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アイドル選挙と政治選挙に共通する本質

愛知県は名古屋市の北方に、稲沢市という市域がある。

このたび、稲沢市議会議員として4年の任期を務め、2期目に挑戦するしちおう(志智 央)さんの市議会議員選挙のボランティアをさせてもらい、政治選挙の世界の一端に触れた。以前から一度経験してみたいと思っていた世界だったし、しちおうさんの人柄に惹かれて集まったボランティアチームの雰囲気も非常にアットホームで、スケジュールの都合上たった一日しか手伝えなかったのが申し訳なく残念な気持ちでいっぱいだった。

ところで筆者は以前SKE48の熊崎晴香というアイドルを一生懸命応援していた時期があり、AKB48グループの一大行事であった選抜総選挙において、彼女の選挙対策委員会の一員として2014年・2015年の2回に渡って戦略設計を担当し、2015年の初ランクインを支えた経験がある。

その経験も踏まえて感じた、アイドル選挙と政治選挙の間に見出したものを書いてみたい。ちなみにほとんどアイドル選挙の話ばっかりなんでご了承ください。

AKB総選挙は純粋なマネーゲーム

一般の人にAKB選挙のシステムを話すと、「お金で票が買える」システムであることを意外とみんな知らなかったんだな……と気づいた。政治選挙との決定的な違いはここ。最悪、投票者(≒ファン)が一人しかいなくても、その人が膨大なお金を積みさえすればランクイン=当選できるのがAKB選挙のシステムである。

ちなみにランクインの定義は、グループ全体で上位80位以内の得票数を獲得すること。だいたい候補者が200〜300人ぐらいいる中で、その順位に入る必要がある。

投票券(権)を調達する方法はいくつかあるが、主な手段は投票券付きCDを購入すること。CD1枚が1000円程度(+税)なので、だいたい1票=1,000円と換算すると計算しやすい。ちなみに2018年に行われた第10回総選挙の総得票数は3,836,652票らしい。つまり単純計算で38億円近い金が動いていることになる。

実際はこれよりもう少し安い単価で調達できる方法があって、その主な方法が『転売投票券』と『モバイル会員投票権』である。これらの手法を交えると、票単価は700〜800円程度まで下がる

転売投票券はその名の通り、CDに付いてきた投票券を転売する人がいるので、それを買うという方法。なぜ転売するのか?CDには投票券の他に、推しメンとの握手券も付いてくる。なので投票券を転売すると、実質タダみたいな金額で握手会に長時間参加できるのだ。ファンの中には『選挙に一切興味なく握手だけに価値を見出す』人が一定層いるため、結果として転売投票券が流通することになる。

モバイル会員投票権は、AKB各グループの携帯サイトの月額会員になることで得られる権利。会員費は月額300円+税のため、実質1票300円になり、票の調達方法として最も安価な手法だった。ただしデバイス1台につき各グループで1回ずつしか投票できないため、当時はAKB,SKE,NMB,HKTの4グループだったので、一人につき4票が限界だった。

1年目は選挙地盤の弱さを露呈した

AKB総選挙の時期になると、ファン有志が総選挙対策委員会を発足する。特にアイドル本人や運営が指示したとかでもなく、ファンが勝手に始めるのだ。総選挙で推しメンを当選=ランクインさせるために。前述の通り総選挙はマネーゲームなので、ある程度組織立って資金調達を計画する必要がある――特にファンが少ないメンバーの場合は。

熊崎晴香が初めて総選挙に立候補したのは2013年(第5回)だったが、当時は研究生(=見習い)でファンも少なく、目立った選挙活動はなかった。泡沫候補である。自分も当時既にSKE48のファンではあったが、彼女の存在はほとんど知らなかった。彼女の応援や選挙対策を始めた経緯は、本稿では割愛する。

2014年(第6回)の総選挙の頃には彼女のファンになっていたが、自分自身はファン同士のコミュニティに帰属していなかったし、既に存在するコミュニティも然程大きな規模ではなかった。なのでまずは組織的な行動をする必要を感じ、2ch地下アイドル板の熊崎晴香スレで、総選挙対策を始めることを宣言した。それにスレ住人が呼応してくれて、3人ぐらいの規模でひっそりと熊崎晴香総選挙対策委員会(以下、選対)が発足した。

