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小説箴言 6章

6章

さらに最悪なことが俺(龍)には待っていた。
いや、最悪を止めるために必要な最悪だったのかもしれないが。

年上のその彼女を仲間との集まりに連れて行った時のことだった。
久しぶりに会えて浮かれていたのだ。
女に飢えた男どもの前で優越感に浸っていた。
「おい、こいつらとも遊んだってくれや。ははは!」
冗談のつもりだった。
「おい、龍!ほんとか!いいんか?」
「おう、おう!なぁ?」
笑いながら振り返る。
「えー、フフ、いいよー」
彼女も笑っている。
その時は俺も笑っていた。

その数日後、彼女と仲間の一人が二人で歩いているところを見かけてしまった。
そして、彼女の一人暮らしの部屋に入っていくのを見てしまったのだ。

目の前が真っ暗になった。トボトボ歩いて帰った。
そして怒りが込み上げてきた。

走って彼女の家の前まで行ってインターホンを鳴らす。
何度も何度も鳴らす。
しかし出ない。
ドアをドンドンと叩いてもなんの音もない。
それでも必死に叩き続けた。
もがくように。何か、後ろから迫ってくる網から抜け出そうとするように、必死に叩き続けた。
夜になり、深夜になっても、眠らず、彼女の帰りを待ち続けた。

ついには朝になり、彼女は帰ってこなかった。
なにかがプツンと切れたような気がして、フラフラと歩き出した。

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朝、川のそばのベンチに座って蟻を見ていた。

僕(悟)は感心していたのだ。
なんて知恵があるんだ。
誰に指示されるわけでもなく、統率者がいるわけでもないのに、
食料にまっすぐに向かい、集め、冬を越すために確保する。

巻物の一節を思い出した。
『怠け者よ、いつまで寝ているのか。
 いつ目を覚まして起き上がるのか。
 少し眠り、少しまどろみ、少し腕を組んで、横になる。
 すると貧しさが、乏しさがふいにやってくる』

僕はあの子のために何ができるんだろう。
そんなことばかりを考えながら帰った。

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それからの俺は酷かった。
常にむしゃくしゃして、苛立って、街を歩き回っては弱いやつから金を巻き上げた。
あたりを見回し、ガンをつけてくるやつとは躊躇いなく喧嘩した。

そして終局は突然やってきたのだ。

差し入れてもらった聖書にこうある。
『主の憎むものが六つ、いや、忌み嫌うものが七つある。
 高ぶる目、偽りの舌、咎なき者の地を流す手、
 邪悪な計画をめぐらす心、悪へと急ぎ走る足、
 嘘の証言をする者、争いを引き起こす者だ』

よぉ、神様よ。
おれはあんたに嫌われてたのか。
憎まれてたのか。
だからあの時あんなで、今こんななのか。

頼むよ、嫌わないでくれよ。
救い出してくれよ。

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ある時、お父さんが言った。
「これだと思う人がいたら、その人から目を逸らすなよ」
そしてお母さんが言った。
「良い女はね、誠実さを見るのよ」

あの子を好きになってから、その命令と教えが心に張り付いていた。
それが僕を支えていた。
あの子と何にも近づけたりしていないけど、これで良いんだと思った。
好きなんだ。まっすぐに行こう。好きなんだ。

そんな時、僕を好きだという女の子が現れた。
そんなこと、今まで全くなかったのに。
人影のないところに呼び出されて、そこに友達と一緒に来た。
僕には好きな人がいるからと断ったがその日から、その子は積極的に身を寄せてきた。

魅力的な言葉を並べ、僕の体に触れ、美しい髪の匂いを漂わせた。

あの子が自分の相手であるかはわからないが、
この子が自分の相手でないことはわかった。

その夜、巻物にはこうあった。
『人は火を懐に入れると、その服は燃えないだろうか。
 人が熱い火を踏んだら、その足は焼けないだろうか。
 他の男の妻と寝るものはこれと同じだ』

僕は怖くなった。
本当に距離をとらなければ。
そしてどうなろうと、今は僕の心に従って、
あの子を思い続けること、あの子の幸せを祈り続けることが、

僕の光、命の道だ。



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