブログを読んでいると、一つのお悩みが目に留まった。

「もがちゃん。ぼくは女の子を好きになってしまいました。」

仔細を覚えていないので厳密には違う言い回しかもしれない。もがちゃんが「たんぺ」だったかもしれない。けれど、まだ幼い私にとってこの「ぼくは女の子を好きになってしまいました」は本当に衝撃的だった。人生に世界の見方が変わる瞬間がいくつかあったとして、そのうちの一つは間違いなくこの一節を読んだ瞬間だったと思う。

お悩みの投稿者は女性だ。と、いうのは今となってはすぐに分かることだけど、当時の私には「好きに“なってしまった”」が意味することをすぐに理解できなかった。なぜこの人はこのように言うのだろう。自分をぼくと呼ぶのに。
そう、ぼくと名乗るなら投稿者は男性なのだろうとたかを括っていたのだ。視野が狭すぎる。

最上もがさん、否、ここからは「たんぺ」でいきましょう。私は最上もがさんをずっと「たんぺ」と呼んでいるので。

たんぺは自分のことを「ぼく」と呼ぶ。今となってはあのちゃんをはじめとして一人称が「ぼく」なアイドルはかなり多いものの、当時は本当に珍しかった、というかたんぺくらいしかいなかった。当時、AKBとももクロが連続で国立公演を実現し世間にはアイドル旋風が巻き起こっていたが、でんぱ組.incの立ち位置は依然「異端児」だった。金髪だって珍しかった。ショートボブでさえあまりいなかった。「ぼく」なんて、尚更だ。

女の子を好きになってしまったと語った彼女が己を「ぼく」と呼んだのは、きっとたんぺに憧れてのことなのだろう。きっと普段の生活では自分のことを「私」と呼んでいるのだろう。当時、女オタクに対する風当たりは依然厳しいままだった。世の中に対するフラストレーションがあって、自分のことを「私」と呼ばなくてはならないこともそのうちの一つで、けれどたんぺに悩みを打ち明ける時だけは自分のことを「ぼく」と呼んでも許される。そんな気持ちがあったんじゃないのかなと、今になって思う。

それで肝心のたんぺの答えだが、実は覚えていないのだ。きっと尋ねた彼女にとって救いとなるような、言葉を尽くした回答だったはずだ。でも覚えていない。
私にとって衝撃だったのは、己を曝け出し他者には言えないようなことを共有するコミュニティをアイドルが作っているという、その様子だった。アイドルを中心として、彼女ならば受け入れてくれるだろうと、誰にも言えない悩みや人には見せられないパーソナリティを共有する。アイドルを介して。その様子が、本当に新鮮で、凄かった。アイドルとファンの精神的な距離があまりにも近くて、こんなことをしてもいいのか! とアメブロを読みながら視界がチカチカ光っていたのを覚えている。

その空間の愛おしさとあたたかさ、それを受け入れてくれるでんぱ組.incの懐の広さと音楽の魅力に取り憑かれ、一瞬ででんぱ組.incのことが好きになった。でんぱ組.incはいつだって私を受け入れてくれる。でんぱ組.incがそもそもオタクアイドルである、というのも含めて、ダメな自分でもいいんだ! と思わせてくれる。大好きな曲が、たくさんある。

古巣メンバーの成瀬瑛美ちゃん、通称えいたそが卒業し新メンバーが5人加入した時のシングル曲だ。ついに全盛期と言われた期間に活躍していたメンバーは3人のみとなり、テセウスの船という言葉をTwitterで何度も見ることとなり、正直少しだけ、つらかった。オタクはね。私の周りのオタクも次々と他界していった。メンバーはそんなオタクを見てもっと辛かっただろうけど。

でも、この曲を聴けばそんな懸念は全てどこかへ行ってしまった。でんぱ組.incはでんぱ組.incだし、100万光年先も変わらないし、変わることがあるのなら、それは変わらないためなのだ。守るためなのだ。でんぱ組.incは決して最初から恵まれたグループなんかじゃなかった。マイナスからのスタートから、何度だって這い上がってきたのだ。いじめられて、引きこもって、ネトゲ中毒になって。そんな自分を変えたくて、夢を掴みたくてアイドルになった彼女たちが「夢の先は何があるの?」という問いに「さあ はじまり!」と答える。夢の先には次の夢があるのだ。