この年の選対方針として、ファン層=票田の可視化が挙げられる。とにかくまだファンコミュニティ自体が未熟だったため、どれだけのファンがいるか(=票田があるか)を可視化する必要があった。

諸事情により発足のタイミングが選挙の公示日よりかなり後だったので、行動は拙速が望ましかった。まずは既に存在していたコミュニティ=生誕祭実行委員会に接触し、連携と協力を仰いだ。彼らは快く協力してくれ、また翌年の選対の中核メンバーとなってくれた。

次にランディングページやツイッターを開設したり、応援動画を作成したりして、熊崎晴香をランクインさせるために動いてるヤツがいるぞ、ということを周知できるようにした。これは選挙活動を対外的にアピールすることで、浮動票の獲得を意識していた。

後はドブ板活動を行った。具体的には、アイロンプリントで選対Tシャツを作り、それを着て握手会場を歩き回り、目についたオタクに熊崎晴香のファンであるなしに関わらず「投票お願いします!」と声がけした。たぶんこれが一番政治選挙に近い。

こうした取り組みでファン層=票田の可視化を行っていったが、如何せん当落ボーダーラインさえ遠い状況だった。最終的な手段として、速報へのランクインを目指した。AKB総選挙は2週間程度の投票期間があり、投票開始日の翌日に初日投票数の速報が発表され、暫定上位80位が決まる。ここにランクインさせることで勝ち馬に乗りたい浮動票を集めるしか、残された手段はなかった。

結果として速報へのランクインは75位(2,904票)を獲得して成功した。彼女と同期のメンバーの中でもトップの順位だったが、結局最終的な開票では圏外となり、ランクインは未達に終わった。

1年目の敗因は何よりも地盤の弱さだった。準備期間が短く、ファン層も浅い状態で、存在するかどうかもわからない浮動票に頼るしかなかった。速報に間に合う票は調達単価が高い割に、見合うだけの効果が得られないことがわかった。次の1年に向けては、浮動票頼みにならない確実な票読みが行える地盤の構築と、ランクインできるだけの資金調達が身内で行えるコミュニティの醸成が急務となった。

それからの1年間は地盤固め

選挙こそ負けたが、得られたものは大きかった。推しメンのランクインという一つの共通ゴールを目指す、ファンコミュニティの一体感が生まれた。また総選挙直後に発売されたSKE48の最新シングル表題曲の歌唱メンバーに熊崎晴香が選抜され、この事実はファンのテンションを上げるのに大いに貢献した。

個人的にも握手会場で会話できる仲間が増え、一緒に生誕祭を見守ったり、地方に遠征したり、握手券もないのに握手会場に合流して飲みに行ったり、AKBグループではない地下アイドルの現場に遊びに行ったりして、本当に楽しい日々が始まった。一アイドルオタクとして、推しがもたらしてくれた幸福な日々だった。

一方で地盤固めとして、握手会場で一人でいるファンに声をかけて引き入れたり、自分は自分で吝嗇な暮らしを送って地道にお金を貯めたりして、次の戦いに備えた。

地盤を固めたら戦術が広がった

2015年(第7回)の総選挙の公示がされると、一年の地盤固めを基にして選対の体制を整備した。前回より中核メンバーの数が増え、求心力のある人物に代表として矢面に立ってもらい、自分は裏方として戦略担当、他にも渉外担当を複数名配置し、得意なことを活かした役割分担ができるようになった。

2年目、票田を広げるために3つの戦術を展開した。前年に引き続き『潜在ファン層の可視化』に加え、『既存ファンのエンゲージメント強化』『資金調達の効率化』を目指すようにした。

既存ファンのエンゲージメント強化とは、つまりこの一年で可視化できた選対名簿内に対して、推しメン・ファンコミュニティ・選挙活動への熱意が上がるよう刺激することで「もっと金を出さなきゃ」と思ってもらうことだ。そのために自分が率先して資金を供出したり、票読み状況を随時開示して「これだけ票が集まってきている(=勝ち馬に乗れる)」機運を醸成したり、ファンなら伝わるエモさを取り入れた応援動画を作成したりして、ファン一人から一票でも多く引き出せるようにアジテーションした。

