【前編】香港で女子大生がひとり号泣していた話

※旅行中に読んだ小説の文体を意識しすぎててウザいです。

 旅の始まりは27日。国内用の小さなスーツケースとリュックを携え、目のチカチカするガイドブックなんて小脇に抱えて意気揚々と関空に向かった私を待ち受けていたのは、フライト3時間遅れの電子表示だった。

赤地に白抜きされた文字で書かれていたのは、乗り継ぎ地・台湾に台風が上陸したとの知らせ。しまった。香港の天気はバッチリ調べて行っていたものの、乗り継ぎ地の天候なんて全く頭になかった。

しかしそこは旅行で気が大きくなっている私。

「3時間くらいなら、いっかぁ」

台湾〜香港のチケットを取り直してもらい、航空会社からもらったお詫びのお食事券を上限額ギリギリまで使って、カフェでまったり過ごしてみる。空港職員は美人さんばっかだなー、テンション上がるなぁ、なんて思いながら。

 そして大した苦もなく3時間が経過。入国審査を終え、免税店で外国人観光客に間違われつつ、頼まれていた買い物も済ませてゲートに着いたとき。ガサガサと忙しなく紙をめくる音に乗って、やたら声だけは落ち着いたアナウンスがロビーに響き渡る。

「台風の影響により〇〇〇便、出発の目処が立っておりません。今しばらくゲート前でお待ちください。」

その時にはまだ事態を甘く見ていて、あと1時間くらいなら許せるなー、くらいに考えていた。電源もWi-Fiもあったし、暇を持て余すこともなかったから。

でも1時間、2時間経過しても一向に搭乗案内はされないまま。苛立ち、職員に詰め寄る乗客も目立ってくる。ここまで来たら、もう意地。

待ち続けること3時間、突如ゲート付近が騒がしくなったと思えば、やっと搭乗開始のアナウンスが鳴り響いた。時計を見ればもう、取り直してもらった台湾〜香港のフライトにも間に合わない時刻。

走り回る職員さんを何とか呼び止め訊ねると、「申し訳ありませんが、現地で再度チケット取り直しをお願いいたします。ただ……台湾から香港へのフライトがあるかは分かりませんね」と、疲れて引きつった笑顔で伝えられた。

普通に考えればここで諦めるべきだったが、そこは「やった後悔よりやらなかった後悔の方が大きい」が信条の私。

「とりあえず台湾までは行ってやる!!」

諦めるという選択肢はとうに消え去っていて、そのまま台湾行きの飛行機に搭乗したのだった。

台風の進路を避けたフライトは思いの外安定していて、着陸時の縦揺れこそ激しかったものの、3時間弱で無事台湾にランディング。雨も降っておらず、台風はもう落ち着いているように見えた。機内にいた大学生の集団も「これ行けるんじゃね?」「俺らラッキー!」なんてウェイウェイがやがや騒ぐくらい。

しかし機体が止まり、皆が荷物を下ろし始めたところで再度、悪夢のアナウンスが。

「強風のためゲートと機体をつなぐことができません。今しばらく機内でお待ちください。」

着陸した時には気づかなかったが、外をよく見ると確かに、水溜りを全て水しぶきに変えてしまうほどのものすごい突風が吹き荒れていた。

さらに悪いことにこの直前、2列後ろの席の乗客が着陸の揺れに耐えられず、嘔吐してしまっていたのだ。換気はしっかりされていたものの、快適とは言えない澱んだ空気の中、さらに3時間の待機。

機内はWi-Fiも繋がらず、ウェイ系大学生が私の頭上でトランプの手札交換をする中、手持ちの小説をゆるゆると読み進めるしかなかった。

やっと空港へ上陸を許されたのは、現地時間で23時過ぎ。

世界的に有名な台湾桃園国際空港とは言え、その時間にはレストランも真っ暗。台湾ドルを持たない私は自販機も使えず、ウォータークーラーで喉を潤すしか手段がない。

さらに私の神経を削ったのが、ホテルのキャンセル問題だった。24時までにホテルに事情を伝えないと自動キャンセルされ、香港に着けたとしても2泊目に泊まるところが無くなってしまううえ、料金は全額請求。