プリンセスとかお姫様とか、そういう概念がすごく好きだ。小さい頃から。アイドルが好きな理由にはきっとその気持ちが源流としてあって、お姫様に憧れるように可愛い女の子に憧れる気持ちをもとにして、私はアイドルに涙してしまう。
でもアイドルは何がいいって、王子様に幸せにしてもらう日を待つのではなく、自らが努力して汗や涙を流して様々な苦難を超えて王子様を幸せにするためステージに立つのが、最高にカッコいいのだ。この場合の王子様には「わたし」というルビが振られる。アイドルは私を幸せにしてくれる。彼女たちはキラキラ輝くお姫様なのに。お姫様が走り回って汗を流して、でもそこにいるのはやっぱり憧れのお姫様なのだから凄い。憧れのお姫様だけど、ただの女の子で、でも私には届かない。だからアイドルが好きなのだ。だからアイドルが好きだし、私が理想とする人間像もここに全て凝縮されている。「プリンセスでんぱパワー!シャインオン!」には、私の人生の全てがある。こういう女の子が好きだし、こういう女の子になりたいし、こういうアイドルが好きだし、こういう考え方が好きだし、こんな考え方があるからアイドルが好きだし。

こんな感じで、めちゃくちゃ大好きな曲がとにかくたくさんある。アイドルはいつか終わってしまうけど、人はいつか死んでしまうけど、音楽は永遠なのだ。でんぱ組.incの音楽はいつも私の人生に寄り添ってくれる。どんな時でも元気をくれる。でも悲しい気持ちにも優しく触ってくれる。だから大好きで、いつまでもこうやって大好きな気持ちを永遠にできるのだと思う。

ついこの前、サクラあっぱれーしょんを聴きながら桜を見たのに。春はサクラあっぱれーしょんを聴かないと始まらないので。

春という季節がめちゃくちゃ好きなのだけど、そのウキウキした気持ち、浮ついた気持ちを的確に音楽に乗せてキラキラと歌ってくれるのが好き。玉屋2060%の曲が遺伝子レベルで好きなので、玉屋2060%に出逢わせてくれてありがとうという気持ちもある。

人類全員大好きだよなんて、そんな規模も主語も規格外にデカすぎることを堂々と歌えるのが眩しくて仕方がない。歌詞も情報量が多くて目まぐるしくて自由でやりたい放題で、でもいわゆる「しいたけ目」を光らせたような光が眩しくて元気を受け取れる。なぜこんなに眩しく映るのかって、彼女たちが歩んできた軌跡がまっすぐなものではなかったからだろう、と思う。

アイドルを想って泣く時、ほとんどがその「歴史」にやられて泣いてしまうのだが、でんぱ組.incはその歴史の上に楽曲の強さが乗っかるのだから本当に凄い。曲そのものだけで心を強く揺さぶって離してくれないような感動があるのに、それに大切な歴史がついてくる。でんぱ組.incの歴史の変遷はでんぱ組.incが生き抜いてきた証であり、その全てを楽曲がキラキラと彩るのが美しい。

少し前にも書いたが、でんぱ組.incはどんな私でも絶対に受け入れてくれる。もしこれから私が社会人からドロップアウトし、引きこもってネット依存症になってダメになってしまっても、きっとたぶん、受け入れてくれる。適当な相槌を打つのではなく、全力全霊で笑顔にしようとしてくれる。掬ってくれるファンの中に、絶対自分もいると信じられる。というか誰も取りこぼさない信頼がある。それは希望だし、人がどこかで絶対に求めているものだと思う。それを自覚している者と自覚していない者はいるだろうが、自分がダメになってしまった時に自分のために全力で笑顔にするためのメッセージを届けてくれる人がいてくれることを、嬉しいと思わない者はきっといないはずだ。

Dear⭐︎Stageへようこそ♡を聴いていたら本当に涙が止まらなくなってしまった。絶対に現場で聴きたいよ。ラストツアーには絶対どこかで参戦するつもりだが、参戦した公演でディアステを披露しなかったら千秋楽にも絶対行くことになるだろう。それくらい現場で聴きたい思いが強い曲だ。私へと降り注ぐ小さな小さな幸せを「でんぱ組.incだもの!」と信じてくれる人たちに、会いたいよ……。

まとまりがなく酷い文章になってしまったが、とにかくでんぱ組.incのエンディングが決まってしまったことが、本当に寂しくてたまらないです。
私の人生を少しだけ、でも確かに変えて、キラキラと輝かせてくれた人たち。最後の最後までピカピカバビューンと走り抜けられるよう、最大限の力で応援します。UOを今から発注しておいた方がいいかもしれん。でんぱってこーぜ!

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