津久井五月

駆け出しの作家です。作品は『コルヌトピア』(ハヤカワ文庫JA、2020年6月)ほか。n…

津久井五月

駆け出しの作家です。作品は『コルヌトピア』(ハヤカワ文庫JA、2020年6月)ほか。noteからpixivFANBOXに移転しました→ https://tsukkuny.fanbox.cc/

マガジン

  • concept shorts

    SF・幻想小説の原案や構想を短篇小説の形式にまとめた作品兼説明資料を〈コンセプトショート〉と呼び、蓄積していきます。

最近の記事

pixivFANBOXの支援プラン

pixivFANBOXで月額の支援プランを作りました。100円と500円の2種類あります。 お茶 100円/月 鍵のかかった記事がすべて読めます。読んだ本についての率直な感想、世の中のあれこれについて思うこと、小説の執筆やその他の仕事を通じて考えたことなどを書いていく予定です。支援していただくと僕が毎日2リットル飲んでいる白湯が紅茶に変わります。 ビール 500円/月 お茶プランと同じく鍵のかかった記事がすべて読めます。支援していただくと僕がたまにビールを飲むことができま

    • cs no.005 忘るべき子どもたち

       記録開始。ただし個人情報は秘匿される。  退行催眠プロセス開始。脳波の変性を確認。急速眼球運動を確認。  セッション開始。     * 「はじまったわ」  X市内の忘育機関に勤務する中堅の忘師である私は、そう言った。  傍らのカウチには、私の患者であり、つまり学生でもある若い男が、目を閉じて横たわっていた。 「大丈夫、リラックスして。このセッションは三十分で終わるから」  男の目蓋を見つめながら私が言うと、彼は小さく頷いて深く息を吐いた。  私は同様に深呼吸をして、電子

      • 津久井五月の略歴と作品

        略歴1992年5月生まれ。2017年、中編小説「コルヌトピア」で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。風景や生物に関心を持って小説を執筆しています。お仕事のご相談などはお気軽に、ツイッターのDM、またはnoteの問い合わせフォームまでお願いします 作品〈書籍〉 2017年11月 『コルヌトピア』(早川書房) 生きた植物を計算資源として用いる植生型コンピュータ「フロラ」に覆われた2084年の東京を舞台に、3人の若者の関わり合いを描いた作品です。第5回ハヤカワSFコ

        • 神秘ではなく仕事を

          『Cooking for Geeks』という本がある。ご存知ですか? この本は普通のレシピ本ではない。料理においてどんな化学変化が起こっているか。調理プロセスを効率化するにはどうしたらいいか。料理をあくまでエンジニアリングとして見て、良い料理にたどり着くための「理屈」をひたすら説く。 小説の資料として買ったこの本が僕は好きだ。単なる読み物としても、実際的なマニュアルとしても面白い。読まなくても、そういう本が世の中にあり、日本語に翻訳されているという事実にシンパシーを感じる

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        マガジン

        • concept shorts
          11本

        記事

          エアバスA350の中の白い夜

          (2019/8/20)成田からヘルシンキへ向かう飛行機の中で書いた即興詩 エアバスA350の中の白い夜 日本国標準時を発ち、雲海の上、無時間の国に浮かび上がる たまたま、1.5億キロの頭上に太陽があろうと、 なかろうと、 そこはいつも夜 8月はベルトコンベアの中に預けたので、雲の原にさわるとつめたい 夜、地表は幾何学で覆われる 全てが記号になる だからコラージュできる トキオでも、タリンでも多雨林でも 任意のdepartureとarrivalの隙間に、どんな音楽でも も

          エアバスA350の中の白い夜

          正直この1年間はどこかに甘えがあった。ここからの1年間は修羅になるぞ

          正直この1年間はどこかに甘えがあった。ここからの1年間は修羅になるぞ

          日々感じていることがツイッターだと散逸してしまうので、noteにまとめることにしました。気分的にツイッターには書けないこともガンガン書いていきます。よろしくお願いします https://note.mu/tsukkuny/m/m12032177fe67

          日々感じていることがツイッターだと散逸してしまうので、noteにまとめることにしました。気分的にツイッターには書けないこともガンガン書いていきます。よろしくお願いします https://note.mu/tsukkuny/m/m12032177fe67

          発掘された昔の文章その5

          故郷をいずれ焼き尽くしてしまう私たちについて レイ・ブラッドベリ『火星年代記』 2016/11/6  20世紀の中頃まで、火星は夢想家たちの故郷だった。赤い大地、無数のクレーター、途轍もない高さの山と見渡す限りの平地、ふたつの月。冒険や神秘的な出会いの物語が、数多くこの幻想的な惑星を舞台に描かれてきた。  ブラッドベリの想像の世界のなかで、火星人の生活や火星の運河の広大な流れといった光景は、明らかに一種の郷愁を帯びている。地球人が描いてきた神話や幻想の系譜が、火星という舞台