致し方なくエクスペディアのカスタマーサポートに急ぎ国際電話をしたものの、台風の影響で問い合わせが多いのか全く繋がらない。低くズレた保留音が、疲れた脳味噌を内耳から揺さぶってくる。やっとの思いで繋がった後も 部署間でたらい回しにされ、気づけば通話時間は50分を超えてしまっていた。

格安航空会社しか選べないレベルの大学生の財布に、これはかなり痛い。

やっと電話が終わっても、落ち着いてはいられない。中国系の航空会社だったために、アナウンスは中国語と英語だけ。しかも日本人の搭乗者は他に1人も見当たらない。この状態で英語のアナウンスを聞き逃せば致命傷。すべての館内放送に、ずっと神経を尖らせなければならない。

同時に密かにショックなことも起こった。手荷物検査で、お気に入りのはさみを没収されたのだ。

海外に不慣れとは言え、刃物を機内に持ち込んではいけないことくらい分かっていた。しかし、「荷物受け取りを待つ時間があるか分からない」「キャリーも持ち込んだ方がいい」――関空でチケットを用意してくれた職員さんの助言で、当初は預ける予定だった、はさみの入ったキャリーを持ち込もうとしていたのだ。日本の手荷物検査では刃渡りを測ったうえで通されたため、油断していた。

台湾の手荷物検査職員は”In Taiwan, No scissors.”と言うや否や、地味で安っぽいライターが溜まったゴミ箱に、無情にもお道具箱仕様のはさみを放り込んだのだった。

そんなこんなで結局3時間後に搭乗案内が始まり、香港行きの飛行機に搭乗。香港に着いたのは午前3時前だった。

入国後すぐにホテルに提出する遅延証明をもらいに行こうとするも、中国語の怒号が飛び交う長蛇の列に並ぶ気は到底起きない。

それも当然のこと。気づけばこの時点で、2泊3日の予定のうち実に12時間を台風に奪われていたのだった。

とは言えせっかく香港に着けたんだ。楽しまなきゃもったいない。気を取り直して朝飲茶でもしよう!

――スーツケースをガラガラ引いて、湿気と排ガスで曇った香港の街を私はひとり、ひたすら歩き始めた。

摩天楼の夏の朝をカンフー映画風に演出するそんな空気も、その時の私には毒でしかない。すぐに意識も朦朧として、もはや食べる気力も失せてくる。

そんな胃の事情で予定変更し、とりあえず道教のお寺「黄大仙」へ行くことにした。

途中MTR(地下鉄)に乗ってしまえば、安定したWi-Fiに繋げることは確認済み。やたらと高速なエスカレーターによろめきつつ乗り、地下へ降りた。しかし何故か、Wi-Fiが全く繋がらない。

「いや、落ち着け、違う駅なら繋がるかもしれないぞ」

自分で自分を励ましながら黄大仙駅にたどり着くも、この駅もWi-Fiが繋がらない。嫌な予感が頭をよぎったところですぐに、Free Wi-Fiのステッカーがぺたりと貼られたビルを発見!旅をはじめて苦節20時間、やっとツキが回って来たか!駆け込んで早速、iPhoneのWi-Fiマークを連打。

……しかし、悪いことはとことん続くもの。繋がらない。「認識できません」のポップアップが、しゃがみ込んで試行錯誤している私を責めるように、次々と浮かび上がる。

と、目の前に突如として人影が。見ると警備員らしき人が立ちはだかり、目が合うと広東語で何かをまくし立ててきた。私は訳がわからないまま、逃げるようにそのビルを出たのだった。

これは運を取り戻さないことには、はじまらない。とりあえずパワースポットである黄大仙に祈願しようと向かった矢先、線香売りのおじさんに呼び止められるが、スルー。ここで線香を買わずとも無料で貰えることは知っているからだ。

しかしスルーがまずかったらしい。突然駆け寄ってきたおじさんは、広東語で何かをまくし立てながら私を追いかけてくる。

このパターン、本日2度目。――ここでさすがに糸が切れた。

やめて、ついてこないで、怖い、誰か助けて、誰も話しかけないで、誰か来て、誰も来ないで!!!!

