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タイのスラム街に泊まった話

大学生の頃、市の広報でタイのスラム街にホームステイする旅の募集広告を見つけた。国際交流団体が企画したもので市の職員も同行する日本とタイの若者との文化交流を目的としたツアーだった。団体と市から補助が出ていて値段も安いし、暇を持て余した大学生だった私は行くしかないと友達を誘った。

飛行機で移動してむんむんする暑さのタイの空港に降り立つ。マイクロバスで移動して早々にウエルカムパーティーと顔合わせがホテルの宴会場で行われた。私と友達が泊まらせてもらうのは丸顔の可愛いタイの女子高生サニーちゃんのお家だった。小柄で笑うと目尻が下がって声が高くてアニメのキャラクターみたいだった。私と友達とサニーちゃんは同じテーブルについてタイ料理を食べながら自己紹介をした。私達の共通言語は片言の英語だった。サニーちゃんは成績優秀でアメリカ留学が控えているって市の職員が教えてくれた。

食事の後は自由時間だったからサニーちゃんと私達は買い物をした。バンコクの街中の匂いは日本でも嗅いだことのある路地裏の匂いがした。ブラブラとカラフルなお店を回るうちに象のかわいい財布を見つけて買ったらサニーちゃんは「それ幾らで買ったの?値切って買ったの?」と聞いてくる。値段と値切らなかったと伝えるとちょっと怒って「ここでは値切らなきゃダメだ、その値段は高すぎるから私が行ってお金を返してもらう」と言う。「気持ちは有難いけど、そこまではいいよ」と言うと「今度から何か買うときは私が交渉するから言ってね」とサニーちゃんはニッコリした。

ビーズの刺繍の手鏡を買おうとサニーちゃんに言ったら露店のお兄さんと交渉をしてくれる。時に険しい顔をし、首を振りしばらくしてから交渉成立した。安く買えて「ありがとう」と言うとサニーちゃんはニッコリした。

私と友達はトゥクトゥク(三輪タクシー)に乗りたいとサニーちゃんに言った。1台目と2台目のトゥクトゥクは値段が高すぎてサニーちゃんはご立腹だった。3台目でやっとサニーちゃんの納得のいく値段のトゥクトゥクが現れた。かっ飛ばすトゥクトゥクの風は爽快で私と友達がきゃーきゃー騒いでいたら運転手が笑ってランプをチカチカ点滅させて用もないのにクラクションを鳴らした。

その日はサニーちゃんが暮らす地区のお祭りで夜の広場で爆音の音楽と共にその地区の皆が踊っていた。ちょっと酔っ払った私と友達はおじさん達ばかりのその中に入って汗をかいて踊り「サニーちゃんも踊ろう」と何度も誘ったけどサニーちゃんは踊らなかった。『地元の祭りで踊るの恥ずかしいのかな』なんて思っていた。

夜も少し遅くなってサニーちゃんのお家に帰ることになった。人がすれ違うのがやっとの狭く薄暗い路地に家々が隙間なくならんでいる。玄関ドアの扉がない家も多くあって中がよく見える。テレビを見たり犬が寝ていたりして、上を見上げるとトタンで所々塞がれアーケードのようにもなっている。

サニーちゃんの家は木造で6畳程の部屋が一階と二階にある。ご両親にご挨拶をと思っていたけれど「もう寝てるから」と何度もお邪魔してる幼馴染の家へ行くみたいな気軽さでギシギシ音がなる階段で二階へあがる。シャワーはない、桶で体にお湯を浴びる。

飴色の床に花柄のマットレスを敷いてタオルケットを掛け、3人でガールズトークをした。サニーちゃんは彼氏がいるって教えてくれて写真も見せてくれた。サニーちゃんより背の高い細身の男の子だった。私は彼氏と撮ったプリクラを持っていたからサニーちゃんに一枚あげたら貼ることができる事に驚いていて、サニーちゃんはタンスに貼った。タンスにシールを貼るのは世界共通みたいで、シールだらけのタンスにプリクラが追加された。話してるうちに旅の疲れもあってみんないつのまにか寝てしまった。

