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きょうのうた[花/藤井風]

「今年の冬はどこで冬眠するの?」
「そうねぇ。どこがいいかしら…」
冬眠の寝床の場所など、誰が言うのだろうか。白うさぎは、白ねずみを蔑んだ目で見返し、口を濁した。

今年も北風が吹き始めていた。
この季節は、北風が渡り鳥のようにこの森に住み家を間借りし、休息をする。
この北風という奴はなんとも厄介な性格で、自分が少しでも嫌と思った者は、すぐさま吹き飛ばしたり、凍らせたりしてしまうのだ。
だから誰も彼に近づくことはできない。嫌われているのだ。
しかしこの時期は、森のみんなは冬眠しているから、あまり気にしていなかった。暖かい土の中でしばらく眠っていれば、やがて春風がやって来て、北風を追い払ってくれると知っている。
彼がどのような姿をしているのか、誰も見たことはなかった。

ある日、白うさぎは冬眠するために必要な食料を食べようと、森のはじまりへ出かけることにした。

この時期にしては北風が吹き荒れていた。

「俺に近寄るな!吹き飛ばしてやる!」
北風はそう言って、身を寄せ合って小川の水を飲んでいたやまねの親子を、向こう岸まで吹き飛ばしてしまった。小川の一部も、みしみしと音を立てながら凍りついた。
「俺に毒針を向けるな!吹き飛ばすぞ!」
まだ残っていたやわらかな花びらに包まれて、誰にも気づかれないようにお昼寝をしていた蜜蜂は、あっけなく枯れ草の彼方へ飛ばされてしまった。花にはじんわりと霜が降りた。

白うさぎは厄介な北風に見つからないように、うまく木陰に隠れながら、落ちた木の実をひっそりと食べていた。
「酷いことするのね。」
白うさぎは、ひんやりとした足元に咲いていた花に目をとめた。
その花はこまやかな霜でつつまれ、まるで白うさぎのふわふわとした毛並みのようだった。

次の日、ちょうど冬眠するのに良さそうな寝床の土を、こまごまと掘り返していた白ねずみに、白うさぎは話しかけた。
「わたし、北風と話してみたいわ。」
「何を言ってるの、うさぎさん。あいつなんか相手にしたらいけない。放っておくのが一番さ。」
白うさぎは北風が作った、繊細できらびやかな霜や氷に、心を奪われてしまったのだ。



森のみんなが眠りについてから、長い月日が経った。南のおわりから、春風がまとった暖かい衣を翻し、少し駆け足でやって来た。春風が嫌いな北風は、ばつが悪そうに逃げ去った。春風は北風よりとても大きな風を吹かせることができるから、北風が春風を吹き飛ばすことはできない。凍てついた小川も土も、元の姿を取り戻したようだ。

「白うさぎさん、こんにちは。」
あの時、運良く凍らずに済んでいたやまねの子どもが話しかけた。
白うさぎは返事をすることはなかった。
「お母さん、うさぎさんどうしたの。」
「北風にやられたのね。お気の毒にねぇ…。」

白うさぎは暖かい土の上で、再び目を覚ますことはなかった。萎れた花を一輪、両手に握りしめていた。その様子を見ていた春風は、羽織っていた暖かな衣を一枚めくり取り、白うさぎにそっとかけてあげた。

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