テレビブロス書評『地球星人』公開。

6月号のテレビブロス「ブロスの本棚」にて、村田沙耶香さん著「地球星人」の書評を寄稿させていただきました。そちらの全文を載せたいと思います。許可を下さったテレビブロスさんに大感謝ですし、こうして不定期ながらちょこちょこ文章を書く仕事をいただけるのは自分の性分にも合っているのでありがたい限りです。機会があったら普段書いているコントのように、セリフやト書きを使ってオススメの本や映画を紹介する、みたいなこともやってみたいなぁ……うまくいくのかは分かりませんが。そして何より、取り上げさせていただいた村田沙耶香さんの本が素晴らしいので、以下を読んで気になった方は是非、村田さんの作品に触れてみて下さいね。初めての方は「コンビニ人間」からが読みやすいかと思います。


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テレビブロス「ブロスの本棚」寄稿文

書評 地球星人/村田沙耶香

本作は、「自分は魔法少女であり、ポハピピンポボピア星の魔法警察からやってきたぬいぐるみ・ピュートと共に悪い奴をやっつけている」という少女・奈月と、「僕はもしかしたら宇宙人かもしれない」といういとこの少年・由宇の恋物語から始まります。そうです、入り口はほぼ「絵本」のような味わいです。しかし「そういう感じか」と思って読み進めていると、「あぁナマ言ってすみませんでした」とうなだれることになります。少女を取り巻く環境は複雑であり、奈月は逃げ込むような形で自分の空想世界を膨らませ、「消える魔法」や「拳を握りしめて手の中に暗闇を作って耐える魔法」を使って日々を凌いでいるのです。世界を巨大な「人間工場」だと考え、対峙しつつも、「道具」として有能な存在にならなければならないと生きる奈月。そんな彼女を追っているうちに、我々はとんでもないところまで連れて行かれることになります。

「笑いと恐怖は表裏一体だ」なんて言葉の起源がどこにあるかは分かりませんが、僕がアルバイトをしていたお化け屋敷のオーナーもよくおっしゃっていました。「恐怖を与えるまでの空間作り(フリ)があって、そこの『出口』を『恐怖』で設定するのか、それとも「笑い」に昇華させるのか、そのくらいの差しかないんだよ」と、養成所に通うことなく芸人の世界へ飛び込んだ僕に、まるで講師のように教えてくれました。僕は、本作の凄み、そして作者である村田沙耶香さんの凄みもここにあると思います。

おそらく、本作を読んだ多くの人が感じるのは、物語の進度と共に加速していく「未体験の異常性」です。優しい文体ながら、少しずつ地球よりもポハピピンポボピア星の常識感覚に寄っていく本作は、我々のバランス感覚を狂わせ、心の片隅にモヤっとした「不安感」を漂わせます。ここまでが言わば「フリ」であり、村田さんはこの「フリ」を使って、不安を抱えた我々を突然「異常サイドの常識」みたいな「出口」に案内し、驚かしたり笑わせたりするのです。そして、その本質がなんなのか掴みきる前にさらなる「出口」に案内していくという、それはまるでビクビクしながら進んできたお化け屋敷で「出口はこちらになりまーす」と案内されたのに、「嘘でしたー!」と言われてバケモノが後ろから襲ってくる、みたいな仕掛けの連続で、稲川淳二さんの「なんだかヤだなぁ〜」に誘われてつい「なんだかヤかもなぁ〜」と共感していると、急に「雨がザーー!!」って言われてビックリしちゃう、にも似た原理で、そのようにして張り巡らせたいくつもの「フリ」と小さな「出口」を通過するたびに、我々は驚きと笑いを経験し、どんどん本作が好きになっていくのです。

あともう一つ。「出口」の看板には、ある注意書きが書いてあるように思います。それは、貪欲に没入しようとする読者に対して、「あぁいいですいいです、そこまでこっち来なくて。程よい距離感で、白線の内側まで下がってお読み下さい」と促しているような気がしてならないのです。異常さが極まってこちらが笑うしかない、みたいなツボの押し方が抜群によくて、ついウットリしてしまうのですが、そのたびにふと、自分は末端ながら「地球星人」であることを確認し、前のめりだったその姿勢は正されていたように思います。そして、そんな具合に感情を弄ばれていたら、あっという間に「とんでも世界」に立たされていたのです。どうしてここに着いたのか分からない、言いようのない狂った世界なんだけど、楽しんでここまで来たし、どこか納得している自分もいる…道すがら何度も調教された読者はみんな、なぜか腑に落ちた状態で異常の極地であるラストを受け入れてしまうのです。


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