Book as a Service, サービスとしての電子書籍

※本と出版の未来を考えるメディア「マガジン航」にも掲載されています。

現在、多くの電子書籍事業は「半永久的な貸本」の体裁をとっています。でもこのサービスにも販売にもなりきれない形態が、多くの問題や不満を引き起こしている気がします。私は出版、書籍流通、書店のいずれにも属さずその領域の「モノを知らない」ただの読者ですが、私のフィールドであるクラウドコンピューティングの視点から、クラウドサービスの定義に沿った「Book as a Service」という考え方を提案してみます。

自転車操業に見える現在の電子書籍「業」

先月、TSUTAYA.com eBOOKsがサービスを終了すると発表しました。利用者の購入済タイトルはBookLiveが引継ぎ、引き継げないタイトルは購入金額分のT-Pointで補償するとのことです。これまでにも多くの電子書籍サービスが、サービス終了時にはポイント等での補償をしてきました。

でもなぜ補償するのでしょう?電子書籍事業が「電子書籍を売る(売り切り)もの」ではなく「アクセス権を提供するもの」だとしたら、物がなくなるのだからアクセス権が消失するのは当然です。サービスは全うしているはずです。結局のところ、利用者はもちろん事業者ですらも、約款で「サービス」とはしていても、実態として電子「本屋」と考えているのではないでしょうか?

そして事実上の返金(※1)だとしたら、サービス終了時には過去の売上を返金するのが通例化しつつある電子書籍事業というのは、根本的に収益事業として成り立たないのではないでしょうか?

■クラウドサービスへ向かう新しい電子書籍業

ある面から見れば、電子書籍事業というのは無意識にクラウドサービスを志向しているように思えます。いえ、自身がクラウドコンピューティングの雄であり、月額9.99$で読み放題のKindle Unlimitedを打ち出したAmazonは、はっきりとクラウドサービスを意識しているでしょう。

クラウドコンピューティング、クラウドサービスには、Web 2.0と同様に「こうでなければならない」という基準はありませんが、「こうしたものである」という共通認識はあります。Tim O'Reillyの「What is Web 2.0」のように、この共通認識のガイドとして広く参照されているのは、NIST(米国国立標準技術研究所)が発行した本文わずか3ページの「The NIST Definition of Cloud Computing」でしょう(※2)。和訳では、IPAが発行しているものが定番だと思われますが、以降では私の訳で引用します。

ここでは、コンピューティングリソース(CPU、メモリ、ディスク、ネットワーク)をクラウドで実現(クラウドコンピューティング)し、クラウドで提供(クラウドサービス)する形態を定義していますが、多くの部分はコンピュータリソース以外をのモノを提供するクラウドサービス、いわゆるXaaS(X as a Service)にも通底しています。むしろ、みんながあるサービスに「クラウドらしさ」を感じるのは、これらの特徴を満たしているときだと私は考えています。

そこで、クラウドサービスらしい、NISTによるクラウドコンピューティングの定義に沿った、Book as a Serviceというものをイメージしてみましょう。そこに、現在のものとは少し違った電子書籍業のアイデアが見えてくると思います。

■Book as a Service, クラウドサービスとしての電子書籍

NISTでは、クラウドコンピューティングを次のように説明しています。

クラウドコンピューティングモデルでは、コンピューティングリソース(NW、サーバ、ストレージ、アプリケーション、サービス)を構成でき、ネットワーク経由で、いつでも、どこからでも、簡単にアクセスできる。リソースは、最小限の利用手続きまたは提供者とのやりとりだけで、共用プールから速やかに割当て、提供される。

Book as a Serviceでは、つまり読書におけるリソースは、コンテンツです。サービスの利用者は、底から読むものを選択できる共用の提供可能なコンテンツの集積、つまりコンテンツライブラリに、どこからでも、簡便に、必要なときに、ネットワーク経由でアクセスできます。コンテンツ提供は、最小限の利用手続きまたはライブラリ事業者とのやり取りで、すぐにコンテンツへのアクセス権が割り当てられ、コンテンツが提供されます。

NISTによれば、これはクラウドコンピューティングの5つの特徴によって実現されます(※3)。

特徴1:オンデマンド・セルフサービス

コンピューターの処理能力(例えばサーバー稼働時間やネットワークストレージ)の割当ては、必要に応じて利用者側だけで実施できる。割当ては、サービス提供者との人対人のやりとりなしに、自動的に行われる。

Book as a Serviceでは、利用者はコンテンツの作成者や出版社と個別に契約しなくても、配信事業者との契約と支払いの範囲内だけで、それ以外には無条件で、コンテンツアクセス権を設定してコンテンツにアクセスできます。コンテンツの自動販売機だとイメージしてください。配信事業者は、出版社と結んだ配信上限数に引っかかるとか、システムの配信能力や帯域が不足するといったことで、利用者が「必要に応じて、自動的に」「一方的に」設定できないことがないようにしなければなりません。

