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かっぱのえびせん③


(小説)


「ほんまなんすね、辞めたって。」


スイカを輪切りする手を止め、
声の方向(さき)へ振り向くと、
そこには2年下の後輩、"さらしくじら"の
更科がいた。


「おん。」

夕刻の八百屋は忙しない。
たとえ後輩がわざわざ、ミナミから8駅も
離れた就職先へ足を運んでくれたとしても、
主婦(てんし)たちの晩飯支度の段取りを止める
資格は無い。

「はいらっしゃい!
今日はシロナの良いのが入ってるよ!

さらしな、ちょい待ってや。」


「陽向(ひむかい)さん。
俺ら、こないだのバトルで1位獲ったんすよ。
あと、ATVの新人賞も決勝決まりまして…」


「さらしな、なんて〜?
もうちょい待ってや、ピーク終わってから…
はい30円おつりです〜。」


「決勝トップバッターなんすけど…
絶対獲りたいっす。今年ラストなんで。

陽向さん。



…なんで辞めんすか。
あんた、めちゃくちゃおもろいのに。」


「はい、ヤマシタさんいつもおおきに〜

…お待たせ、さらしな。
スイカいるかー?さっきまで冷やしてたから
うまいぞ… …?」


喧騒の終焉とともに、後輩もそこから姿を
消していた。



元同期・"サンバーグ"陽向からの
誘いで、
僕と月島は、3人が揃うのは実に5年ぶりに、
懐かしの居酒屋「ぽっぽや」に集合した。

5年のブランクを感じさせない乾杯に、
時の流れは引き戻され、
"芸人の同期"という不思議な縁がもつ
チカラに驚かされる。

「お前らを呼んだのは他でもない。
ひとつ、聞きたいことがあってや。」

会がひと段落したところで、
改まって陽向が口を開く。


陽向は僕らとは違い、芸人を辞めてまだ
2ヶ月。
この会もそんな陽向のおつかれさま会の
つもりだった。

「何?確定申告?」

「ちがうわ。

…芸人をな。辞めて。辞めた後。
心の居所はどうなってる?」

「え?」


僕も月島も、目を丸くして、ボタンで
押したように静止した。

陽向は続ける。

「今日もな。
昨日もな。
先週だって!

野菜売りながらな。
段ボール潰しながらな。

漫才のこと考えてまうんや。

あれ、どうしてる?

寝る前もな、ネタのこと考えてんねん、
勝手にアタマが!

寝てもな、夢ん中でネタ作ってんねん、
単独始まる〜!
間に合わへん〜!って!

なぁ、あれお前らどうしてるん?」

「…え、えっと。」


月島が答えようとするリズムで長い髪の毛を
いじると、その隙にまた、陽向は話し出す。


「テレビに同期とか後輩とか、
一緒にやっとった奴が出てくるやんか!

あれはお前らどうしてる?

どんだけ悔しくても
もうアイツらとは笑いで一生
戦われへんねん!

なぁ。

お笑いが人生からなくなってさ。

心は、、どうすりゃええん…」


気がつけば、
陽向の頬には幾筋もの涙が伝い、
声は震えて消え入った。


返す言葉もないまま、
月島は、見た事の無いキャラクターの
ハンカチを差し出した。


次に僕が発した言葉に、
自分が、その場にいた誰よりも驚いた。


「…えびせん、やろう。」

「えびせん?」


「かっぱのえびせん。
1年目とか2年目にさ、ポケットハウスで
やってた、同期ライブ。
覚えてない?

辞めた奴もたくさんいるけどさ、
あそこに出てたメンバー集めて、

もっかい、"えびせん"
やろう。」


これが、陽向のQに対する
解決策になるかはわからない。

けれど、自分も含めて
今、必要なのは
もう一度、あのライブをやることだって
直感的に思ったんだ。


…④につづく。

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