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「目的を見失ったマニュアル仕事」とあなたが避難所に拒まれる可能性

巨大台風であり首都圏上陸、その後、東北地方で進んでまだ被害を拡大している台風19号“ハギビス”の下、多くの報道の中で僕にヒヤリとするものを覚えさせた一つが「台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題」だった。

今回の台風19号に関しての自主避難所において、来た人には受付で避難者カードを書いてもらっていたが、その避難者カードには住所を記載する欄があった。住所が書けない人がいて(住所がない人)、現地の職員が対応がわからず(住所がない人にどう対応するのかのマニュアルなし)、災害本部に確認の連絡があり、災害本部として「住所がない人は受けられない」と回答したところ、現地職員がその回答をその人に伝え、その回答を聞いて、その人は帰ってしまった。

台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える(大西連) - 個人 - Yahoo!ニュース

事実関係は、上記のようなものだったという。

避難所は地域住民専用か

まずヒヤリとしたのは、避難所という場所は、例えば北区なら北区の人しか受け入れない場所なのだろうかという点だ。その認識がなかったので、僕は12日未明には次のようなツイートをしていた。

北区が自主避難場所を開設しています。駅周辺だと赤羽台西小かな。赤羽台あたりは洪水ハザードマップでもハザードエリアから外れているので、どうしても赤羽周辺にご用事という方は、記憶の片隅にでも入れといていただければ。(2019年10月12日1:06

そうであれば、僕は帰宅困難者に誤った案内をして、無知から危険にさらしたことになる。ただ、実際には北区はそうでなかったらしい。

東京23区のうち、13日に取材できた台東区以外の12区は、住所を理由に避難者を排除することはないと回答した。[...]北区には路上生活者が来たとの情報はないが「区外から来た方も受け入れた。区民かどうかで判断するような差別的な対応はしていない」(古平聡広報課長)。

路上生活者の避難拒否 自治体の意識の差が浮き彫りに 専門家「究極の差別だ」 | 毎日新聞

地域住民以外を拒む理由はあったか

そしてそのあと考えたことは、では台東区の判断に合理性はあったか、ということだった。倫理面では非難されるべき点があることは分かり切っている。ただそうするだけの理由があるなら、合理性に足を取られての判断ということもある。その場合、その「そうするだけの理由」を明らかにして解消しておかないと、いつかまた倫理的でない判断が繰り返されるかもしれない。ただ、僕には「不合理だ」という理由しか見つけられなかった。

例えば「ここは台東区だから区に納税している区民が優先だ」と考えたとする。それ以外の人を避難所に入れてしまえば、区民を収納しきれるキャパが確保できないかもしれない。でもそれだと、僕が考えたような区外から用事できた人、帰宅困難者が行き場を失う。用向き先は区内施設や区民の家庭だったりして、彼らは区民の友人や親類演者だったりするだろう。「区民優先、区外の人は入れない」という線引きはきっと区民にも理解されない。

それでは「住所不定者は受け入れられない」という判断はどうだろう。公共サービスは広く納税者のためのものではあるけど、納税の確認が取れない人は受け入れられない、という線引きは?これも合理的じゃない。それでもし区内で怪我をされたり亡くなられたりした時にそのケアはどうなるのか考えれば、より大きなコストになるとしか思えない。納税者の不利益であって、受け入れられるかどうか以前に「納税確認できない人は入れない」という線引きも「納税者のため」という主張がまず破綻している。

他になにか、ホームレスは入れないという判断につながる、合理性のある線引きとか優先順位を見つけられるだろうか?僕にはそれが見つけられないので、冒頭の事実関係に立ち返った時、「みんなが仕事の目的や大前提を考えず目の前のマニュアル仕事しかしなかった」ように思える。言い過ぎの面は明らかにあるだろう。でもそういう面がのぞいたということでもあるんじゃないか。

目的を見失ったマニュアル仕事

再度ヒヤリとしたのがこの「目的を見失ったマニュアル仕事」という可能性だった。台東区は、実際には帰宅困難者までは想定していたらしい。ただし、避難所を分けていて、区外の人には別の避難所を案内していたらしい。

――災害などにおいては、その区の住人のみならず他区に住んでいる「帰宅困難者」などの人も避難所に避難してくる可能性があると思うが、台東区の住民以外は受け入れられないのか
「帰宅困難者」には、専用の場所を用意していてそちらにご案内するという対応をとっていたが、住所がない方、ホームレスの人については想定がなかった。

台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える(大西連) - 個人 - Yahoo!ニュース

ちょっと想像してみてほしい。最寄りの避難所に行き、別の避難所に移動するように言われる。まだ明るく危険な風雨になるまで十分に時間があるときなら、まあ従う。でも別の避難所に向かうことが、相当に危険なタイミングでそう言われたら?

北区のように避難所を分けず、とにかくの最寄りの避難所が受け入れるのが一番安全だと思う。でも台東区のように避難先を分けキャパを事前に確実にしたいというのもそれなりに分かる。ただそうだとしても、避難所の受付者が入所を断るのは「安全に別の避難所にたどり着けると判断できたとき」だけにしてほしい。でもここでは実際に「安全にたどり着ける別の避難所を案内できない」のに入所が断られている。

あなたが避難所に拒まれるという可能性

繰り返すけど、あなたが最寄りの避難所に行って、もう風雨も河川氾濫も待ったなしのタイミングなのに「区外の方ですね、あちらの避難所に向かってください」と入所を断られることを想像してみてほしい。他でもない僕の身にだって、そういうことが起きるかもしれない。だから僕は怖いと思ったのだ。「目的を見失ったマニュアル仕事」では、突き詰めればそういうことだって起こると思う。

今回起きたことは、台東区にとって盲点を突かれた事態だったし、たぶんどこの自治体にも組織にも様々な盲点があったと思う。僕もしっかり確認しないまま帰宅困難者向けのツイートをして、盲点があったことに慌てた。ただ平時にはそれをすべてつぶしていく「リスクゼロの追求」もありうるけど、それでも有事には盲点、想定外、想定以上といったできごとがどうしても起きる。それに備えるのは「リスクベース」とか「レジリエンス」といった考え方だと思う。

「ホームレスの人については想定がなかった」「住所不定の人の避難所への避難という視点がなかった」(どちらも冒頭引用部と同じYahoo!ニュース記事より)という問題は、「マニュアルにまだまだ不備があった」だけでなく、盲点や想定外にどう対応するかという「リスクベース意識がまだまだ不足していた」という教訓になればいいと思う。盲点があったと思われるどこの自治体にとっても、組織にとってもそうだし、当然、盲点に慌てた僕にとってもそうだ。

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ヘッダ画像はNewtown grafittiの「KEEP OUT」。ライセンスはCC-BY 2.0。被災の大きさや事態の重さに対していささかコミカルすぎるが、あえてこれをヘッダ画像とする。

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