――半ばパニック状態でおじさんから逃げていると涙が溢れて止まらなくなり、そのまま黄大仙の前のベンチに雪崩れ込んで号泣。多少落ち着き、自力で涙を止められるレベルになっても、もうこれは泣いてスッキリしてやる!と、さらに10分ほど泣き続けた。流した涙の量は、高校の卒業式の75%ほどだったと思う。

落ち着いてから街に戻り、やっとこさ見つけた露店でエッグタルトと蒸しパン的サムシングを購入。糖分が入ると、頭が一気に回り出すのが人間というものらしい。

悔しいが、早めにホテルへ行って「昼寝」を旅程に加える英断を下す。お風呂も入れていなかったし。女子大生にあるまじき。

ホテルに着くとすぐ、Wi-Fiが!繋がった!!日本では当たり前だった環境が、これほどありがたいものだとは。さらにシャワーを終えると、香港留学中のはるちゃんからLINEが来ている(ここら辺はまた後編で)。

高層マンションを横目にベットに倒れこむとすぐ意識が遠のき、死んだように眠りについた。

2時間後起きると、HPは20%ほど回復。そこでまたプチ事件発生。昼に買ったエッグタルトを寝起きに食べようと袋を開けたら、アリが大量発生していたのだ(※25階)。

泣く泣くゴミ箱に放り込んでアリを追い払っていると、ドアの側に手紙が落ちている。開けてみるとフロントからだった。

"We should tell you about your reservation." 

フロントに行くと案の定、1日目の予約キャンセルと返金についてだった。そこで、日本では到底信じられないことがまた起こる。

「香港には結局いつ着きましたか?」

「朝の3時頃です。」

「え?じゃあタクシーでチェックインに来れたじゃないですか。それじゃ返金できませんね。」

……絶句。なにその論理展開。しかも丁寧表現じゃなく"cannot" "you must" で言ってくる。

客に対してこの態度で主張をしてくる人間に対して、これ以上回らない頭で交渉するのは時間の無駄。早々に切り上げて、中心街に繰り出した。

(その日それからは、はるちゃんのお陰でいい日になった。ということで後編に譲って最終日へ。)

 最終日はギリギリまで寝て空港で朝食を摂り、時間いっぱい使ってお土産を買う予定にしていた。しかし手荷物検査も出国審査も、なぜか異様な人だかり。さらに中国茶を買ったところで、前に並んでいた2組の会計がなかなか終わらず、時計を見たらもう搭乗時刻!

ゲートまで駆けていくとどうやら私待ちだったようで、本当に申し訳ない。誰もいない通路をトップスピードで走る走る。

さらに台湾行きの機内でもトラブルが。

私の真後ろは中国語圏の小さな子供だったが、その子供がイスを蹴る、テーブルを太鼓にする、叫ぶ、音楽をかける、の迷惑行為のオンパレード。それを親は全く注意せず、大声で喋るばかり。CAさんに頼んで注意してもらおうとも思ったが、そんな非常識な親に逆上されたら厄介すぎる。

だからそこは文字通り泣き寝入り、もとい、爆睡した。蹴られようが何されようが、私の睡魔に勝てるものは何もない。というか、もうこの程度のトラブルで動じる私ではないのだった。

 ひとまずこれが出会ったトラブルの全て。近場のアジア圏でこの量は、もはや一周回って運がいいんじゃないかとすら思える。

そしてここから得た一番の教訓は、旅行準備をしている時からうすうす気づいていたことに他ならなかった。


「わたし、一人旅向いてないわ!」


後編につづく

https://note.mu/tsukine/n/n717f3a14de13

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