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白無垢おじさん

「白無垢おじさんって知ってる?」

この切り出しから始まる奇妙で悲しみをはらんだ話は昔住んでいた地方都市の若者たちの間で一時期噂になっていた。

それはこんな話。2年前に結婚式前日に一人娘が交通事故に遭い亡くなってしまった。娘を溺愛していた父親は悲しみのあまり娘の着るはずだった白無垢を着て毎晩事故現場で祈りを捧げている。雨でも晴れでも雪の日でも夜になると必ず立っている。

今はもうとんと見かけないけれど、その辺りでは家から白無垢を着てお嫁に行く姿もまだ見られた。なんてったって田舎だ。旧家の立派な門構えのお屋敷も点在し、古い風習も残っていた。

最初に聞いたのは女友達からで「私は見たんだ」と言っていたけれど、場所がはっきりしなかった。その後もその話は飲み会の席や学食で見に行った人が興奮気味に話し、浮かんでは消える噂になっているものの場所があやふやだった。

けれどついに現れた。彼氏の友達カップルが「見に行ってきた、場所もわかる」という。「見に行きたいか?」と聞かれ、私と彼氏の好奇心が勝った。

行くことになったけれど、道中は少し気がすすまない思いもする。車の中でなんとも言えない気持ちになっていた。悲しみの祈りを捧げている人を茶化すみたいに見ていいものか、しかも娘の着るはずだった白無垢を着て毎晩立っているって悲しみを通り越して狂気を感じる。

「あんまり近づくと追いかけられた人もいるらしいから、近くに行っちゃダメだよ。大きな声も出しちゃダメ」その言葉も今から厳かな深い悲しみの権化を見るんだ、本当は行ったらいけないところに行くんだと思わせた。

砂利の駐車場に停めて暗闇の中を友達カップルの後から付いていくと「あそこだよ」と小声で言われ指差した先の坂道の上に、いた。

街灯から離れた所に白無垢姿の人が立っている。私たちの場所から20メートル程離れているからぼんやりと霞がかって見えるその姿は『あぁ、男の人なのだな』と思うほど背が高い。白く浮かび上がっている角隠しと着物。微動だにしないその後ろ姿を見て私は『本当にいる、こんな風に娘の冥福を毎晩祈っているなんてどんな気持ちなのだろう』という思いと『2年間毎晩立っているのに白無垢が白すぎる。』という2つの考えが浮かんだ。

それは真っ白だった。白いスニーカーが白いままでいられるのはせいぜい数週間くらいだろうか。その白無垢はおろしたての白いスニーカーくらい白かった。2年も毎日道路に立っていたら裾や袖に汚れが出てくるだろうにどうしてあんなに白いの?と私の中の小さなシャーロックホームズが主張していた。

「うわ、揺れた」彼氏がびっくりした様子で言うから急いでその場を離れることにした。私には揺れているのは見えなかったけれど。

帰りの車内では白無垢おじさんのことでもちきりだった。

「あの人何時から立ってるの?」「白無垢を着てあそこまで歩いてきてるの?」「近所の人なの?」「何時までいるの?」

私と彼氏の疑問が止まらない。行きの道中で感じていたなんとも言えない罪悪感のような気持ちは遠く押し流され、ますます好奇心が湧いてしまった。その時は長期休みに入った暇な大学生だったから「よし!明日はもっと早い時間に来てみよう。日が沈む前に来て白無垢おじさんが歩いてくるのを見てみよう」と決まった。今思うと羨ましいくらい暇だった。連れてきてくれた友達カップルは少し呆れている。

「でもさ、白無垢が白すぎると思うの。2年も路上に立ってたらもう少し汚れてるんじゃないかな」言ってみたけれどその言葉を拾い上げる人はいなかった。

次の日、夕方4時頃にまたその場所へ彼氏と2人で行ってみた。辺りはまだ明るい。車を停めて歩いて行きふと見上げるとその人は、もういる。

白無垢姿で立っている。

「え!もういるよ。あの人何時からいるの?」

彼氏が友達に電話をして経緯を話すと「近くまで行って見てみろ」と言われたと言う。追いかけてくるんじゃなかった?怖いんですけど、そう思いながら恐る恐る近くへ行ってみるとその白無垢おじさんは