特徴2:ネットワーク経由での幅広いアクセス

コンピューター処理能力はネットワーク経由で、標準的なアクセス方式(mechanism)で利用できる。このため、“重い”クライアント(例えばワークステーションやラップトップ)と“軽い”クライアント(例えば携帯電話やタブレットなど)の両方からの利用が促進される。

Book as a Serviceでは、コンテンツには、ネットワーク経由で、HTTPなどの標準的なアクセス方式やPDFなどの標準的な形式で利用できます。このため、PCなどとスマートデバイス(スマートフォンやタブレット)などの両方からの利用が促進されます。きっと標準的な方式と形式であるからこそ、音声読み上げデバイス、ウェアラブルデバイス(例えばOculus RiftのようなVR型HMD)といった活字を読むのとも異なる読書経験を提供するクライアントとアプリケーションも現れるでしょう。

特徴3:リソースの共用(Resource pooling)

クラウド提供者のコンピューターリソース(例えばストレージ、プロセッサ、メモリ、ネットワーク帯域など)群は、顧客の様々な物理/仮想リソース要求に応じて動的に割当て/再割当ができるように、プール化される。リソースは、ここから複数の利用者にマルチテナントモデルで提供される。

Book as a Serviceでは、読書リソースであるアクセス権数は、サービス事業者が利用者の読書要求に応じて動的に割当て/再割当ができます。つまり、ある読者が読み終えてアクセス権を返却したら、次の読者に割当てることができます。各事業者やトータルでのアクセス権の発行数は、著作権者(おそらくは出版社)がコントロールできるでしょうから、これは貸出数と販売数のバランスをとることができて彼らにもいいことでしょう。

特徴4:スピーディな拡張性(Rapid elasticity)

コンピューター処理能力は弾力的に割当て、開放される。迅速に要求されたサイズに拡張、縮小される。利用者からはしばしば、割当てできるコンピューター能力の調達には上限がなく、いつでもどんな量でも利用可能に見える。

Book as a Serviceでは、利用者は同時アクセス権数を必要に応じて、ほぼ上限なしに追加、あるいは返却できます。追加や返却要求は、即座に反映されます。これは、例えば企業が教育のため1週間だけ特定タイトルを新入社員数だけ調達するとか、夏休みの読書感想文のために学校図書館が2ヶ月だけ課題図書を全校生徒分用意するといったことを許します。

特徴5:サービスが計測可能であること(Measuredservice)

クラウドシステムは、サービス種別に応じた抽象度(例えばストレージ、プロセッサ、帯域、アクティブユーザーアカウント数)でのメータリング機能※を活用して、自動的にリソース量が管理、最適化される。利用サービスの提供者と利用者のどちらにも意識させることなく、リソース使用量はモニタされ、コントロールされ、レポートされ、割当てられる。

Book as a Serviceでは、利用量が適切な単位で常時計測されます。例えばアクセスした冊数やページ数や単語数、コンテンツを開いていた時間、人数などです。利用者がどれだけ使ったかは、利用者(契約者)にリアルタイムにレポートされ(例えば多分利用者画面でいつでも表示でき)、自動的にコントロールされ(例えば利用者が設定した利用料上限は超えないように)ます。Book as a Serviceでは、一般に料金はこうした利用量に応じて課金、ないし請求されます。

■貸本型Book as a Serviceという提案

私がこのことを考え始めたのは、現在の電子書籍が本質的に電子貸本サービスであり、アクセス権を提供するサービスであるならば、従量課金(Pay per use)で早く返却したら安く済むシステムでなければおかしいという、クラウドコンピューティング技術者としての違和感からでした。

AmazonのKindle Unlimitedはクラウドコンピューティングの定義ともよく合うクラウドサービスですが、月額課金で読み放題というバルク・サブスクリプションモデルです。現在の紙の書籍流通や関連事業とは隔たりが大きすぎて、すりあわせが難しい気がします。これとは別の形態、貸本型のBook as a Service事業も考えてみましょう。

このBook as a Serviceでは、書籍(コンテンツ)は書籍ごとに一定期間の貸し出しを行う形態です。正確に言えば、一定期間のアクセス権を有償提供します。例えば800円で紙版が販売される小説に対して、私はこんな課金額をイメージしています。

・貸出第一週目:300円
・二週目以降:100円/週

利用者は、読み終わるまでの期間だけ支払いをし、読み終わったら「返却」します。1ヶ月以内に読み終わるなら、貸本のほうが安く済みます。もしそれ以上かかるならば、電子書籍であれ「購入」した方がよくなります。

■Book as a Serviceと電子書籍販売、電子図書館

そう、貸本型Book as a Serviceモデルは、電子書籍販売と共存します。第一に、従量課金だから、利用量(=利用期間)が多い時は購入動機が発生します。第二に、「特徴3:リソースの共用」で触れたように、出版社は世の中で同時に読まれる電子貸本数をコントロールできます。早く読みたい新刊は、やはり購入するのです。そしてもちろん、いつでも、いつまでもその本を読めるようにしておきたい「購買層」は、これまでどおり最初から電子書籍販売を求めるでしょう。

