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企業がワープロ専用機と共に古びないために

さっき、なんの脈絡もなくワープロのことを思い出した。WindowsやMac OS X上で動くWordなどのソフトではなく、「書院」「ルポ」などのワープロ専用機というやつだ。仕事の道具はそう簡単に変わらないなんて言うけれど、パーソナルユースなんてほとんどない、そしてあれだけ隆盛を誇っていた仕事道具であるワープロ専用機はいまでは見ない。

僕のプライベートな連絡はFacebook Messengerのようなメッセージ系の割合がそろそろメールより多くなってきた。人によってまだまだメールと言ったり、SMS(ガラケー以来のショートメッセージ)の頃からそうだという人もいるだろう。僕から連絡する場合でも、この人にはメールで、と相手によって変えたりはする。だから今のところはまだ、割合のレベルでしかない。

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割合というのはとても大切で、業務通信手段としてはメールはここにでっかい優位がある。ソフトバンクの孫正義氏は社内全員にiPadを配るに際し、「ほぼ(全員が)持っているのと、100%ではまったく異なる。ビジネスとしてのプラットフォームが変わる」と語ったという。そうなるまで、仕事の道具はメールであり続けるのかもしれない。

ただ、先日の記事ウェブマガジン航に掲載されるにあたって、打診はFacebook Messengerでいただき、内容確認、ゲラ(PDF)確認まで、Messengerで行った。事後の掲載料の話も、MessengerとMisocaでほとんど済ませられた。メッセージ系が、履歴とファイル(写真以外も)添付を備えたのは、ビジネス利用にとってティッピング・ポイントと呼ばれるような劇的瞬間を迎える条件は整ったのではと感じた。

ティッピング・ポイントは爆発的に普及し始める瞬間のことだから、100%よりずっと手前にある。そういえば、電子書籍の話をしてた時に、所有感、蔵書感が薄いという方がいて、僕自身はそうでもなくなっていることに気がついた。いつからか分からないのだけど、本棚にある本よりもフォルダに入っている電子書籍が多くなった頃、気軽に小説か漫画を読み返したいと思った時に、本棚の前に行かずフォルダから電子書籍を取り出すようになった頃かも知れない。

新しいテクノロジは、それが浸透し始めるとき、案外とライフスタイルやワークスタイルを変えないことも多い。今までのスタイルで生活や仕事ができ、そこにチョイ足しやチョイ楽があることで使われ始めたりする。

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僕ら(僕と周りの人)がメッセンジャーを使うのは、電話とは違う非同期なお手紙モデルのままでコミュニケーションに使え、すぐに返事があればそのまま双方向リアルタイムコミュニケーションもできるからだ。お手紙モデルの最速お手軽コミュニケーション手段。メールのチョイ足し兼チョイ楽モデル。

「今日のITはコンシューマーからエンタープライズへ広がる」と言われる理由をここにも見つけられる。仕事の道具は、少なくとも関係者がいっせいに切り替えられないと今までのスタイルが保てない。小さなグループ単位で導入するとしても、その範囲でのビッグバンモデルになっちゃう。それよりはみんながカジュアルに、インフォーマルに使い始めるのを見守り、浸透したらフォーマルな業務でも使えばいい。それなら滑らかに移行できる。

企業にとってのITには、大きく二面ある。その企業のビジネスの仕組み、いわゆる「ビジネスロジック」をプログラムに落とし込んで、それを最大限まわすための計画と分析を行う計算の仕組み。もうひとつは従業員が日々の作業とその流れ、いわゆる「ワークスタイル」を主となり従となり汎用品となって支えるワークフローとPIMの道具立て。

「コンシューマーからエンタープライズへ」と言っても、ビジネスロジック側ではあまりそれは起こらない。でもワークスタイル側は、まず最近ではコンシューマーの世界がエンタープライズより使いやすさで先行しているし、コンシューマーでの浸透し始めたものをそのまま(例えばBYODで)使い始めるほうが導入プロセスが滑らかだ。

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いま、ワークスタイル変革の号令がかかっている企業は多いだろう。「ITを活用したワークスタイル変革」と言い切っているところも多いはずだ。それは当然で、ビジネスロジックではなくワークスタイルを変革するということは、就業の場所と時間、そしてコミュニケーションを変えるということで、時間と場所とコミュニケーションの制約に「通信」以上に効くものなんてそんなにないから。

でも「ITを活用したワークスタイル変革」って何をすることだろう?ここまで考えてくると、それはまったく新しいものを開発することでも、全員が使っている状態になったものの業務利用を認めることでもない気がしてくる。それは、従業員や世の中のライフスタイル変化に注目し、そこに関わってるテクノロジを特定し、ワークスタイルにチョイ足しやチョイ楽をもたらすか判断し、ティッピングポイントが来た時のアクション計画を作っておくことじゃないかと思う。あらかじめ評価しておいたりすると、実際には消えていくテクノロジも多くて労力がもったいないし、ティッピングポイントを超えてからあわてて考えるのではちょっと後手後手感がある。

