女子中学生の匂い

19時、買い物帰りに見上げたまるい月がうっすら赤い。
「ストロベリームーンてやつかな」
つぶやいてみたけれど、単語の意味はあやふや。

お風呂の中で調べる。6月の満月を指す言葉らしい。
4月の満月の呼び名は、ピンクムーン。
ただ、どちらも月が赤く見えるわけではないみたい。ピンクやストロベリーの呼び名は、色調ではなく、その時期に咲く花や実る果実に由来するのだとか。

じゃあ、私が見た赤っぽさは一体なんだったんだろう。
私の目に映った月にはうっすら赤みがかっていたとは思うけれど、「赤いわけじゃない」と説明されれば、「そうだったかもしれないなぁ」と逆らわずに受け入れてしまいそう。
だけど......。
赤く見えたのは、私の目の錯覚だったのだろうか。私が見たときだけ、なんとなく本当に赤っぽかったとか(それは他の誰かの目で見ても同じように赤く見えたのではないか、という意味で)。いや、もともと月は、あのくらい赤かったのかもしれない。または、左のまぶたにできたアザがずっと治らないことと関係しているかも。それとも、この夜に特別な何かを期待する気持ちが、月を赤く見せたとか。

4月7日の夜に「緊急事態宣言」が出された。
一夜明けての今日、私は女子中学生を探していた。とにかく女子中学生の匂いがかぎたくて仕方がなかった。
女子中学生がまとっていそうな香りが急に、ひたすらに、ただ無性に、恋しくなった。

具体的には、ボディファンタジーのシリーズ、キャンメイクのフレグランス。
ストロベリーシロップやピーチキャンディーをそのまま化粧品にしたみたいな、可愛くて幼くてなつかしい香り。

欲望は強かったけれど、緊急事態宣言も出されていることだからウロチョロ外を探し回るわけにもいかない。
日用品を買うついでに近所の薬局の棚を見たけれど、残念ながらそこには大人の女の人の匂いのする化粧品や大人の男の匂いを消す薬品ばかり陳列されていた。

それでも諦めきれない女子中学生。どこかに過去の買い置きがないかと部屋をあさっていたら、引き出しの奥でピンク色の容器を見つける。ボディファンタジーのコットンキャンディー。「甘い綿菓子にちょっぴりイチゴをプラスした懐かしい香り」。

お風呂のなかで満月のことを調べていたら、手首につけた女子中学生の匂いは湯気に消えた。
新しいどうでもいい知識を増やして、LINEして、パズルゲームして、SNSで好きな人をミュートした。

緊急事態宣言が出されて、みんなが同じことを話題にして、落ち込んでいる人がいれば元気付けようとする人がいて、赤い月も登って、なんだか幸福でも恵まれてもいないのに特別な雰囲気があって、うっかりすると、まるで私たちはひとつ、という安っぽい心地よさにさえ浸れた夜が、その人の日常に邪魔された。

私の知らない人たちと、関われない環境と、手の届かないポジションで、その人はきっとこの非日常から、またその人の日常にどこかでつながる。

いつかまた未来がやってくるんだ。それを予感したら、綿菓子がとけて、手にベタベタくっついてとれないみたいに、見ないようにした人のことが頭から離れなくなってしまった。

お風呂を出たら爪を切って、夕飯のときに残した赤ワインを飲んで寝る。


サポ希望