『壁』だった。

人じゃなかった。

古くからあるお屋敷をぐるりと囲む塀が何故かそこで切断され腐食を防ぐために真っ白に塗られた壁というか、塀を切断したものだった。その切断された塀のシルエットが白無垢を着た人の後ろ姿に見えていただけだった。

うわー完全に騙された、という気持ち。なんだか清々しくもあるし、狐につままれたとか狸に化かされたとかこんな感じだろうかと思った。怒りみたいな感情は一切湧いて来ない。一杯食わされたな、してやられたな、そんな言葉ばかり浮かんでくる。


『やられたらやり返す』

暇な大学生の悪戯は繰り返されていく。学内に蔓延る噂は『壁』を白無垢おじさんだと信じさせるには十分で私も友達を数名連れて行った。みんな一様に信じ、壁を見て怖がり、神妙な面持ちになったり、興奮していた。見に行った誰もその場であれは『壁』だよね?と言う人はいなかった。けれど良心の呵責に耐えられずネタばらしをすると、壁だなんて信じられないと言う人がほとんどだった。人間はこんなに簡単に騙されてしまうのかと、真実を知っている者には滑稽に思えてしまう。

「白無垢おじさんって知ってる?」この言葉に「知ってる」と答えた人の中には二種類の人がいた。本当の真実を知っている人と、見に行って騙されたままの人と。連れて行った人がネタばらしをする、秘密を他の人間が暴いてはならない、そんな暗黙の協定が結ばれていた。

『幽霊の正体みたり枯れ尾花』恐怖心と疑いの気持ちはススキも幽霊に見えるし、怖いと思っていたものもその正体を知ってしまうと何でもないことのたとえの諺は、白無垢おじさんの出来事で身をもって実感した。

こんなに簡単に騙されてしまうなんて、自分の中のシャーロックホームズの主張にきちんと耳を傾けることも疎かにしないようにしようと思わされた出来事だった。あの時はびっくりするくらい機能していなかったハザードや猜疑心。若さと横の繋がりの強さは危機管理意識を脆くする

あの時、娘を悼む父親の厳かで神聖とも狂気とも思えた祈りが見えたのに自分の作り上げた想像だったなんて、ただの『壁』だったなんて。

数年ぶりにその場所を通ったら『壁』は取り壊され跡形もなくなっていた。



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私も好き♡
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つぐみ

今と昔のこと。アイコンの女の子と髪型だけ似ています。

et cetera

いろいろ

コメント4件

つぐみさんの中のシャーロックホームズ、頼りになりそうですね!!
ワトソン気質な僕なので、僕の中のシャーロックホームズの言葉をしっかり拾うようにしたいです!!
すごく面白かったです。
なぜずっと白いままなのか……同じコンセプトで作られたポリエステルかナイロン製の婚礼衣裳?(まさか!)と、私も下手な推理をしながら読んでいましたが、正体が明かされおおっ!
巧みな構成と、周到に吟味して配置された言葉によってもたらされた最高の驚きでした。
白無垢を着たおじさんにまつわる悲しいストーリーの出来が良ければ良いほど、人はその実在を疑わなくなるのかも知れませんね。信じたくなるような心を打つ話だったので、私も見に行っていたとしたら必ず騙されてた気がします。
逢坂 志紀さん
「僕は全然頼りにならないんだよ、ワトソン君」と小さなホームズが小さな声で言っています。だってすっかり騙されたままだったんです。笑

あの状況で見抜けていたら名探偵だったなぁと今でも思います。
海亀湾館長さん
面白かったと言ってもらえて嬉しいです。

『先入観はいとも容易くその人を支配する』実を言うと海亀湾館長さんのこの言葉を聞いて思い出した出来事でした。

悲劇で同情を誘い、狂気で近づくとことを遠ざけて今考えてもよくできた話だなぁと思います。
「私も見に行ってたとしたら必ず騙されていたと思います」の「必ず」に笑ってしまいました。
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