具体例を挙げよう。最初にメッセージ系をここでは挙げたけれど、Dropboxのようなクラウドストレージも入るだろう。IT系企業であれば、コードはレポジトリに、ドキュメントやプレゼンテーションをslideshareなどに、自社サイト(オウンドメディア)ではなく共有サイトで公開に登録することも珍しくなくなってきてると思う。あるいは、SNSそのものの業務利用は一部を除いて下火だけど、名刺の代わりURL(FacebookやLinkedinのオンラインプロフィール等)を交換することは浸透してきた。

企業の「ITによるワークスタイル変革」とは、例えばこうしたライフスタイルにチョイ足し、チョイ楽してきているメッセージング、クラウドストレージ、共有サイト、SNSにどんな姿勢をとるかと言うことが一つの要点だろうと言うことだ。利用を禁止しているだろうか?黙認しているだろうか?個別に禁止や許諾する代わりに、基本的な心構えや利用ポリシーを提供しているだろうか?公認、と言うより手放しで放任しているだろうか?

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たぶん、企業はワークスタイルを変革しなければならない。より柔軟なワークスタイルを初めから採用している新興企業や、それを取り込む先進企業と戦わなければならないからだ。たぶん、企業はガバナンスを効かせなければならない。なぜなら従業員のミスは企業が責任を取ることになるからだ。あとそれ以上に、従業員が守って来た責任の蓄積は、企業が「信頼してもらえる」という資産で、大切に守り使い続ける武器だからだ。

では企業はライフスタイルを変え始めているテクノロジに対して、ティッピングポイント前、ティッピングポイント後、「100%」到達後のどのタイミングでどう動くべきだろう?先進的を超えてあまりに開放的なら従業員の頭数だけセキュリティホールを抱えることになるけど、あまりに保守的なら、いつもティッピングポントを超えたテクノロジと柔軟なワークスタイルを取り入れた他社に追い回され続けることになる。

コンシューマテクノロジを利用禁止しているあるIT企業での話だ。社内で「取引先サイトのログイン情報が分からなくなった」という質問が出たが、ログインフォームの下によくある「パスワードが分からなくなった方はこちら」リンクを案内したら解決したという。コンシューマーテクノロジはしばしばDIYテクノロジなのだけど、最近はエンタープライズテクノロジもそうなりつつある。この企業は保守的になり過ぎて、DIY化するテクノロジへの慣れ、少し大仰に言えばITリテラシに弊害が出てきたのではと思えてしまう。

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最後に、コンシューマーテクロノジーの活用や導入と言うことを考えるとき、いつも議題になる点をいくつかの質問の形で挙げてみる。何かのヒントにでもなれば幸いです。

(1)IT導入は一律同じ考え方で検討していますか?ビジネスロジックのITとワークスタイルのITを切り分けて検討することは、可能でしょうか?

(2)「ITはコンシューマからエンタープライズへ広がる」と言われます。これを「新興企業やIT企業には当てはまる、大企業には当てはまらない」と捉えていますか?「ワークスタイルのITには当てはまる、ビジネスロジックのITには当てはまらない」と捉えなおした場合、自社に接点が生まれますか?

(3)従業員のワークスタイルの変化をウォッチしていますか?それは「監視」と「傾聴」のどちらのスタンスですか?そこにあるのは不正な持込だけど、同時にこうしたワークスタイルのチョイ足し、チョイ楽がほしいと言う要望だし検証済みのアイデアだから、導入できればもっともストレートに感謝されそうです。

(4)ビジネスロジックのIT導入とワークスタイルのIT導入は、評価基準は同じでしょうか?別の評価基準を設けることはできますか?前者はビジネスインパクトで、後者は利用者満足度で評価するのがよさそうです。導入後より活動前に主張する、できれば計画時や期初の目標設定時にKPIとして挙げるのが効果的だと思います。

(5)ITセキュリティの境目は社内と社外の境目(アクセスポイントの位置、イントラネットかインターネットか、オンプレミスかクラウドか)でしょうか?ビジネスロジックのITとワークスタイルのITの間に移せないでしょうか?ワークスタイルのITは、防衛ラインが社内と社外の境目だと「持つIT」になりがちですが、もしビジネスロジックとワークフローの境目まで下げられれば、パブリッククラウドを安全に留意して利用することを含む「持たないIT」も選択肢に入れやすくなります。

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なお、この文章は私の個人的な意見です。所属組織そのほかとは一切関わりはありません。

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写真はnicoleleecによる「typewriter」。ライセンスはCreative Commonsのby。もし「Creative Commonsって何?」と思ってもらえたなら、こちらのノートをお勧めします。

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