資金調達の効率化という点では、とにかく票単価を下げて一票でも多く浮動でない票を集めることを目指した(なので速報ランクインは一切無視)。渉外担当の一人が他メンバーのオタクに対しても強いネットワークを持っており、「転売投票券ブローカー」みたいな人物とつながっていたので、選対名簿内で共同出資を募り、ブローカーから転売投票券を大量・安価に調達した。

また、安価で投票しやすいモバイル会員票を活用すべく、選対名簿内にはアイドルファンでない知り合いに対するモバイル会員投票権の買収を強く呼びかけた。費用は負担するのであなたのデバイスで投票させてくれ、ということだ。自分もこの方法で友人や当時の同僚たちから100票ぐらい確保した

かくして最終的な票読みで、12,333票を確保できた。が、これは予想された当落ボーダーラインにギリギリかかるかかからないかの数で、結局予断を許さない状況で我々は開票日を迎えることになった。

開票当日、まず第80位で呼ばれたメンバーの票数が13,116票で、愕然とした。足りてない。そこからは本当に祈るような気持ちだったが、結果として第73位・13,777票で熊崎晴香はランクインし、我々は歓喜の声を上げた。あの瞬間の興奮は、筆舌に尽くしがたい。

余談だが、後日新橋の立ち飲み屋で飲んでいるときに、全くの偶然で、票読み外で熊崎晴香に400票を投じていた人物と隣り合った。奇跡のような巡り合わせだった。

『票数は愛』

選対活動の中で出会った忘れられないエピソードを挙げるとキリがないが、特に今でも心に残っていることは、アイドルファンでもない、熊崎晴香が何者であるかもよく知らない友人・同僚たちが、「お前が一生懸命応援してるのを見てきたから」と買収を固辞してモバイル投票を行ってくれたことだ。

元AKB大島優子は総選挙の壇上で「私たちにとって票数とは皆さんの愛です」とスピーチした。外野から見ればバカみたいな秋元康の集金イベントに映っていたかもしれないが、それでも我々は己の生活を削ってでも熊崎晴香にランクインしてもらいたかった。我々が彼女からもらったものに対する数少ない恩返しの手段が、総選挙だっただけだ。

少し話が逸れたが、票数とは人の愛、気持ちの表れであることを、当事者としては確信している。そしてその本質は政治選挙でも変わらないのだと、今回選挙ボランティアを経験して理解できた(やっと政治選挙の話をします)。

選挙の本質は変わらない

本稿冒頭で述べた通り、政治選挙とアイドル選挙の決定的な差は、1票の重みの違いである。アイドル選挙では票がお金で買えるし、複数の候補者へ投票することもできる。政治選挙は、当然お金で票は買えないし、たった一人の候補者にしか投票できない

今回お手伝いした2019年稲沢市議会議員選挙は、議員定数26名に対し34名の候補者が争う激戦となった。26の枠こそあれ、投票そのものは34人の中からたった一人の人物として選ばれなければならない。34人も横並びの人物がいる中で、「あなたが一番」と選ばれるだけの自信を持てるだろうか?

筆者が応援させていただいたしちおうさんは、本当に市政を変えるために一生懸命な人で、前4年の任期の間、毎朝街頭に立ち、市民と触れ合い、その声を議会に届けてきた。

昨日の開票結果、しちおうさんは2,791票(当日有権者数の約2.5%)を獲得し、34人中2位の得票数で2期当選を果たした。本当に喜ばしい。そして前回の選挙より投票率が3%下がった中、得票数を前回から821票も伸ばして当選した。それだけしちおうさんの気持ちを稲沢市民の皆さんが受け取り、期待し、応えたいと思ったのだと思う。アイドル選挙だろうが政治選挙だろうが、一票の裏には人の気持ち、想いしかない。

自分は街宣カーの運転を担当していたのだけれど、小さな子どもが手を振って「がんばってくださーい!」と叫んでくれるのを聞いてマジで泣きそうになってしまった。人の想いを信じられる熱い選挙を久々に体感できて楽しかったです。ありがとうございました。しちおうさんの熱いブログもぜひご覧ください。


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