また読み放題型と違い、貸本型Book as a Serviceでは、コンテンツ単位の従量課金だから利用額が販売金額を超えることがあります。もちろん初読時に、上の例であれば1ヶ月を超過する人はいないでしょうが、再読でさらに100円、再々読でさらに100円、同じ人が同じコンテンツを借りなおす可能性があります。読者にとっても、実のところその間の持つ負担と持たない不安(再読できない不安)を両方解消できるモデルは、メリットがなくもありません。

バルクではないから執筆者にも増益機会になります。販売促進ならぬ再読促進には作品の質や、新刊・続刊発行が効きますから、販売数で執筆者のモチベーションを維持してきた「プロダクションとしての出版社」にとっても、この形態はひとつ障壁を取り除いてくれるでしょう。

貸本型Book as a Serviceモデルは、電子図書館との共存にもひとつの道を開くと思います。図書館の使命は本来、書店に勝る利便性ではなく、知識へのアクセス権を万人に提供することです。出版社は付与するアクセス権数を、図書館に対してもコントロールできます。その上で、連続貸出期間などを協議する、例えば1週間に限ることもできるでしょう。

電子図書館、貸本型Book as a Service、電子書籍販売の三者で、それぞれの目的や使命に応じた利便性のギャップ、利用動機を設けられるのです。そしてそのためのシステムは、例えばDRMで考えるならば(1)貸出用のDRMありの電子書籍と販売用のDRMなしの電子書籍を用意し、(2)ダウンロードとDRM更新時にアクセス権の有無を確認するといった、同じシステムで3者が回るでしょう。

少し瑣末なことをいえば、この形態は現在の「電子書籍サービス終了時には返金」という通例も解消します。貸本型Book as a Serviceでは貸出期間は有限ですからそれ以降は返金する筋が発生しないですし、電子書籍販売は「いつまでも読める」「デバイスに依存しない」「標準的な形式の」ファイルを提供すれば無期限という責任を果たしています。

■まとめ

現在の電子書籍にまつわる多くの問題や不満、少なくとも私の目に見える範囲のものには、現在のサービスでも販売(売切り)でもない電子書籍事業形態がある程度影響しているのではないかと思います。電子書籍貸出を、クラウドサービスとして捉えなおしたBook as a Serviceは、これらの問題にあるコンフリクトを、うまく回避できる可能性を感じます。

私は出版、書籍流通、書店のいずれにも属さず、どういった制約が現状につながっているのかを知りません。したがって、この提案はジャスト・アイデアの域を超えるものではありません。ですが、クラウド・コンピューティング技術者から見ると、こう見えるという視点の提供として、ここにまとめておきます。

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写真はMaria Elenaによる「Ebook entre libros de papel」。ライセンスはCreative Commonsのby。もし「Creative Commonsって何?」と思ってもらえたなら、こちらのノートをお勧めします。

※1 実際には現金で返すのとポイントで返すのでは、返金する側にとっても大きく違うが、ここでは踏み込まない。

※2 NISTはこの他に、各80ページ前後の「SP800-144 Guidelines on Security and Privacy in Public Cloud Computing」と「SP800-146 Cloud Computing Synopsis and Recommendations」を発行している。本文は私の及ぶ範囲でこれらも参考に書いている。

※3 実際には、5つの特徴と、3つのサービスモデル(SaaS、PaaS、IaaS)、4つの実装モデル(パブリッククラウド、プライベートクラウド、コミュニティクラウド、ハイブリッドクラウド)によって構成されるとしている。電子書籍事業は基本的にSaaS、パブリッククラウドだと思われるので省いた。事業者自身と電子図書館ではパブリッククラウドかプライベートクラウドかといった実装モデルの検討が役立つし、凸版印刷や大日本印刷のような彼らを支える事業者では、彼らを支えるPaaSやIaaSの検討が有用だと思う。

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塚本 牧生

雑記帳

コメント9件

もっとも、DRMの話は本筋に関係なく、そこ抜きで成立してたエントリで、それを入れちゃったのは「俺はDRMなしの電子書籍を永年保有したいんだよ!」という僕の願望ゆえなのですがw
デジタル著作権管理の概念が問題なのではなくて、その実装のしかたが問題なんじゃないのかな。個々の電子書籍サービス業者による読書ガードだからその会社がつぶれたら困ることになるんだろうけど、個々の電子書籍サービス業者に依存しない独立なDRMならいいんじゃないのかなぁ。個人認証にもとづく(その個人またはその代理人に限られた永久的な)アクセス制限とか。
その方向には可能性を感じます。実は数年前のDRM活用を軸にした「i読」というサービスにも、出版社と流通業者がつぶれても読み続けられる可能性を感じたのですが、なんだか今どうなっているのやら...。
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111021_485379.html
i読というのは知りませんでした。いまもあるにはあるみたいですね。 http://www.idoc.co.jp/company/enkaku.html DRMの提供主体としては、たとえばEBPAJみたいなところがしっかり運営できるなら個別の出版社がつぶれても大丈夫そうだけど……、業界団体よりもむしろ、フリーソフトウェアみたいに『読者の自由財団(Free Readers Foundation)』みたいなのが現れてくれたほうがおもしろそう。
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