          発掘された昔の文章その5

          発掘された昔の文章その4

          湾曲 Zというのは実際禅であり 飛んでいるハエの動きだが これはどういうことなのか? ジグザグの話というのは 先ほど言っていた普遍の話と一緒だ 普遍などなく 特異性の集合だけがある バラバラの特異性をどう関係づけるかが重要だ ――ジル・ドゥルーズ、ジグザグについて  ドゥルーズが飛んでいるハエの動きをZの字形に見立てるとき、縦横無尽に飛び回り事物を関係づける意志の閃きがそこに描かれている。一辺から次の一辺へと逃れながら自在に世界を縫い上げていくジグザグの動

          発掘された昔の文章その4

          発掘された昔の文章その3

          チェロと幻灯――宮沢賢治作品の周波数 わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です (あらゆる透明な幽霊の複合体) 風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です (ひかりはたもち その電燈は失われ) ――「序」『心象スケッチ 春と修羅』より 周期的に繰り返すものについて考えてみよう。季節、昼と夜、その中で行ったり来たりする生活。もう少し分解能を上げてみる。人の心拍。動物

          発掘された昔の文章その3

          発掘された昔の文章その2

          「ギムレットにはまだ早すぎるね」と、テリーは言った。違う、遅すぎるのだ。マーロウはすでに長いさよならをいい終わっていた。足と腕っ節で稼ぐ探偵フィリップ・マーロウは、ギムレットに一家言ある友だちテリーの妻殺しと死の真相に、別件から巻き込まれた事件を通して迫っていく。長く効率に欠ける捜査と暴力の日々を、マーロウは淡々と、ときに儀式的にこなしていく。ここで、思考や内面によらず行動の描写によって展開するハードボイルド・ミステリという形式は、さよならをいうための葬送の式次第となる。事件

          発掘された昔の文章その2

          発掘された昔の文章その1

          空間に顔を書くこと――フリオ・ゴンサレス展 世田谷美術館 2015年  人間は確かに平面ではない。では、人間は果たして量塊(マッス)だろうか。私と向き合っているのは革張りの密実な頭蓋だろうか。あのひとの顔が私をつかまえて離さない力は、あのひとの三次元的な充実体によるものなのだろうか。ゴンサレスが彫刻を「空間に描く」とき、頭部や手足はその物理的な延長からはみ出し、空間をつかまえている。つかまえられた空間はもはや均質ではなく、正面があり裏があり、異方的に歪んでいる。首をかしげた

          発掘された昔の文章その1

          cs no.004 いつだったか

          いつだったか遠い牧場に牛を見に行った。牛は優しく賢い生き物だ。牧草地を風が吹き抜けて、遠くまで見晴らしの利く丘の上だったので、私は少し泣いた。 いつだったか、8月がいつまでも終わらなくてそのまま、雪が降り始めたことがあった。雪の中に点々と牛が埋まっていて、その生のまだら模様が目の奥に焼き付いてどうしても、離れなかった。牛なのか家なのかわからない。牛の背は屋根なのか。牛の世話やめたのか。 牛は一頭あたり1日100リットルの水と岩塩の塊、そして青々とした牧草を食べる。牛は胃の中か

          cs no.004 いつだったか

          cs no.003 ひと刷毛

           小説の登場人物たちは、どんな行動も、戸惑いや決意さえも、物語に支配されている。内容がハッピーであろうとなかろうと、すべて運命に織り込み済みだと知っていて彼らを眺める僕たちは、残酷な楽しみを持った人間だ。  しかしあるとき、自由意志があるはずの自分も実際には、“現実”の磁場によって人生の大部分を操作されているのだと気づく。そんなときに僕たち、被操作者にできることは、アンクがしたこととほとんど同じだ。 おれが首をまわしてなにかを見ようとするたびに痛みがやってきたが、いつもお

          cs no.003 ひと刷毛

          cs no.002 ハイ・シエラ

           カリフォルニア州東部、南北に長く、長く、六五〇キロメートルにもわたり続いているハイ・シエラの連なりをはじめて肉眼で見たとき、絞り出された生クリームのようだと思った。  わたしはその山脈を東から西へと越えたのだった。それが一度目。いつのことだったか、正確に思い出すのはもう難しい。わたしは震えていた。バンの左右の車窓からは広大な荒れ地が見えた。それはどこまでも続いていて、縁のない板にスープを注ぐように不安になり、そうして、わたしは震えていたのだ。バンを運転する男は、何十時間もの

          cs no.002 ハイ・シエラ

          cs no.001 くさび

           けさ目を覚ますと、わたしは夢を覚えていた。  半分開いた口から、ああ、と静かな驚きの声が漏れた。  前回、こうして色つきの夢を抱えて淵から浮き上がった朝は、果たしていつだっただろう。まだ半分は眠っている頭での暗算を諦め、わたしは指を折って数える。  いち、に、さん、し……。  そうか、大学を出た春以来、ちょうど八年ぶりなのだ。  春のやわらかい光が窓から差し込み、寝乱れた髪を薄く透かして、わたしの頬に触れる。徐々に身体が分別を取り戻し、肌の内側がわたしになる。一方、わたしか

          cs no.001 くさび