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Subjects Engine (3)

ガラクタ屋の店主は今日二箱目のタバコの箱の封を切りながら、残りのタバコの本数の事を思って頭を抱えた。切れた後と、切れる寸前のどうしようもないイライラの事を思って頭を抱えた。隠されたタバコが整然と詰められた真鍮の箱は鈍い色をしながら店主の焦りと悲しみの混じった視線を受け流していた。まだ隙間ないくらい、色とりどりのでデザインされた箱がひしめいていた。これだけの数があるのを見ても落ち着きを保つことができないのだから、喫煙行為が社会悪として時間を経るごとに排除されたのも納得できる。今では一箱が高い利益をもたらす極めて高価な嗜好品である。買う人間も極端に減っているし、タバコの出てくる映画なんかも上映が控えられているから、先細りである。だからといって商品に手を出して吸い続けて言い訳はないのだが。
先日古い玩具を幾つか買っていった少年が今日も入り口から忍び足で入ってくるのを見かけた店主は、明けたばかりの箱から抜き出した一本を口にくわえて箱を引き出しに押し込んだ。いつもは端の方にひしめく細かなガラクタや、大昔のソフトウェアが封入された記録媒体を物珍しそうに物色する少年は、今日は真っ直ぐに店主の方にやってきた。少年と同じ学校には、何人かこの店の常連がいる。彼らはお互いに友達ではなく、恐らく知り合いですらない店で顔を合わせても、お互いが同じ校舎で学ぶものだという認識はまるでしていないだろう。時代が降ろうとも、古いものに意味もなく惹かれ、何か現実からの出口を見出そうとする少年たち、あるいは少女たちがいるのだ。店主は一度はくわえたタバコに火を付けずに脇によけた。
「この前の玩具」
茶色い目の少年は言った。色素の薄い髪は短く切りそろえられ。白い肌が薄暗さの中目立っていた。店主は数字を入れると記号の吐き出される装置のことを思い出した。古いプログラムの封入された媒体だ。
「どうかしたかね?」
「あれに似たものは、まだありますか?」
店主は目を細めて少し考えた。それから小さく横に首を振った。
「ああいう単純なプログラムは多分ないね。多分アレも、玩具じゃなく、何か別の用途があったものだろうね。アレをここに持ち込んだ人は、そうだな。確か相当年のいった老人だった」
「あれは、多分玩具じゃなくて、もっと何か、大事な物だったんです」
「そうですか。てっきり、数をアルファベットに変換するだけの、何かの実験器具かと思っていました」
「あれに入っていたソフトと同じようなものが、世の中に色々と存在していたんです。今でも、一部の人が同じ機能を使っているみたいで。かなり離れたところで使っているみたいだから、使っている人に会うことはできないですけど」
店主は老人のことを思い出していた。心の集積所に積まれ続けている言葉のチリの山を漁り、買い取ったものに込められら意味を拾い上げ、少年が小銭と引き換えに買っていった玩具のガラクタにあるかもしれない価値を拾い上げようとする。
「お祝いの品でも思い出の品でもなく、アレは一つの、伝統の品だ。確かに。アレは玩具じゃない。でも、多分大したものでもない」
「僕の中にも。止められているけれど、あれと同じソフトが」
「ほう」
店主は目を丸くして言った。そしてもう一度、老人の言葉を思い出そうとした。
『言葉であり、シンボル、私もその意味は、ハッキリとは知らない。これをくれた私の祖父も、意味をちゃんとは知らなかったみたいだ。もっと前、祖父の祖父の時代には、何か意味があったそうだ。分かる人には分かり、わからない人には分からない。これの意味が分かる人は、皇帝がいた時代を知っているそうだ。時間と血筋の紡いだ物語を信じる心が備わっている人だそうだ』
『高値では買い取れませんが、お売りになるということでいいのですか?』
『私にもわからんから、死ぬ前に売ってしまうことにするよ』
十年経っても書い手はつかず、店主は在庫の整理ついでに二束三文で売ってしまうことにしたのだった。
「君の中のソフトウェアはどうして止まっているんだ?」
「知らない、でも、多分両親が」
「不要だから止めたんだろうね。そんなに節約になるとは思えないが、計算リソースはもっと勉強か何かに使う方がいい」
「それと」
「それと?」
「たまに、僕の中のこれが反応するかどうか、外から確かめようとするやつがいたみたいだ」
「ほう」
「目的は分からない。でも、きっと気味が悪くなって止めたんじゃないかな。でも多分、深い意味はないよ」
「皇帝がいた時代、って分かるかい?」
「コウテイ?」
「そうだ。まあ、知らないならいい。長い時間と血筋の物語だ。気になるなら、図書館で聞くといい」
「今度、聞いてみるよ」
「そうするといい」
「今日はどうも、それじゃ」
店主は手を振って、置いていた一度はくわえたタバコを口にして火を付けた。少年がひょこりと戻ってきたのを見て、彼は恨めしそうな目をしながらタバコから口を離した。
「それと」
「どうした」
「もしかしたらあの玩具は、きれいな月とか鳥を見せてくれるのかもしれない。そんなことを、売った人は言っていなかった?僕はそれで、一昨日は綺麗な月と、長いくちばしの鳥を見たんだ。羽が太陽みたいに、綺麗だった。もしかしたらおじさんも、飛んでいるのを見たかもしれないけれど」
店主は少し考えて、首を振って、タバコ小さく吸い込んだ。
「いや、そんなことは、言っていなかったね」
「そう。分かった。邪魔してごめん」
今度こそ少年は狭い入り口に身を入れて、外の光の方へと去っていった。小さく伸びた陰が遠くに行ったのを見てから、店主はまた一つタバコを吸った。
壁にかけられた古臭いカレンダーを見る。
月の予報が書かれている。それによると一昨日は新月だ。
確かに、帰り道は暗かった。
月を表す5と、日を表す3。
自分たちはいつまでこんなカレンダーを使い続けるのだろう?
彼は思った。彼の集めたガラクタ達が、遠い未来に骨董として売られる未来を思った。そして、なぜだか切なくなって、タバコの煙を小さく吐いてから、目元を拭った。

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