手帳類図書室のススメ

一年ほど前から、『手帳類図書室』にちょくちょくお邪魔しています。こちらには、使わなくなった手帳が数多く寄贈されており、閲覧できるようになっています。

数年前に寄贈された手帳の中に、自分が使っているものと近い手帳があり、手に取ってみると、その書き手は大学4年生の女の子でした。就活も終え、晴れて春から社会人デビューが決まった彼女の手帳はやる気に満ち溢れており、その始まりには、[一月一日、今年の目標!]の太文字、そして「社会人としてのマナーや語学を学ぶこと」、「夏休みには学生の仲間と旅行へ行くこと」、さらには「○○くんと付き合うために努力すること」等々、デイリータイプの一ページにびっしり書き込まれていました。

普段触れることのない、対世間に向けて書かれていない文章と肉筆のナマ感は、なかなか体験できるものではありません。丸みを帯びた彼女の文字からは、意識の高さと共に、新年を迎えた高揚感が感じ取れます。

さらにページをめくると、こう書いてありました。

[一月二日、教養]「イスラム教について」

自分が想像していた数倍、意識が高いことを思い知らされました。ド正月に異文化を学習する勇ましさ。こちらが見逃したテレビを観てダラついている間にも、彼女はイスラムの厳粛さについて学んでいるのです。

さらに日記は続き、日々の雑多な事柄から、その日学んだ教訓など、毎ページ書かれていたのですが、彼女もやっぱり人間です。日ごとに文字数は少なくなり、一日置き、二日置きに白紙のページが混ざるようになりました。

ハイ、僕が好きなのはここなんです。

【普通の読み物じゃあり得ない余白】

ここがいいんです。これが醍醐味。記載されていない行間を読むのがとにかく楽しいんです。

スケジュール欄と照らし合わせ、「確かにこの日は忙しいはずだから書けなくて仕方ないよね」とか、「この日は高校時代の友達と飲みに行ってるから、積もる話をお互いにぶつけ合った熱い夜を過ごしていたわけね、なら白紙でオッケーオッケー」とかいって、勝手な想像で行間を埋めながら、深く頷くんです。彼女の毎日を応援する気持ちで余白を読み込み、想いを馳せながら勝手に合点をいかせて、そしてまた勝手に深く頷くんです。この勝手過ぎる作業がたまらないわけです。

「さあ四月、いよいよ社会人編だぞぉ」なんてワクワクしながらページをめくっていくと、彼女が『会社で馴染めるかどうか不安だなぁ』と。

「まあねぇ、新しい環境だしねー。でも最初はみんなそうだから大丈夫だよ〜」

まるで長電話してる女友達くらいの距離感で読み進める私。

しばらく余白が続く手帳。

「まあまあね、日記をつける余裕もない時期なのかな?しょうがないしょうがない、でも体調だけは気をつけて、無理せず頑張ってほしいかなぁ」

気持ちはさながら我が子の上京を見守る親目線。健康第一、無理せず元気でいてほしい。脳内では、さだまさしさんの案山子が流れています。

同僚の紹介や新人としての心得がいくつか続き、そして5月…。

彼女の手帳は、突然終わりを迎えます。

それはゴールデンウィーク明け。
とても短い一文でした。

「私は果たしてこのままでいいのだろうか」

めくってもめくっても、そのあとは真っ白。

嘘だろ。

心臓がバクバクして、クラクラしました。なんならちょっと泣けました。

半年を持たずして、真っ白になった彼女の手帳。

でもきっと、日記を寄贈しようとしたということは前向きに切り替わっているはずで、手帳をつける間もない慌ただしい日々を送っているはずで、またどこかでイスラムでもヒンドゥーでも学んでいるはずで、会社だって馴染めたか、もしくは辞めたとしても健やかに暮らしているはずで、とにかく幸せに暮らしているはずで…身勝手な読者はそう思っております。

真っ白の六月から十二月は何にも代え難いほど恐ろしかったです。

と、ここまで読み込む必要はないですが、のめり込んじゃうくらいリアルな読み物としての手帳が山ほどある手帳類図書室は最高ですよ。

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