この旅一番の問題はトイレだった。サニーちゃんの家のトイレにはペーパーがなく、水が置いてありそれで洗うと聞いていた。予めティッシュを持ってきていたけれど肝心の時に切らしてしまった。けれど市の職員に事前に「どうしても困ったらお願いすれば出てくる」と聞いていた。

“水で洗う”を考えてみたら服がびちょびちょになる方法と、手をその後10回くらい薬用石鹸で洗う方法しか思い浮かばない。薬用石鹸は見当たらない。私は思考を停止させ“お願い”する事にした。サニーちゃんにお願いしたらちょっとだけ嫌な顔をしたけれど、戸棚の中からうやうやしくトイレットペーパーを出してくれた。貴重なトイレットペーパーを大変申し訳ない気持ちになりながら使わせてもらう。ただ、戸棚にしまってあるトイレットペーパーはいつ、何に使うんだろうと考えていた。

サニーちゃんの家にはキッチンがない。ご飯はいつも屋台で買っているのだと言う。朝ごはんは昨日お祭りがあった広場のテーブルでサニーちゃんが買ってきてくれたパックに入った焼きそばや焼き鳥のようなものを食べた。サニーちゃんおすすめの屋台の食べ物はこってりしていて美味しかった。

サニーちゃんに呼ばれ家の前に立つ。何かが始まるみたいで、いつのまにか近所の人も表に出て誰かを待っている。緩やかに坂になった細い路地の上の方からオレンジ色の袈裟を着たお坊さんが籠を持って6人程歩いてくる。待っていた人は次々に持っていた食べ物をお坊さんの籠の中へいれ、傅いて手を合わせる。路地の上のトタンの隙間から太陽の光が斜めに差し込んで埃が煌めき、その中をお坊さん達が歩いていった。その脇には手を合わせる近所の人達、私も促されるように傅いて手をあわせた。その場の空気は澄みわたり花道のように後光が差しこむ美しい信仰を見た。

サニーちゃんの家に泊まったのは1日だけで、タイの一般的な観光をしてから翌日からはホテルに泊まった。豪華な調度品とウエルカムフルーツが置かれた真っ白なシーツと冷房がきつく効いた高層階の部屋の窓から街並みを見下ろした。

帰国の日、サニーちゃんは見送りに来てくれた。私は少しだけ泣いてハグをして手を振って別れた。


帰国後、サニーちゃんとはしばらく手紙でやり取りをしていた。学校のことや彼氏と上手くいってることが書かれていて、私も近況を書いてプリクラを貼って送ったけれどサニーちゃんのアメリカ留学を機に手紙は途絶えてしまった。

『微笑みの国 タイ』と聞いて真っ先に思い浮かぶのはサニーちゃんの目尻の下がった笑顔で、彼女のタフな交渉や全力で親切にしてくれたことを思い出す。サニーちゃんのおかげでタイのことが好きになった。

引っ越しのどさくさに紛れ住所もわからなくなってしまった。タンスに貼ったプリクラはさすがにないだろうな。もう会えないけれどサニーちゃんが元気にしているといいなとバンコクに時々想いを馳せる。



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うれしい♡
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つぐみ

今と昔のこと。アイコンの女の子と髪型だけ似ています。

et cetera

いろいろ

コメント2件

素敵な経験でしたね!!
私もよくタイに行きますが、日本人だからか法外な値段を吹っかけられ、値切らなくちゃっ!!って衝動にかられ疲れてしまい。。
とは言え、値切るのも旅の楽しみなんですけどね!笑
貴重な体験でした!
SABAさんもタイに行かれるんですね。また旅行記楽しみにしてます。
サニーちゃんの見よう見まねであれ以来値切る事を私も覚えましたが、なんだかムキになっちゃう時ありますよね!笑
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